第53話 運が良かった?
「……核が無くなったのだ」
核……船の燃料。帆が無い小舟は、核無しには進めない。
「核が…欲しいのだ」
核……魔物を倒すと入手できるアイテム。スライムは魔物だ。
じっとマクランを見つめるタカルハ。船の上に緊張が走る。
「ふふふ、嘘なのだ。お前の事を殺したりしないのだぞ?」
究極の選択かと思われたが、タカルハは記憶を無くしても慈悲深かった。
カッコよさげにネーブル島を後にしたタカルハだったが、船旅の知識があるわけでも無く、星を見て大体の方向に船を進め続けた結果、途中で島に寄ることも出来ずに突き進んできた。幸い魔法のカバンには食料と水が沢山入っていたのだが、船を進める核が少ししか入っていなかったのだ。
「あぁ、船が遅くなって来た」
供給する核も無く、遥か西を見据えながら溜め息を吐いたタカルハに、マクランは船の端に寄ってプルプルンと体を震わせている。
「そんなに警戒しなくてもいいのだ。さっきのは冗談なのだぞ? 俺は魔法を使えるようだし、どうにかするのだ」
服装と魔法のカバンに入っていた杖を見て、自分が魔法使いらしきことが解ったタカルハ。魔法の使い方はまだ思い出せないが、何とか出来る気がしていた。目的も無くシオリ達にくっついていた時とは違って、友達の待つ西の大陸に向かうと言う目標があるおかげで、前向きでいられる。
「おい、スライム。そんなに警戒せずに、もっと近くに来て欲しいのだ。リンゴをやるのだぞ」
マクランに距離を取られたタカルハが、リンゴでご機嫌を取ろうとする。
プルプルン……ニョーン
震えるマクランの一部がムニュッと伸びて、可笑しな部分に角が現れた。
「な、何なのだ? い、威嚇なのか? 怒っておるのか?」
焦るタカルハに近付いて体を擦りつけたマクランは、角を出したり引っ込めたりを繰り返す。
「ん……? もしかして、その方向に進めと言うことか?」
頷くマクラン。
タカルハは、迷いなくマクランに従った。ネーブル島を脱出出来たのもマクランが導いてくれたおかげだった。素直に従ってみて損は無い。
なけなしの燃料で、ゆっくり進み続けた船の先に、小さな島の姿が現れた。
「おぉ~、島なのだ! あそこに行けば、きっと何とかなるのだぞ!」
明るい声を出したタカルハを馬鹿にするように、船は島に到着する前に止まってしまう。
「あぁ~~~惜しいのだ~~~」
大の字になって手足をバタつかせたタカルハの腹の上に、マクランが跳び乗った。
「ん? お前も悔しいのか? 元気づけてくれているのか?」
上体を起こして優しくマクランを手に持ち、頬ずりしてやろうと顔を近付けたタカルハ……の鼻の穴に、マクランの角が突き刺さった。
「ふがっ、何で角を出すのだ! 酷いのだ!」
鼻から角を引き抜いたタカルハの頬に、再び角がぶち当たる。
「何だ! ん? もしかして、船の後ろを指差しているのか?」
振り向いて目を凝らすが、穏やかにうねる波しか見えない。
ドッパーーーンッッ
「うわぁ、うわ、うわ、やばいのだ!」
突然、船から少し離れた場所に、大きな水柱が上がった。
タカルハの悲鳴が響き渡る中、水柱から押し寄せる波に押し流される船。
訳も分からず、必死で船にしがみついていたタカルハ。揺れが収まり目を開けると、久々の色彩が飛び込んで来る。
「緑だ! 木が生えている! 島に着いたのだっ!!」
砂浜に乗り上げた船から降りると、久々の揺れない地面に平衡感覚を奪われて倒れ込んでしまう。そのまま大の字に寝そべって、背中に砂の温かさを感じていると、核切れで漂流せずに済んだことにホッと息を吐いた。
「でも、あの波は何だったのだろう。運よく島まで流されたが…大きなお魚でも跳ねたのだろうか。スライムは気付いていたようだが、俺には何も見えなかったのだぞ」
砂浜で跳ねまわるマクランを見つめる。
「まぁ、何でもいいのだ! 助かったのだから。運が良かったのだな」
木陰に入ったタカルハは、ゆったりと体を横たえて、自然と目をつぶった。疲れを感じる間もなく、すぐに寝息を立て始める。近寄って来たマクランが、ポニョっとタカルハの頭の下に潜り込んだ。
しばらくして、心地よい眠りから目を覚ましたタカルハは、魔物に取り囲まれていた。
「……油断しすぎたのだ」
貝に足の生えたような魔物と、ロブスターのような魔物が二十匹はいるだろうか……大きくはないが、どちらもかなり硬そうだ。
「ど、どうやって倒せばいいのだ。魔法は…どうやって出すのだ?」
慌てて魔法のカバンに手を突っ込み、杖を引っ張り出して構えてみる。
「えっと、呪文があったような気がするのだ。何であろう……簡単な言葉だった気がするのだ。よしっ、適当に言ってみるのだぞ!」
杖を振り上げて息を吸い込んだタカルハは、眉間に皺を寄せて腹に力を込める。
「魔力を操りし偉大なる聖霊よ、我の求めに応じて力を貸せ。魔物たちを薙ぎ払え!」
タカルハは、高スペックっぽい呪文を繰り出しながら、勢いよく杖を振り下ろした。
