愛と迷子の狭間 1900字以内
雨間一晴
愛と迷子の狭間
「どうしたの僕?迷子になっちゃったのかな?」
「……」
デパートの案内所の前で、少年が小さく頷いた。幼稚園児くらいだろうか、もう秋だというのに、半袖の青いTシャツが寒そうだった。青いジーパンの上で小さな手を固く結んでいた。
今にも泣きそうだが、別に珍しいことではない。子供がおもちゃ売り場を冒険してる間に、少し自分の買い物をしてきちゃおう、なんて親は少なくないのだから。全く困ったもんだ。
「そっか、じゃあ、今お姉さんが、君のお母さん呼ぶからね、お名前教えてくれるかな?」
「……別に呼ばないでいい」
泣きそうな目を横に流していた。子供にとって、知らない人に助けを求めるのは難しい事なのかもしれない、このまま泣き始めたら名前を聞くのも大変になる。
「それ、じゃがいもマンでしょ?」
少年の手に人形が握られていた、じゃがいもから手足が生えただけのキャラクター。朝の五分番組でやってる。内容も意味が分からなすぎて私も好きだった。
「知ってるの?」
「うん、知ってるよ。かまってあげないと毒の芽が出て、危険なんだよね」
「そう!お姉さん知ってるんだ!」
ここで、その人形はお金払ったの?なんて、馬鹿なことは聞いたらいけない。振り出しに戻ってしまう、じゃがいもで友好度を上げたまま、さりげなく名前を聞いたら放送をかけて、親に引き取ってもらう。それが私の仕事。
「もちろん知ってるよ、君のママも、じゃがいもマンに会いたいかもよ?」
「……そんなことない」
はい、私の下手くそ。これだから子供は苦手なんだ、なんで私がおもちゃ売り場の近くの案内所に配属されたんだろう。若い子が来るメンズの服屋近くが良かった……
嘆いても仕方ない、なんとか切り抜けないと。
「私、君のママに会いたいなー。なんちゃって」
「ぼくも会いたい……」
もう下手くそな誘導尋問しか出来ないけど、結果オーライだ。さっさと呼び出して引き取ってもらおう。
「よし、じゃあ、君の名前は?」
「ゆうと」
「上の名前は?」
「なんだと思う?」
「う、うーん。田中?」
「鈴木」
「惜しかった。鈴木ゆうと君ね、ちょっと待っててね」
「……うん」
何が惜しかったのか自分でも分からないけど、とにかく親に早く来てもらわないと白髪が増えそうで困る。
「ご来店中のお客様に、迷子のお知らせを致します。青いTシャツに青いズボンをお召しになった、鈴木ゆうと君が四階サービスカウンターで、お連れ様をお待ちです。え?なに、うん。今呼んでるよ、あ、大変失礼致しました。お心当たりのお客様は、四階サービスカウンターまでお越し下さいませ」
あー、最悪だ。アナウンス中に話しかけられて、完全にコントになってしまった。絶対他の受付嬢にいじられる……
「ねえ、呼んだの?ママ来てくれる?」
「うん、もうすぐ来てくれるよ、待っててね」
何とか笑顔を保って対応出来た、私も大人になったものだ……
五分もせずに、ゆうと君の親が来た。
「ゆうと!」
「……」
「ゆうと君のお父様ですか?」
「はい!すみません、ご迷惑かけて」
平日の昼間に体格の良いおじさんが来て、私は少し驚いた。白い帽子に赤いシャツに黄ばんだジャンパー、しみのある茶色い顔は、もうお爺ちゃんに片足入ってる感じだった。
ゆうと君はうつむいたまま、こっちを向いていた。
「うそつき。ママ来ないじゃん」
私の眉間にしわが走りそうになる前に、横にいる父親が力強く、ゆうと君の両肩を掴んだ。
「ゆうと。いいか。ママは、もう居ないんだ。分かるだろ」
「……」
私は何も言えずに、ただ息子の目線に
「それ、欲しいのか?」
「……」
ゆうと君は、唇を力ませて、涙を流しながら首を横に振った。
「……そうか、じゃあ帰りに元の場所に戻すんだぞ。すみません、ご迷惑おかけしました」
「あ、いや。迷惑だなんて、とんでもないです。ご利用ありがとうございました」
私は、ただ、ゆうと君の力強い拒否の首振りが眩しく見えた、許されるなら、私が買ってあげたい……
「ほら、行くぞ。ゆうと」
「……」
ゆうと君が泣きながら、こっちを見つめてきて、私まで泣きそうになった。
「……お姉さん、また来ていい?」
「うん、また来てね。ゆうと君を待ってるよ」
「……うん」
とぼとぼと歩き出したゆうと君の横で、父親が私に深くお辞儀をしてきた。エスカレーターから見えなくなっても、私は、彼らの事を考えていた。
ママは死んじゃったのかな。生きていてほしい。一時的に居ないという意味であってほしい。でも、あの父親の説得の仕方は……
アナウンスの失敗を上司に怒られながら、これからは、少し子供に優しくしよう。そう思った。また会いたいな、ゆうと君に。
愛と迷子の狭間 1900字以内 雨間一晴 @AmemaHitoharu
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