3:オレンジの陽だまりが照らすのは



「あれ、ユキ君がいない?」


 最初に気づいたのは、ゆり恵だった。


「本当だ」


 早苗とまことも、魔導館講堂内の周囲を見渡すが、ユキの姿は見当たらない。人が密集しているにしろ、知り合いを探せないほどではないのにも関わらず。


「さっきまでいたのにね」


 3人は、待機場所で影のことや今の状況について話し込んでいた。たまに流れる放送で、外の状況はなんとなくわかっている。

 講堂には、フィールドがはられているので、解除されるまでは中に入ることも、外に出ることもできない。しかし、中には売店やイートインスペース、トイレもある。ここでしばらくの間過ごすのに、何の不自由もなかった。


「どこいったんだろう」

「きっと、どこかに友達が居てそっちいったんだよ」

「うーん……」


 と言って、ゆり恵が未練がましく辺りに目を向けている。早苗は、


「でも、何も言わずに居なくなるのは心配だね」


 と、ゆり恵の心配を言葉にした。


「うん、そうなんだよね」


 そわそわしながら、早苗の言葉にうなずく。

 とはいえ、彼女自身にもなぜこんなに心配しているのかがわからなかった。やはり、惚れたからだろうか。


「やっぱり、私探してく……る」


 そう言って、立ち上がり振り向いた時。ゆり恵は、誰かにぶつかる。


「いたっ」


 頭を押さえてよろけると、そこには……。


「おやおや、大丈夫かの」

「こ、皇帝!」


 まことは、びっくりしながらそう言った。そこには、皇帝が立っていたのだ。

 ゆり恵は、彼の言葉に反応して急いで顔をあげる。そして、


「ご、ごめんなさい!」


 真っ赤になりながら、皇帝に向かって謝った。その声の大きさに、周囲にいた人たちが振り向くので余計顔が赤くなる。


「いやいや、わしも前を見ていなかったんじゃ。すまなかったの」


 と、微笑みながら返してくれた。その微笑みで、ゆり恵はホッと胸を撫で下ろす。


「すみません、気を付けます」

「わしもじゃな」


 皇帝は、そう言って笑うと周辺を見渡した。


「混乱はなさそうじゃな」


 先程よりはだいぶ落ち着いた講堂を、ゆっくりと目で確認している。きっと、講堂が不安でいっぱいになっていないかどうか確認しに来たのだろう。

 そう感じたまことは、


「大丈夫です。さっきのアカデミー生なんか、授業がつぶれてラッキーって言ってましたし」


 と、状況を話す。


「ほほほ、若いと良いの」

「下界昇格者は、疲労で座っている人が多いですね」


 早苗がそう言うと、


「え、そうなの?よく見てるね」


 と、ゆり恵が返した。彼女は、あまり周囲を見ることをしない。自分のことで精一杯になってしまうからだ。悪い癖だとわかってはいるものの、そうそう変えられない。


「だって、ネックレス付けてる人が席占領してるもの。私、比較的早くここに来てたから」


 確かに、ネックレス付けている人が席に座っている確率のが高いと、見ただけでわかる。ゆり恵は、早苗の観察力に感心した。


「知らないところへ来て疲れたのじゃろう。演習をしていたチームもあるからの。椅子が足りないなら持ってくるよう教師に伝達しておこう」

「ありがとうございます」

「あ、あの!」


 皇帝は、まことの言葉にうなずくと講堂の奥へと身体を向けた。

 それを、ゆり恵が止める。


「皇帝、あの、ユキ君……天野ユキ君を見ませんでしたか?」


 ゆり恵は、真剣な表情で皇帝に問うた。声のトーンに何かを感じたのか、皇帝は振り向く。

 彼は、ゆり恵、その後まこと、早苗の順に顔を見る。


「天野、天野……。あぁ、あやつか」


 と、思い出すふりをする。きっと、ここにユキがいたら、「年だ!」と茶化すに違いない。


「おぬし等のチームメンバーじゃな。あやつは、犯人の一部を知っているそうで情報提供をしてもらっておる」


 もちろん、嘘である。


「わしが直ぐ呼び出してしまったから、伝言できなかったんじゃろう。すまぬの」

「じゃあ、ユキ君は今どこに?」

「あやつは、先ほどは本部設置場所におった。安全な場所じゃから大丈夫。……あぁ、場所は教えられぬがの」

「そうですか……」


 皇帝の言葉を聞いて、落胆する彼女。皇帝は、ゆり恵がユキに好意を抱いていることが様子を見てわかったようだ。少しだけ微笑んでいる。