ボゴォォォッン
御馴染みのクソ武器は、魔物の硬い殻をぶち割り、地面に亀裂を走らせた。一発で数匹の魔物が核に変わる。
「おぉぉ! 魔法が使えたのだ!」
魔法では無いが、威力は絶大だ。
調子に乗って杖を振り下ろし、次々と魔物を倒していくタカルハだったが、敵の数が多すぎる。数匹の魔物が後方に回り込み、タカルハの背中に跳びかかる。それに気付いたタカルハは、杖を振って目をつぶった。
ビシィィィッ
破裂音と風圧を感じて目を開けると、魔物の姿は無く、バラバラと核が散らばっている。
「これも魔法なのか? は…ははは、すごいのだ。俺は、すごい魔法使いなのかもしれないのだぞ。英雄だったりして…ふふふ」
*********************
再び船旅を続ける準備が整ったタカルハだったが、島で夜を過ごすことにして、たき火の前に座り込んでいた。食事を済ますと、手持無沙汰になってしまう。少々寂しさを感じたタカルハは、魔法のカバンをに手を突っ込んで、暇つぶしになるような物が無いか物色した。
「これは…日記?」
カバンから引っ張り出したノートには、『タカルハの冒険日記』と書いてある。
「書いた覚えは無いが……俺の物なのだから、見ても良いのだな?」
マクランを膝に乗せて、聞いてみる。プルンと揺れを感じて、タカルハは少し笑いながらノートを開いた。
――――――――――――――――――――
今日から日記を書くのだぞ。なぜなら、師匠に出会ったからなのだ。俺は見た目や話し方が変だと笑われて、友達が出来なかったのだ。でも、師匠は俺の友達になってくれたのだ。何時間も話をして、沢山笑ったのだ。こんなに楽しいのは初めてなのだぞ。
これからは師匠と一緒に冒険して、ずっともっと楽しいことがあるはずなのだ。だからちゃんと、日記にするのだ。きっと、何度読んでも楽しいはずなのだぞ!
――――――――――――――――――――
日記を読み進めるタカルハ。そこには、神成の弟子になったことや、馬鹿げた冒険の数々が記されていた。
「師匠はウサさんと結婚したのか。ふふふ、面白いのだ」
笑わずにはいられない、楽しい冒険の話。
「そうか。俺には、マメ子という馬鹿な子分がいるのだな」
マメルカの悪口も綴られていた。
「ウサさんが渡りの賢者様とは。怖い人だから素直に言う事を聞いた方が良いのか」
ミナカタの登場には大笑いした。
日記を読み進めながら、笑い声を上げるタカルハ。やがて、頬を涙が伝い始める。
「悔しいのだ…辛いのだ……俺は、こんなに楽しい記憶を無くしてしまったのだな」
タカルハは、シオリの言葉を思い出していた。タカルハの記憶が入っているという玉。置いて来てしまったことが悔やまれる。でも西の大陸に戻れば、この楽しい仲間たちと再会して、新しい記憶が作れるはずだ。
タカルハの涙に釣られるように、空から雨粒が落ち始めた。
空を見上げると、優しい雨粒に頬を撫でられる。
次々と、落ちて来る雨粒、雨粒…雨つ……、
「な、何だ!?」
雨粒では無い物が、振って来る。
「ひ、人なのだ!?」
ふわりと舞い降りて来る人影。長く青い髪と、身にまとった水色の薄布をなびかせた色白の美しい女性。声を失うタカルハの前に降り立つと、いきなりタカルハの頭を胸に抱え込んだ。
「タカルハ~! やっと見つけたわ! ミナカタさんに話を聞いて、ずっと探していたのよ~!」
「こ、これは…」
押し付けられるお胸に懐かしさを感じるタカルハ。このボリュームと弾力を知っている。自分を探していたという美女…これは…。
「あの……もしかして、あなたは俺の…恋人なのか?」
「あら、本当に記憶が無いのね~。うふふ、私はあなたのお母様よ。赤ちゃんの頃から一緒にいたのよ。もう大丈夫よ~、お母様が連れて帰ってあげますからね」
笑ってタカルハを撫でるお母様。
「そ、そうか。それは、残ね…嬉しいのだ」
タカルハの胸のトキメキは、一瞬で消え去った。
「でも、良かったわ~、一人じゃ無かったのね?」
「ん? あぁ、このスライムは魔法のカバンに入っていたのだ」
「スライム? 違うわよ~、師匠さんがそこにいるじゃない?」
お母様の言葉に首を傾げるタカルハ。指差された場所を見ても、人の姿は無かった。
「師匠さん? どこなのだ?」
「あら…体は無いみたい。霊体だわ~」
「霊体…?」
「そう言えば、師匠さんが刺されたと聞いたけれど」
声が出ないタカルハ。シオリに刺された友達というのは、師匠だったのか……日記で読んだばかりの、無くした記憶の大切な友達。それがいるとは、霊体とは、どういう事だろう。
「……師匠は、死んでしまったということなのか? 霊体で、俺の側にずっといたのか?」
目を凝らしても、タカルハの目には何も映らない。
西の大陸に帰れば……そう思っていたのに。
でししょー! 弟子と師匠と物語 オサメ @osame
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