「Dear from」

凪瀬 詩

—序章— 「邂逅(かいこう)」

定期連絡 第七特殊戦闘部隊隊長エラルド=カルデリアより


十九時二十五分


連邦国に対する陽動作戦は滞りなく完了 


死者数0名 負傷者数2名


現在、補給基地に向けライン戦線より離脱し、南西に約五十キロ地点に位置する森の中を帰還中 なお、連邦国の追手は確認できず


追伸


帰還中の森の中にて「身元不明」の赤子を発見

身柄を確保したのち赤子の保護を最優先事項とし、ゼシカ上等兵と共に先行して二名で帰還する

その他隊員達は明日の早朝に行動を開始させるものとする


以上


 「よし、定期連絡完了っと…。おい、スコル先程の赤ん坊はどうなった?」

「はっ、先程ゼシカ上等が赤ん坊のおしめを交換するとのことで、あそこの茂みの中へ入っていかれました。エラルド少佐、それで今後はどう動かれますか?」

「そうだな…、僕はゼシカと一緒にさっき見つけた赤ん坊を基地に届けるために、先にここを発とうと思う。連邦軍の追手が近くに潜んでいるかもしれないというのに泣き声を上げられては困るからね。それで、お前を含め他の隊員達には今夜この空き地で一夜を明かしてほしいんだ。明日の夜明けと共に行動を開始してくれ。行動開始時刻の目安は明日の朝六時○○分とする。スコル、隊長代理はお前に任せるぞ。しっかりと隊員達の指揮を執ってやってくれ」

「了解しました。ではそのように」

そう言うとスコルはエラルドのもとを後にした。

「(しかし、なぜこんな激戦区の近場に捨て子なんかがいるんだ…)」

不思議なこともあるものだ、と思いながらエラルドはふと赤ん坊を見つけた時のことを思い出していた。


—今から数時間前—


 「おいゼシカ、追手の方はどうだ?」

「今のところ確認はできませんね少佐。このまま夜闇に紛れ補給基地まで帰還しても大丈夫そうです」

「わかった。では、このまま進むとしよう」

エラルドが合図を送ると、隊員達はなるべく音を立てないように歩みを進めた。帝国の特殊戦闘部隊である彼らは、夜の森は人間よりも凶暴な魔物が潜んでいる可能性を孕んでいるということを熟知しているため、月明りを頼りにしながら周囲に目を走らせていた。しばらく歩くと、突如周囲を囲うかのように木が生え、ぽっかりと空いた空き地が現れた。その中心には、見上げてもその樹冠の頂点が見えないほど大きく、また数多の皺が刻まれた大木がそびえ立っており、異様を通り越して神秘的な空気感さえ感じられた。

「なんだここは……。こんな場所があったんだな」

「それにしても立派な木ですね~。見上げていると首を痛めちゃいそうです」

気抜けしたように言い放つゼシカをよそに、エラルドはまじまじとその大木を観察し始めた。空き地の中心にそびえる大木は、よく見てみるともとは別々だった二本の木が何か不思議な力が働いたように複雑にうねり絡まり合い、一本の大木を成しているようだ。また、何百年と齢を重ねてきたのだろうその木の幹は普通の大人が数人はすっぽり入ってしまいそうなほど太く、その樹皮には大小さまざまな皺が刻まれていた。枝葉は空を覆うほどのびのびと生い茂り、その隙間から射しこまれる月明りが厳かかつ、どこか神秘的な空気を感じさせる。隊員達が大木の放つその空気感に圧倒される中、突然空気を裂くような声がこだました。

