Case 3 過去と未来を繋ぐもの ②
「
そう名乗った小柄な
「あのさ、空穂さん。倉部って、こう見えて特別公務員なんだよ」
にやりと笑って石田が放った言葉に「こう見えてって、どう見えるんだよ」とすかさず倉部が言い返す。
「え……。検事さんとか?」
空穂は石田の友人となると、その辺りかと見当をつける。
「いや、単なる警察官です」
愛想のない倉部は、さして笑顔を見せずに答えた。すかさず石田が空穂に向かって言い放つ。
「えっ? 検察官のが良かった? いやいや。警察庁のキャリア組といえば、どんだけ狭き門か……。ゆくゆくは警察庁長官を狙えるという」
「……すでに狙えてないし、さらには狙ってない」
ぼそりと倉部が言う。
「現在、警察庁交通局交通企画課にて、課長補佐。35歳、なんだかんだで、もちろん独身。身長183センチ。趣味は……何かあった?」
「……おい」
背の高い二人の……いや、こればかりは空穂の背が低いだけであるため如何ともし難いことではあるが、頭の上で交わされる変な漫才を見上げて空穂は訝しげな視線を送る。
「石田さん、何なの。その、お見合いの釣書みたいな紹介」
「ん? 不自然? そうかな?」
「もしかして、またお祖父ちゃ……じゃなかった……
……狸だからな。お祖父ちゃま。
空穂の脳裏に、優しげに笑う祖父が浮かぶ。地黒の肌に、いつも笑みを浮かべている口元には白い口髭、蝶ネクタイにサスペンダーで吊るしたズボン。でっぷりとしたお腹の
そのでっぷりと詰まった腹の中までタヌキであると、知ってか知らでか。
「まさか。空穂さんが、ちょっと嫌そうに倉部を見てたから、もしかして興味があるのかと僕が気を利かせただけ。あれ? 興味なかった? それにしても……そっか、このところ
ぐうっと言葉に詰まる空穂に、石田がぺらぺらと喋り続ける。
「まぁねぇ。
「そういや……石田。……娘さんは元気か?」
どこまでも話の続きそうな石田に、倉部が話の矛先を変えようとしてくれたことに空穂は気づいた。
「ん? 娘? りっッ、莉子? ……元気だよ。元気……。まさか、僕は避けられてなんかいないよ! ちょっと意見の食い違いがあったくらいでね」
「喧嘩したのか。どうせ、お前が悪いんだ。さっさと謝ってしまえよ」
「わ、悪くないよ。だって、まだ十歳の子がだよ? パパと結婚するって言ってたあの、莉子がだよ? 今はもうパパより好きなのって……アイドルの、アイドルのっ」
「……まさか、石田さん。莉子ちゃんの大事にしてたあのライブツアーのグッズ……」
がっくりと項垂れた石田は、微かに頷く。
「……はい。あのTシャツ……僕が……着てしまいま……し……た」
「有罪!!」
がばりと伏せていた顔を上げ、石田は空穂に向かって言い募る。
「そんな! 莉子の過失だよ。大事にしているものを車に忘れたのが、そもそもの……それに大きさからして……僕にくれたのかと……」
「な、わけない」
「……うっ。それでは、
「却下します」
「……そんな」
再びがっくりと肩を落とす石田に、空穂と倉部は揃って笑い声を上げる。
秋の夕日の輝きが消えゆく少し前、その名残りのオレンジ色が優しく三人を包み込む黄昏時のひととき。
それが空穂と倉部の、出会いだった。
タクシーを捕まえて乗り込んだものの、じっと座っているのもまた性に合わす、倉部は腕を組み指だけを忙しなく動かし続けながら暗い目を窓の外に向ける。
きっと、空穂ではない。
彼女はあの日、倉部の目の前で蜃気楼のように消えたのだから。
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