フラッシュ

 突然、はっと目が覚めた。部屋は闇に沈んでいる。…まだまだ夜も明けていない。君は隣でおだやかな寝息を立てている。

 休みだっていうのに、こんな時間に目覚めるなんて。もうひと眠りしようかと思ったが、眠気は消えている。俺は彼女を起こさないよう注意しながら、パーカーを羽織って外に出た。

 もう夏と言えど、早朝は少し冷える。当てもなく通りを抜けて、角をぶらぶら曲がって、気づいたら近くの川にやってきていた。太くゆるやかな流れ。普段はランニングにいそしむ人も多いあたりだが、さすがにこの時間には誰もいない。

 俺はなんとなく土手に座る。夜明け前の薄闇がしっとりと肌を撫でた。

 君はまだ安らかな顔で寝ているのだろう。付き合い始めて5年。特に2人でいることに不満はない。そろそろかとは思っている。ただ、俺といたって幸せを保証できるわけではないのに、結婚なんて。ありふれた会社員の俺が、彼女にできることなん

て限られている。そう思うと、なかなか踏み出せないでいた。

 …どうしたもんか。

 ぼんやり考えていると、だんだんと空が白んで、川の端から淡いオレンジ色がじわりとにじみ出てきた。その鮮やかな色に目をとられているうちに、きらりと一瞬

の赤い光線。俺はあまりのまぶしさに、目をつぶった。

 そのとき、彼女が話していた「緑の閃光」の話が頭をかすめた。夕陽が沈む瞬間、一瞬だけ緑色の光が見れることがあり、それを見ると幸福になれるのだという。

「見てみたいと思っていたんだけど、それは限られた地域で、運のいい人しか見られ

ないらしくて。幸せって所詮そういうものなのかってがっかりしたのよね」

 ま、あくまでジンクスだけどね、そう苦笑いする彼女の話を俺はどんな顔で聞いていたのだっけ。思い出せない。

 でもたとえ緑の閃光には遠く及ばなくても、この赤い光は毎日だって見られる。俺にだって、彼女にだって、誰にだって。その方が、ずっと尊いことなのではと俺は直感的に思った。

 朝焼けのまぶしい、ありふれた朝。陽を受けた頬にじんわりとした確かな熱を感じて、俺は立ち上がり、家へと急いだ。

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短編集「夏の宴」 笹川翠 @midorisasagawa

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