「安全な場所におるから、後で会えるじゃろう」

「よかった……人を殺すような人がいるって聞いたから心配で」

「さっきもいたもんね」

「……」


 ゆり恵の言葉に、皇帝の動きが止まる。そして、


「……1度人を殺したら、もう戻れない。どうしてそれがわからぬのかのう」


 と、独り言のように話した。それを静かに聞く3人。


「……同じ人間なのにね」

「うん……」

「……任務だとしても、人を殺したくないよ」


 最後に言ったまことの言葉に微笑み、


「そうじゃ。それが正常の感覚じゃ。覚えておくように、な」


 と、順に3人の頭を撫でた。最後にまことを撫でながら、


「卒業したばかりなのに迷惑をかけるの。もう少し待っていてくれ。何か必要なら、その辺の上界、主界のやつに言ってくれれば対処しよう」


 と、いつもの優しい声に戻る。


「はい、ありがとうございます」


 まことの、ハキハキとした声に微笑みながら、皇帝は奥へと行ってしまった。


「……はー、皇帝を間近で見れるなんて」


 まことは、心臓を抑えながら話した。


「緊張しちゃったよ」

「ねえ、遠くからしか見たことないよ」

「結構どこにでも居そうな優しそうなおじいさんだね」

「うん。彩華姫に目元が似てた」


 まことの言葉に同調する早苗。しかし、ゆり恵はその言葉が聞こえていない様子。自身のキャリーバッグに腰掛けて指を絡めそわそわする。


「……ユキ君、大丈夫かな」


 その様子を見たまことは、破れたリュックを下におろし、


「ねえ、折角だし、卒業試験の答え合わせしようよ」


 と、提案した。


「え、今?」


 あきれたような声を出す早苗。


「うん、だってやることないし、答え気になるし」

「もう、まこと君は真面目だね」


 ゆり恵は、まだ何かを考えているように動かない。


「ゆり恵ちゃん?」


 早苗がゆり恵を呼ぶと、やっと気づく。


「……え?どうしたの?」

「ユキ君は、大丈夫だよ」

「そうだよ、皇帝が直々に大丈夫っていったんだから」

「これで、怪我したら皇帝訴えようよ!」

「ちょっと、まこと君!」

「あはは」


 まことは、ゆり恵の気をそらせるために答え合わせを提案したのだ。早苗にも、それが伝わった。


「ゆり恵ちゃん、まこと君が試験の答え合わせしたいんだって。付き合ってあげよう」


 そう言いながら、持っていた鞄から問題用紙と筆記用具を取り出す。


「……わかった、やりましょう」


 彼女は、2人の気遣いに気づいたようで立ち上がる。そして、


「そうね、試験の答え合わせしながら待ちましょう」


 キャリーバッグを開き、教科書や問題用紙を取り出し始めた。そのまま、キャリーバッグは簡易机になる。

 まことと早苗は、チラッと目配せし微笑むと、


「じゃあ、一問目からなんだけど……」


 と、答え合わせを始めた。





 ***





 風が強い。

 屋上を出たユキは、中庭まで来ていた。中庭は、建物と建物に挟まれた閉鎖的な空間にある。先ほど来た時より、太陽が傾き日差しが入ってこないので、少し薄暗い印象を持たせた。


「(この辺だと思ったんだけど)」


 八坂の気配をたどり、着いたのが先ほど1人組織の人間を葬った中庭。しかし、そこには人っ子ひとり居ない。

 ユキは、影の証である黒いマントを風になびかせながら、中庭の中心部分に向かう。中庭の中心には、数人座れるベンチと、軽食が摂れるような芝生があった。


「(みんな、ここで昼食とかするのかなあ)」


 大木や花壇、噴水など、綺麗に設備されている空間を眺めている。ユキは、最後までアカデミー生活を送ってきていない。

 少し、この空間が羨ましかった。


「……っ!」


 ふいに、後ろから物音がする。一瞬の出来事だった。

 ユキが、素早く振り返った瞬間、立っていた場所が爆発した。激しい爆風が起こり、辺りのベンチや噴水を巻き込み広がっていく。

 接近した建物のガラスが、熱風で割れると、粉々に砕け散り地面に落ちる。そのガラスは、花壇の花に突き刺さった。


 広範囲を巻き込んだ爆発は、日差しの当たらない中庭を一瞬明るくさせ、どん底に落とし込んだ。


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