ミイラ取りがミイラになった訳 ⑨



 男の肩に置かれた手に、力が加わろうとしたその瞬間、男はさっと振り向き警察官と対峙する。


 抵抗することなく、自然と振り向いた様子の男に、やや緊張を緩めた面持ちの警察官は少し話しを聴きたいと言った。


 男の両手が汗ばむ。

 同時に、嫌な汗がじっとりと背中に滲むのも感じる。ぎこちない態度は不審感を増すばかりであると学習した男は、困った顔で訴えることにした。


 離婚した妻との間に息子がいること。

 息子とは四歳を最後に、会ってはいないこと。

 仕事で別のところに居住していたが、久しぶりにこの町に帰ったこと。

 懐かしい小学校を見て、もしかしたらここで息子の姿を一目見ることが出来るのではないかと思ったこと。

 しかし、その息子が今やどんな姿をしているか分からず、連日通ってしまったこと。


 最後に、今日でまたこの町を離れると男はこうべを垂れた。


 饒舌過ぎただろうか?


 嘘を上手くくには、本当のことを混ぜ込みながら話すと良いと教えてくれたのは、ほんのひと時、同じ施設で寝起きしていた変わった老人だった。

  その老人は自らを詐欺イカサマ師だと言い、嘘のノウハウを教えておきながら、嘘をくことが当たり前になってはいけないと男に最後に話したそのすぐ後に、施設からふいっと姿を消したのである。



 ……あんまり嘘ばかりきすぎるとな。そのうちなぁ、自分の言っていることのどれが真実ほんとうで、どれが偽り《うそ》かなんて分からなくなっちまうんだ。

 と言うのもな、オイラがこんな風になっちまったのも、それが原因よ。自分てめぇいた嘘だったのに、すっかり本気でそれを真実ほんとうだって思い込んじまってたってことに気づかされることがあってよ。……気づかないうちに自分まで嘘に飲み込まれてたってことなんだよなぁ。

 それが何かって?

 そらぁ言いたかないね。

 ああ。馬鹿だねぇ、大馬鹿で、恥ずかしかったなぁ。

 それでなんだか突然、自分てめぇも含めて全部が嫌んなっちまったんだ。

 それからは、ひとりよ。

 ひとりが気楽でよ。

 ま、それでもよ、さすがに寂しくなる時もあらぁな。そんな時は、ふらふらっとこうやって人ん中に紛れ込んで、くだらねぇお喋りってやつをすんのよ。

 だけど、いけねぇ。

 癖ってのはいつまで経っても治らねぇもんでよ。人と喋るとすーぐ嘘がでちまうんだなぁ。いや、まいったね。

 それでもまぁ、こんなこと言うのもなんだが、嘘をかなけりゃいけねぇ時もあるけどよ。

 分かるだろ?

 あんちゃんも嘘をく時は、喋り過ぎないのがコツだぜ? それに真実ほんとうをすこーし混ぜて喋るんだ。

 それが上手い嘘をくときのだな。


 老人の、少しも悪びれない皺だらけの顔と、男の父方の祖父に似た話し方と嗄れたあの声が、男の脳裏に蘇る。


 警察官がその嘘を値踏みするように、項垂うなだれる男をしばらくじっと見ているのを感じた。


 もうだめだ。

 逃げるしかないのか?


 じりじりと男の中の何かが焼きつくような感覚に、焦りが込み上げてくるのをぐっとこらえる。


 終わる果てが見えないと思われた長いひとときの後、警察官が、ぽんぽんと軽く男の腕を叩いた。


「気持ちは分かるが、子ども達や御近所を不安にさせている。もう諦めて帰りなさい」


 男は、はっと顔を上げる。


 


 

 

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