第9話 諦め切れない片想い程辛いものはこの世になかなかない

 彼女との電話は二時間というあっという間にもそれでいて長くも感じるような間続いた。


 その間、僕と彼女はたくさんのことを話した。


 その内容の詳細はあまり良く覚えていないが、彼女の男について話すときの口調、上ずり具合からその男のことが本当に好きなんだろうなと感じたことだけは覚えている。

 そして、彼女がその男のことを嬉しそうに、それでいて悲しそうに、まるで二度と手に入らない大事なものを失ってしまったかのように話す声を聞いて、軋みや声にならない叫びを上げながらも同時に、彼女の知らない一面を知ることができて暖かいものに包まれたように感じる僕の心を通して、僕が彼女のことを本当に心の底から曇りなく好きなのだということが分かったこともよく覚えている。


 彼女はすっきりしたような声で言った。


「ありがとう」


 僕は込められる愛情の全てを込めて言った。


「どういたしまして」


 そうして彼女との電話は終わった。

 僕の心に仄かな暖かさと薄暗く冷たい何かを残して。



 ◇



 その日から明らかに彼女との関係は変わった。


 傍から見れば彼女と僕は恋人同士に見えたかもしれない。


 でも僕は知っている。


 今現実に横に立っているのが僕であっても、彼女の心の中で隣に立っているのは僕ではない。

 いつまでも、そしてどこまでいっても隣に立っているのは在りし日の彼女のことを裏切った彼なのだ。


 そんな曖昧な関係が一ヶ月ほど続いた。


 そんなある日の朝、僕は彼女と唯一繋がっていられることが目で確認できるツール、LINEに打ちこんだ。


 今日、一緒に帰れる?


 彼女からの返信はお昼頃に来ていた。


 いいよ!


 僕は胸が高鳴るのを感じた。その高鳴りが電車に乗る周りの有象無象に悟られないように、それでいて自分だけはその高鳴りを味わうことができるように次の言葉を紡いだ。


 じゃあ、裏門で18時頃に待ち合わせでいい?


 その一文を打つのに一体どれほどの時間がかかっただろうか。震える指で打ちこんだ文は送信ボタンを押すと共に彼女へ送られて行った。


 うん!待ってるね!


 彼女からの返信を見て、僕の心臓は石炭を放り込みすぎた蒸気機関のように暴走していた。



 ◇


「ごめん! 待った?」

「いや、全然」


 彼女が10メートルほど手前から僕の方へ走り寄ってきた。走り寄る彼女の姿はさながら天使であった。少し乱れた前髪。遠目にもわかる透き通った肌。何を取っても僕に走り寄るのは紛うことなき美の化身そのものであった。


「じゃあ行こっか」


 僕はおもむろに言う。これを読んでいる人たちには僕が彼女に冷たく接しているように見えるかもしれない。だがそれも仕方のないことなのだ。

 この日、僕は彼女に告白をすることを決意していた。

 そんな大舞台を前に一体誰が平静の心を持って普段通り接することができようか。


 彼女と共に日が沈み暗くなった夜道を歩く。僕はできる限り人通りの少ない道を選びながら歩いた。互いの部活の話、勉強の話、友達の話など話題は流れる川のごとくとめどなく溢れてきた。

 あふれる話題に流されながら歩いていた。


 そして、遂にその時が来た。


 二人ともの話題が尽きた。示し合わせたかのように僕と彼女は黙り込んだ。


 僕は今がその時であると誰に言われるともなく思った。


「Bさん」

「うん?」


 彼女はその整った顔を僕の方へ向けた。その顔には唐突に名前を読んだ僕に対する疑問が浮かんでいた。


 僕は彼女を見て言った。


「好きです、僕と付き合ってください」


 彼女は少し考える素振りを見せた後、


「う〜ん、ごめんね」


 と言った。

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