ミイラ取りがミイラになった訳 ⑦


 ここが『並行世界』だと気付いた男がしなくてはならないことは言下に置かず、街を徘徊することだった。

 くまなく歩き回り、あの子を探す。


 けれど男は学習した。

 自身の身なりを整えること。

 愛想よく、人と接すること。


 それが人を探すうえの極意であると。


 小綺麗にしていれば、他人ひとは特段注意を払うこともなく、愛想よくしていれば悪人とは思われない。

 左手薬指にある結婚指輪もまた、他人ひとの視線を集め、社会的適応者であると安心される材料であると男は知る。


 まるで自身が生まれ変わったかのように、男は思う。


 これからは今のような自身であれば、あの二人をきっと幸せに出来る。


 それに、と男は考える。

 それに近頃は誰に対しても愛想よく、誰かを怒鳴りつけることなどなかったではないか?

 怒りを制御することが出来れば……。

 男の脳裏に、かつての怯えて震える二人がちらりと過ぎる。


 殴ったことなど一度としてなかった。

 それなのに……。


 怯えきり、おどおどと、男の機嫌を伺うような素振りを思い出し、腹の底に何かが込み上げてくる。 


 取り戻すのは、あの子だけでも良い。


 男は偶然見つけた小学校の正門前で、授業が終わり子ども達が出て来るのを待つ。

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