「ぎゃあ!、ぎゃあ!」

「なんだ!魔物か!」

隊員たちが各々の武器に手をかける。途端に場に緊張が走った。

「隊長!どうやら鳴き声はこの木の裏側からするようです」

「わかった、僕が見てくる。お前たちは戦闘態勢を維持したまま待機せよ!」

「「「了解!」」」

そう言い放つとエラルドは恐る恐る大樹の後ろ側へと大きく回り込んだ。そこで目にした光景にエラルドは、自分の目を疑い思わず言葉を失った。

「……なんていうことだ」

「どうしたんですか少佐!」

「総員臨戦態勢解除!こんなことがあっていいものか…!」

どこかいつもと様子の違うエラルドの様子に、違和感を覚えた隊員達は緊張した面持ちで駆け付けた。

「な、大佐、これは…」

そこで目にしたものにゼシカはエラルドと同様に絶句した。そこには、真っ白な布に包まれ籠に入れられた赤ん坊が、先程の神秘的な大木の根元にぽっかりと空いた小さなくぼみに置かれていた。

「……赤ん坊だ。」

大陸戦争が展開されているこのご時世、家計の困窮などによって捨てられてしまう子供は決して少なくはない。捨て子のほとんどは人の通らない裏通りや政府が毛嫌いし監視の目がほとんど届かないスラム街、もしくは少しでも心のある両親であったならば、孤児院の玄関先などに置いていかれる場合などもある。だが、この赤ん坊はもしかしたら魔物が出るかもしれない森の中に捨てられていたのだ。しかも大陸の各地で大きな戦火を立ち昇らせる大陸戦争の、数十か所に及ぶ戦地の中でも最大の激戦区である「ライン戦線」の近郊であるこの場所に。

「なぜこんな場所に…。このあたり一帯は戦場が近い上に特別区域に指定されている。一般人は立ち入れないはずだ。一体誰が…」

「そんなことよりこの赤ちゃんの目、凄くきれいな青色をしてますね~。見ていると吸い込まれてしまいそうです。あら?これは何かしら」

籠とくぼみの間に何かを見つけたゼシカは、その少し空いている隙間へと手を差し込み、何かを引っ張り出した。

「…大佐!これ、見てください。手紙がありました。それと…」

ゼシカは急に口籠り、それを手に乗せ差し出した。エラルドは、ゼシカの手に持たれている物に目をやった。そこには封蝋が押してある一通の手紙と、一振りの短剣があった。

「(手紙か…この子の両親のものだろうか。もしかしたらこの子の身元を特定できるかもしれないな。しかしこの封蝋の印、帝国のものではないようだな。家紋か何かだろうか。どこかで見たことがあるような…。それで短剣の方は護身用だろうか。だとしても剣を振れる年齢ではない気もするが…。ん?、この鞘に刻まれた紋章、よく見たら手紙の封蝋と同じものだな。どちらもどこかで一度は目にした気がするのだが……。)」

エラルドがしばらく考え込んでいると、ゼシカが何かを思い出したかのように横から口を挟んできた。

「大佐、それはそうとこの子どうするんですか?このままってわけにもいかないし…。とりあえず身柄を保護して安全なところまで運んであげましょうよ!なんなら先に私が補給基地までひとっ走りして届けてきますよ?」

えっへんと言わんばかりに怏々とガッツポーズをするゼシカを無視し、エラルドは目の前にある普通ならばありえない、戦ごとに対してあまりにかけ離れた目の前の問題に頭を抱えていた。すると、その場の良くない空気を察してしまったのか再び赤ん坊が泣きだした。

「よしよし~、いい子だから泣かないでね~。もう!大佐が怖い顔してるから泣き出しちゃったじゃないですか!」

「…え?そ、それはすまなかった…。」

急な家庭的な空気感に呆気を取られていたが、ここが戦場に近い場所であることを思い出し再び思考を巡らせた。

「(まずいな。このままだと魔物は疎か、連邦国軍の追手にも気づかれるかもしれない。何とかして泣き止ませなければな…)」

そんなエラルドの不安を正確に射貫くかのように、空気を震わせるような低い唸り声が突如、茂みの向こうから聞こえてきた。

「クソッ!総員戦闘態勢!…魔物のお出ましだ!全力でこの赤ん坊を守れ!」

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