覇王様の妹、勧誘される?②



「……え?」


 片岡武夫と名乗った男の言葉にアリスは不意を突かれたように唖然とした声を漏らし、ぽろっと手に持った箸を机に落とした。


 それは亜紀やアルフレッドも同じだったのか、亜紀はどこか戸惑ったように、片岡に声をかけた。


「ま、待ってください。アリスちゃんをスカウトしたいっていうのはどういうことですか?娘は異能が発現していない普通の一般人ですよ?」

「いえ、彼女はすでに異能を発現していますよ。舞岡市が侵略者に襲撃されたあの事件で」

「え?」

「おそらくアリスさん自身も少し心当たりがあるはずじゃないですか?」


 そういって、片岡はアリスに視線を向ける。


「本当なの?アリスちゃん?」


 亜紀は少し震えているようだった。


 亜紀の質問に、アリスはフルフルと頭を振って応える。


「分からない。あの時は私気絶しちゃって何も覚えてないから」

「……娘がこう言っているのですし、何かの間違いでは?」


 どこか淡い期待でも抱くように、亜紀は片岡に声をかけたが……


「いえ、しっかりと娘さんには異能が発現していますよ。私の目にははっきりと見えていますので」

「見えている?」

「ええ、実は私もクラスⅡの『透視イルミナス』という異能を持ってまして、この目は脳の神経系に巡る異能回路をしっかりと見分けることができるのです。その為、異能者か一般人かどうかはこの目ではっきりと見えるのですよ」

「……」


 嘘ではないのだろう。


 現代、普通の家庭ならば、子供に異能が発現した状況は喜びに値することなのだろうが、しかし、亜紀はアリスが本当に異能を発現したことに少なからずのショックを抱いた。


 彼女は愛情深い。自分の子供が異能やら討滅師やら侵略者やらといった危険が蔓延る世の中と関わることを嫌う。それは過去に亜紀自身が身をもって味わったことだからこそ、子供には絶対にあのような過酷な世界に踏み込んで欲しくないのだろう。


「特にアリスさんの異能回路は私がこれまで見てきた中でも一番といっていいくらいに大きく、純度が高い。正直、最初は多恵さんに言われても信じられませんでしたが……なるほど、確かにこれは言うだけのことはありますね」

「多恵さん?」


 片岡の言葉の中に、気になる単語を見つけたアリスがオウム返しのようにつぶやく。


「ええ、そうです。今回私にアリスさんのことを教えてくれたのは私の師匠でもあった人で、昔はSランク討滅師としても活躍していたすごい方だったのですよ」

「……あのおばあさん、本当にすごい人だったんだ」


 どうやら多恵の自慢は全く見当違いでもなかったらしい。

 案外、すごい人物だったことにアリスは内心で感嘆したような思いを抱いた。


「――っと、少し話が逸れてしまいましたね。ここらでちゃんと本題に戻りたいのですが、大丈夫ですか?」

「……スカウトの話ですか?」

「そうです。アリスさんにはぜひ特待生として関東の討滅師育成学校天武学園に入学してほしいのです」


 そういって、片岡はカバンから資料を取り出して机の上に置く。


 どこにでもあるような学校案内のパンバレットであり、亜紀はそれを見て少しだけ懐かしそうに目を細めると同時に、悲しみを堪えた苦悶の表情を浮かべた。


 そんな中、当事者たるアリスは目を閉じて、悩んだように眉を寄せていた。


 彼女は母である亜紀が討滅師や侵略者が蔓延る危険な世界を嫌っていることは知っている。きっと母の内心では自分が討滅師を目指すことにも反対しているのだろうということも分かっている。


 ――だけど、アリスはそれでも討滅師を目指したいと思った。


 きっかけはやはり先日の襲撃事件のことだろう。


 正直、それまでは討滅師のことなどに興味はなかった。そもそも母の意向からか、ずっと関わることのない遠い世界の話だと思っていたし、自分がなれるなどとも全く考えていたなかった。でも、あの日の襲撃事件がすべてを変えた。


 本能のままただ暴れまわる侵略者。鼻につく血と焼けたような硝煙の香り。周囲から響く絶叫や怒号。そしてなによりもアリスを助けようとして、瀕死の重傷を負った千佳のあの姿。今でも彼女の脳裏にはあの日の出来事が鮮明に蘇る。


 もう親友のあんな姿は見たくない。それに侵略者の脅威がなくならなければ、いつか千佳だけでなく、母親の亜紀や父親のアルフレッド、それに兄であるロアにもあの危険が迫ると思うと、アリスは堪らなく怖くなった。


 目の前に立つ見た目の威圧感とは裏腹に腰の低いセールスマンのような男――片岡は自分に討滅師になれる才能があるという。それどころか、世界を救える英雄の一人になれるとも。


 自分にそんな力があるのなら、世界すべてとは言わないけど……せめて周りにいる人たちだけでも守れるようになりたい。


 だから――


「……ねぇ、お母さん。私この話受けてみたい」

「……アリスちゃん」

「お母さんは反対するだろうけど、私――「いいわよ」


 アリスの言葉の途中で差し込まれた亜紀の承諾の言葉に、彼女は「え?」と目を点にして固まった。


「だからいいわよって言ってるのよ、アリスちゃん」

「え?で、でも……お母さんはそういうの嫌がってるはずじゃ……?」


 まさかこんなにも即座に許可を頂けるとは思ってもみなかったアリスは口ごもりながら、理由を聞いた。


「ええ、確かに子供があんな危険な世界に踏み込むことなんて、正直嫌よ。でもね……子供が自分で進みたいと思っている道を私のわがままで邪魔する方がもっと嫌なの。あの事件以降、アリスちゃんがいつも何かを考えて、どこか上の空だったことはわかってるんだからね?」

「うっ……気づいてたんだ」

「当然でしょ。私は母親ですよ。アリスちゃんが夜な夜な隠れてネットで異能とか討滅師とかについて調べていたのはわかってたんだから」


 あまり心配をかけたくないがためにこそこそと隠れて調べていたが、母親の亜紀にはすべてお見通しだったようで、アリスは思わず小さくなる。


「……はぁ、それでもまさかこんなタイミングよくスカウトが来るなんてことは思わなかったけどね」

「てことは私……討滅師目指してもいいの?」


 亜紀はもう一度「はぁ」と小さくため息を漏らしてから頷き、姿勢を正して片岡に向き直った。


「片岡さん」

「はい」

「本当はアリスちゃんをあんな危険な世界に送るなんて嫌で嫌でたまらないし、感情的には駄々をこねて否定したいとこだけど、私の娘は誰に似たのかこう見えて結構頑固だし、きっと最後まで諦めないだろうから…………だから、まだまだ至らない娘だと思いますが、どうかよろしくお願いします」

「はい、任せてください。大切な娘さんをきっと素晴らしい討滅師にして見せます」


 頭を下げる亜紀に、片岡も真摯な表情で応える。その返事を聞いた亜紀は家に片岡が訪れてから、ようやく初めてほっとしたような微笑みを浮かべた。


 期せずして早くも綺麗に話が纏まり、一件落着といった様相の中――



「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇい!!!!!」



 しかし、突如としてその叫びはリビングに響いた。



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覇王様、転生します。~俺はただ平穏に暮らしたいんだ!~ 大菩薩 @kou_tou

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