覇王様の妹、勧誘される?①
『――突如、舞丘市を襲った侵略者の群れは、現場に急行した討滅師達の手によって最小限の被害で、無事解決しました』
そんなニュースキャスターの言葉を聞きながら、俺は夕食を口に運ぶ。
あれから数日の時間が経った。実はあの襲撃の後に家に戻った時のほうが大変だった。家に無事に帰った俺とアリスを見た母上がワンワンと泣き崩れながらうれし涙を流し続け、それを収めるのに三時間くらいの時間を要したものである。その後はさらに俺たちを構うように尽くしに尽くしてきて……とにかく色々疲れたのだ。
まぁ、それだけ心配されていたと思えば、むしろ喜ばしい気持ちになる。ぶっちゃけ、母上に構われるのは嫌いではないからな!
現在はもうあれ以降、襲った、襲われたなどという凄惨な事件もなく、世間にも平和な日常が戻り始めている。
俺もいつものように平穏な日々を満喫していた。
アリスも完全に怪我や心労が癒え、今は俺の横でその可憐な口をもぐもぐと動かし、ご飯を食べている。可愛い。
そんな俺達を母上はいつものようにこにこと笑顔が絶えることなく見つめていた。
ちなみにミスターゴリラの異名を持つ父上は絶賛休日出勤から帰ってきたばっかでお疲れの様子だ。眠そうに夕食に手を付けながら、船をこぎそうになっている。ここ最近はほぼ休みなく仕事に行っていたのだから、無理もないかもしれない。社畜は大変である。俺は一生この家に尽くすと決めているので、社会の歯車になど絶対なるまい。母上とアリスの専業主夫として、日々邁進する所存である!
俺が高らかに決意を固めたそんな時だった。
ピンポーン!
と家の呼び鈴が押されて、来客を知らせる鐘が鳴った。
「あら?誰かしら?」
「今日は来客の予定などなかったはずだけど……」と小さくつぶやいて、母上は立ち上がって玄関口に向かう。
俺とアリスはただ呑気にテレビを眺めながら、夕食の手を進めていた。
この時の俺はまだ知らなかった。この来客が俺の運命を変えることになるとも知らずに……
◇
「ご夕食中にお邪魔して申し訳ありません」
少し戸惑いを表情に浮かべた母上に連れられ、リビングに現れたのは一人の中年の男。どこか高級感の漂うスーツにきっちりと整えられた髪、さらには眼鏡の奥から光るシャープな目つきが、否応にもこの男が只者ではないという印象を抱かせる。
父上とアリスは少し気圧された様子で頭を下げていた。
俺はただ一瞥してさっさと視線を飯に戻した。
「私、実はこういう者でして――」
そういって、男は父上に懐から取り出した名刺を渡す。
「あ、ご丁寧にどうも――って、え!?」
名刺を渡されて、そこに書かれてあった文字を見て、父上が驚愕を顔に張り付けた。
そして、その驚愕の理由を示すように、男は自ら名乗りを上げる。
「私、エスペランサ日本支部の人事部門で部長をやらせてもらっている
「……」
エスペランサ?
どこかで聞いたことがあるような……?
なんだったか?
「エスペランサって討滅師を統括する大元の組織じゃ……?」
横で驚いたようにアリスが小さくボソッと呟いた声を聞いて、俺は「ああ」と思い出したように頷いた。
そうだった。
確かそんな組織があったな。
正直、一生関わることなどないと思っていたから、記憶の彼方に置いてあったままにしていたわ。
ふむ?そうすると次に疑問が湧いてくるぞ?
――なんでそんな組織の人間が家のような一般家庭に用があってきたんだ?
すると、そんな俺の心を読んだかのように、母上はどこか不審そうな目線で男に質問をする。
「……それでいったい今日は家になんの用なんでしょうか?」
「そうですね。いきなりアポも取らずにやってきて不躾だとは思いますが早速……本日はスカウトとしてこちらに参りました」
「スカウト?」
「はい。実は私ども人事部はエスペランサ日本支部の職員採用や教育などを行う仕事とは別に優秀な討滅師の卵を早いうちから討滅師育成学校にスカウトするといった仕事もしておりまして、本日はその目的のために参った次第なのです」
母上の質問に男は礼儀正しく丁寧な口調で目的を告げた。
男の言葉を聞いた母上と父上がちらっと俺に視線を向けてくる。その瞳の奥からは如実に“お前いったい何をしたんだ”という疑問があふれていた。
甚だ遺憾である。
こう見えても外で、それも人の大勢いるところで力を振るったことなど一度もない。そもそも俺の秘密(転生者)――自分ではそれほど秘密にしてはいないが――を知っている者などかなり限られていて、それこそ母上と父上以外には知られていないはずだ。アリスですら、俺のことはちょっと強くて、優しくて、頼りになるお兄ちゃんとしか思っていないはず。
だからこそ、今回のこの男の突然の訪問は謎である。
おそらくスカウトというからにはきっと俺のことを討滅師へ勧誘したいのだろうが、いったいどこで俺の情報を得たというのだろうか?
外に出て力を使ったことなど、ついこの間アリスを傷つけられて怒りがピークに達したときくらいのものだ。それ以外に魔法などアリスへの監視か、アリスに近づく輩への洗脳か、アリスに告白した男の生殖機能を不能にすることくらいにしか使っていない。
見た通り親と妹を愛する堅実でまじめなどこにでもいる青年といえるだろう。
そうするとほんとになんでこの男はこの家に来たのだろうか?
「多恵さんに話を聞いたときはまさかと思いましたが、やはり会いに来て正解だった。一目見て君は討滅師になるべきだと今はより一層そう思う――」
多恵……?どっかで聞いたことがあるような……ないような……まぁいいか。
それよりこの男、俺を見て随分と興奮しているな。男に見つめられる趣味などないぞ。というか、なんか一人興奮して熱くなってるから気持ち悪いな。
まず俺はこんな男知らないし、会ったことがない。ほんといったいどうやって俺の情報を突き止めたというのだ?母上を心配させないようにできるだけ外では大人しくしているというのに……あれか?半年前くらいにぶち転がした地元の不良が原因か?生意気にもアリスを性的に襲おうとしていたのを察知したから、あの時はついブチ切れて、力をふんだんに使用した。不良は九割殺しにして、洗脳して、生殖機能をなくして、今は俺の小間使いとして働いてもらっている。正直、心当たりはこのくらいしか思い浮かばないが……。
しかし、隠蔽工作も万全だったから誰にも気づかれていないと思っていたのだが……。
もしかしたら討滅師を統括する組織の情報網を少し舐めていたかもしれないな。所詮、あの程度の木偶どもに苦戦する雑魚の集団を纏める組織。目端にもかからないような木っ端と侮りすぎていたのがまずかったか……。
まぁ、見つかったのなら仕方ない。存在感が大きすぎるというのも困りものだ。隠そうとしても隠せないのだから、何とも迷惑な話である。
残念ながら俺は討滅師なんていう平穏とは無縁な職業に就く気はないし、そもそもこの家から離れる気などさらさらない。将来の夢は母上とアリスのための専業主夫と決めているのだ。せっかく来てもらって悪いがここは断らせてもらうとしよ――
「――上終アリスさん!君は世界を救う英雄になれる逸材だ!是非特待生枠として討滅師育成学校に入ってくれないかい!?」
……WHAT?
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