第10話 どうしようもなく人は馬鹿な生き物
「う〜ん、ごめんね」
彼女の返答はとてもあっさりしたものであった。僕の複雑怪奇な気持ちとは裏腹に。
その後につらつらと僕と付き合うことができない理由を言っていた気がするが、ほとんどはまだ立ち直れてないから恋愛は考えていないといった内容だった。
ただ彼女が‘‘来年同じクラスになるかもしれないよね……‘‘と自分に問いかけるように呟いていたのは何故かよく覚えている。
そんなこんなで僕の告白は終わりを告げた。もともと受け入れてもらえるとは思っていなかったので意外なことのようにも思えるかもしれないが、それほど落ち込んだりはしなかった。
その後も彼女との関係は続いた。
告白をしたあともLINEのやり取りをし、朝も彼女と学校に行くような日々を何日も何十日も過ごした。
途中、後輩に告白され悩んだ時期もあったがやはり彼女のことが諦めきれず、断った。
同じ時間をともに過ごすうちに彼女は僕にとってただの恋をするための相手ではなく、とても大切な何かに変わっていった。
だが彼女にとって僕はそうではなかった。
彼女にとって僕は自分にとても優しくしてくれる凡百の男のうちの一人に過ぎず、取るに足らない遊び相手の一人ではなかったのだろうか。
彼女が彼氏に裏切られ、どん底にいるときに電話をした。
彼女が受験に失敗し、沈んでいた朝に慰めた。
そんな僕からすれば特別なようなことであっても、彼女からすればふとした日常を切り取った何気ない一部分にしか過ぎないのだ。
一方は他方のことをこの世で最も大切なものであると考え、他方は一方をそこらへんに転がる石ころのようにしか思っていない。
残酷なようではあるが、僕たちが生きる世の中、こと恋愛という一分野に関してはよくあることなのだ。
これだけを見ると、僕は彼女のことを恨んでいるかのように思える人もいるかもしれないが、僕は彼女のことを自分でも驚くほどに恨んではいない。
彼女との三年間にわたる関係は僕にたくさんのものを与えてくれた。
彼女と過ごした時間なしには今のこの僕という存在はあり得ないのだ。
そういう意味では彼女に僕は感謝すらしているのかもしれない。
◇
高校を卒業してから一度だけ彼女と食事に行った。
SNSのメッセージ機能を通して、日時、待ち合わせ場所を決めた。
そして、彼女と食事に行く日が来た。
僕は時間の十分ほど前に待ち合わせ場所に着いた。
彼女はすでにそこにいた。
大学へと進学し、垢ぬけた彼女は道行く人の十人に九人は振り返るほどの美しさであった。
「ごめん、待った?」
「ううん、行こっか!」
いつかとは逆の言葉をお互いに言いながら、僕らはその場所から本当の目的地へと向かった。
彼女との会話はとても楽しかった。それもそのはず、好きな相手と日常の一コマを共に過ごすだけでもこの上ない幸せを感じることができるというのに、食事を共にできて楽しくないはずがない。
時間は飛ぶように過ぎていった。
そして僕らはさも当たり前のことのように別れを告げ、互いの日常に戻っていった。
それから彼女とは連絡を取っていない。
相も変わらず馬鹿な僕は彼女のことが好きであるし、彼女のことを天国からまかり間違って落ちてきてしまった天使だと思っている。
だが、それと同時に彼女がどうしようもなく馬鹿な僕のこと好きになってしまうような夢物語は万に一つもあり得ないし、ましてやクリスマスを共に過ごし、イルミネーションを眺めて互いに愛を囁くような、太陽が照り付けるなか同じパラソルの中で身を寄せ合うような仲になることもないとわかりきっている。
頭ではわかってはいる。
彼女のことを知れば知るほど愛おしく思い、僕のことを知ってもらえば知ってもらうほど彼女にどんどんと惹かれていった。
気付いたときにはどうしようもないほどに彼女のことが好きであったのだ。
そしてその気持ちはこの先小さくなることはあっても僕から命の灯が消えるまで、消えないのではないかと思う。
僕の天使に恋したと思っていた話はこれで終わりとしておこうと思う。
ここまで読んでいただいた人々には感謝の念しかない。
本当にありがとう。
僕が天使に恋をしたと思っていたお話 解説書 @akimboby
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