第一章 「第七特殊戦闘部隊」

「総員戦闘態勢!魔物のお出ましだ!」

エラルドは声を張り上げ腰から長剣ロングソードを抜き放ちつつ、もう一方の手で散弾銃ショットガンを構えた。隊員達も各々の武器を構え、エラルドを中心として扇状に展開した。

「少佐、手に馴染んでいるというのは武器を扱う上で大事なことですけど、いい加減旧世代武器アンティアルマ使うのやめたらどうです?」

―この世界において戦いに用いられる武器は主に二種類に分類される。アルネスディア大陸の長きに渡る歴史の中でも極めて太古の時代に使われていた剣や槍・弓などに加え、約五百年前に開発された散弾銃や突撃銃アサルトライフルを始めとする様々な重火器類が旧世代武器アンティアルマと呼ばれる。これに対して、従来の武器に「魔法」というそれまでその存在自体は広く知られ、戦いの場から何気ない日々の生活の場に至るまで多くの場面で使われてきた技術が組み合わさることにより、旧世代武器の性能を遥かに凌駕する性能を発揮する魔術付加武器エンチャントアルマ、すなわち新世代武器モンティアルマへと昇華したのである。この技術革新は、今までの戦闘において最大の戦力であった旧世代武器が築き上げてきた存在価値を大きく揺るがすものとなってしまった。というのも旧世代と比べ新世代武器は、生産にかかるコストも大差ない上に魔力を流し込むだけで大きく性能が向上しているとなれば、これを導入しない国はなかった。故に、年々旧世代武器を使用する人間は少なくなり、今となっては旧世代武器を好き好んで収集している愛好家や技術開発の遅れている一部の国の国民以外に使用する者はほとんど見なくなっていた―

「いや、旧世代だからいいんだ。何度か新世代の武器を使ったことはあるんだが、どうにも僕の手には新世代武器が馴染まないようでね…。数発魔弾を撃っただけで魔力が底をついてしまうんだ。それに旧世代武器は手入れが大変な分、愛着が湧くというかなんというか…」

「お二人とも、お喋りは後にしてください。魔物が来ますよ!」

スコルの掛け声とほぼ同時に森の茂みから3匹の魔物が飛び出してきた。その姿は一瞬、狼を連想させるような見た目をしていたが、通常のそれとは何もかもが大きくかけ離れており、全身を赤錆色の体毛で覆い、その手足の筋肉は異常なほど発達していた。月明りを反射し爛々とした光を灯すその目は、獲物達を目の前にして決して逃がすまいと言わんばかりの殺意をたたえていた。

「ロードウルフだと?!森林地帯はおろか、帝国領ではほとんど見かけられない魔物だぞ!なぜこんなところにいるんだ…。いや、今は考えても仕方がない!各員戦闘態勢をとれ!分隊長を中心として分隊ごとに一匹の討伐に当たるんだ!ドグラマス兄弟はゼシカと赤ん坊の護衛を。任せたぞ!」

「「了解、隊長ッ!!」」

低く威勢のいい返事をすると、小柄ながらも筋肉質な体格のドグラマス兄弟はゼシカを庇うようにして並び立ち、詠唱を始めた。

「「ドグラマスの名のもとに命ずる!地の精霊ドンガガよ、その大いなる大地の名のもとに汝の力を我が眼前に示せ!第3階層魔法『地纏衣ジアモ!』」

そう唱えると二人は勢いよく両の手のひらを地面に叩きつけた。すると、地面から伸びた無数の糸状となった砂がみるみるうちに彼らの全身を覆いつくし、鈍い光を放ちながらその形を変えていく。そして、鈍光と砂塵の入り混じる渦の中から徐々に二つの影が浮かび上がって来たかと思うと、途端に砂塵が飛び散った。そこには、全身を白銀の鎧で覆ったドグラマス兄弟が立っており、その手には各々の装備が握られていた。兄のダダ=ドグラマスにはその身長に見合わぬ程の大剣が、弟のザザ=ドグラマスにはその身の2倍はありそうな大盾が力強く握られており、その様はまさに砂漠に佇む異様な二対の巨石を彷彿とさせた。

「俺たちは姉さんの剣であり、姉さんの盾。ここ、絶対に通すわけにはいかない!」

「ザザの言う通り、俺たちに任せて!」

「よし、ダダ、ザザ後は頼んだぞ!」

二人はにっと笑い、親指を立てて見せた。エラルドもそれに応えるように親指を立てると、ゼシカの方に向き直った。

「ゼシカ、赤ん坊を守りながらでいい、僕を魔法で援護できるか?」

「はい!赤ちゃんを庇いながらだと6階層以上の魔法は難しいですが、それ以下の階層の魔法なら!」

「十分だ。いいか、僕の合図で『暴風ウィンド』を魔物の下から発動させてくれ。」

「下から…ですか?わ、分かりました!よくわからないけどやってみます!」

「いい返事だ!」

ニヤリと笑い、エラルドはロードウルフに向き直った。

「…かかってこいッ!」

「ヴォォォォォォォ!」

両者は雄叫びを上げつつ、一気に互いの距離を詰める。刹那、エラルドは大きく振りかぶり、その手に持った長剣をありったけの力を込めロードウルフめがけ投げつけた。

「ギャウン!」

投げられた剣は見事ロードウルフの肩に深々と突き刺さり、一瞬その勢いを削いだ。

「今だ!」

エラルドは声を張り上げると、ゼシカは頷き詠唱を始めた。

「シャルルマーニュの名のもとに命ずる!風の精霊フラウよ、その大いなる風の名のもとに汝の力を我が眼前に示せ!第2階層魔法『暴風ウィンド!』」

ゼシカの詠唱と同時にロードウルフの真下に人一人分ほどの淡く発光する魔法陣が浮かび上がる。すると、突如その魔法陣から暴風が吹き出した。その威力は凄まじく、軽々とロードウルフを宙へと舞い上がらせた。エラルドは突進の勢いをそのままに下へと勢いよく滑り込み、その下腹部をめがけて散弾銃の引き金を引いた。それは一瞬の出来事だった。ドンッという内臓に響くような鈍い銃声と共に、ロードウルフの体に大きな風穴が開けられた。顔に飛んだ魔物の返り血を袖で拭いながら、エラルドは辺りを見渡した。あまりの速さで魔物を葬り去ったエラルドの戦いに呆気にとられていた隊員たちは一刻の時をおいて歓喜に沸き上がった。

「お前ら!こいつらは確かに魔物だが、落ち着いて動きを観察すれば倒せない相手じゃない!気を抜くな!」

「「「了解ッ!」」」

エラルドはときの声を高らかに上げ、全隊員たちを奮起させた。隊員達はエラルドの戦いぶりに感化され奮戦するも、手早くロードウルフを片付けたエラルド達に比べると苦戦を強いられており、それぞれが連携を取ることでなんとか拮抗を保てているようだった。というのも本来魔物という存在は、並みの人間の力では到底太刀打ちすることなどできず、大人が複数人掛かりで戦ってどうにか対等に渡り合える存在だというのがこの世界では当たり前の認識である。故に帝国最強と謳われるエラルドの所属する帝国特殊戦闘部隊といえど、そう易々と相手にできるものではないのだ。

「ゼシカ!僕は他の隊員達の助太刀に回る。君はその赤ん坊を連れて先に安全な場所へ避難してくれ。それと一応念の為に自分に防御壁ジバリアもかけておくんだ。もしも僕が取り逃がしたロードウルフに目の前で女子供が食い散らかされたりでもしたら流石に夢見が悪いからね。」

「結構エグいこと言いますね隊長…。と、とにかく了解しました!ご武運を!」

「あぁ。僕がみんなの命を預かっている以上そう簡単には死なせやしないさ!」

そう意気込むと、息絶えたロードウルフの死骸から長剣を抜き取り、血を振り払うと、辺りを見渡した。

 エラルドが隊長を務める第7特殊戦闘部隊、通称「第七」には、隊長であるエラルドの下に隊長補佐官と分隊長を兼任するゼシカ=シャルルマーニュ、スコル=ハーパー、そしてガリヴァー=ルクシャロコンの3人が存在する。そんな補佐官達がそれぞれ隊長を務める3つの分隊のうちの1つ「ガリヴァー分隊」は、先月に新設され今回の任務が初の戦場であり、実戦経験がほとんど無かったため苦戦を強いられていた。

「まずい…!魔力を消耗し過ぎて意識がぶっ飛びそうだ…。」

「ガリヴァー分隊長!しっかりしてください!」

ガリヴァー分隊はロードウルフ一匹との戦闘により隊員の一人は深手を負い、その他の隊員達の魔力と体力もほとんど底をつき始め、全員が満身創痍状態であった。しかし、ガリヴァーは隊員達に支えられ、ふらつきながらも決して膝を折ろうとはしなかった。

「クソッ!こうなったらやけくそだ!残りの全魔力この一発に込める…!」

そう言い放ち、ガリヴァーは狙いを定めた。こちらを警戒しているのか、ロードウルフはじっと睨んだまま身構えている。

だが、魔力・体力ともに消耗し切った状態での戦闘は、確実にガリヴァーの集中力を削いでいた。ガリヴァーの疲労がピークに達したそのほんの一瞬、意識の糸が途切れ大きく態勢を崩した。狩人はその一瞬を見逃さなかった。

「クッ、意識が持た…ねぇ…。栄えあるガリヴァー分隊…の初陣の日だってのに、その日が…俺の最後の日になるなん…て笑えない冗談…だぜ…。」

ガリヴァーがかすれた声で愚痴をこぼすその眼前には、今にもガリヴァーを噛み殺さんと突進してくるロードウルフが迫っていた。しかし、次の瞬間ガリヴァーは目の前の光景に目を疑った。

「ロードウルフが…消えた…だと?」

もう頭も回らない。戦いの疲労によって数分前から上手く呼吸ができておらず、脳に酸素が行きわたっていない。だが、かすかに隊員の呼びかけが聞こえる。


「……です!」


「(クソッ、なんて言ってやがる…?)」


「う……です隊長!」


段々と聞き取れるようになってきた隊員の叫び声は―


「上からです隊長ォ!!」

言われるがまま上空に目をやると、大きく口を開け涎をまき散らしながら飛びかかってくるロードウルフの姿がそこにあった。

ガリヴァーは初めて本当の恐怖というものを感じていた。その場から逃げなければならないことを頭では理解しているが、溜まりに溜まった疲労感と自らに迫りくる眼前の風景に対する恐怖が体が動かすことを許さない。一瞬、何かが魔物の背後を物凄い速さで通り過ぎたような気がした。瞬間、ガリヴァーの目の前でロードウルフがバラバラに千切れ飛んだ。彼の目の前に転がったのは、胴体から切り離されたロードウルフの頭部のみだったのである。ふと視線を上げるとそこには、魔物の血が滴る長剣を片手に握ったエラルドの姿があった。

「よかった、何とか間に合った…。大丈夫かいガリヴァー?」

「隊長…、遅いッスよ…」

「よく耐えてくれたねガリヴァー。すまなかった、僕の実力不足が故に君を、君の隊員達の命を危険に晒してしまった。君の初陣をこんな風にはしたくはなかったんだ…。」

「隊長が謝ることじゃないっスよ。自分がただ未熟だったってだけの話っスから…。むしろ助けてもらって感謝しかないっス。」

そう言うとガリヴァーは緊張の糸が切れたのか、安堵の表情を浮かべ深い眠りへと落ちて行った。

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「Dear from」 凪瀬 詩 @nagise

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