その後の……



(あの金髪の娘っ子……)


 ロアとの喧嘩騒ぎが終わり、彼等が部屋を出ていくのを罵倒で見送ったあと、多恵は兄に文句を言いながら去っていったアリスの背中を見つめて、思考に耽った。



 ◇



 それは遡ること少し前。

 アリス達がまだ救出されず、建物内に身を潜めていた時のことだ。


 多恵は自らの異能を使用して、ビルとビルの屋上を駆け抜けながら、避難者救助を行っていた。身に纏った風を操作し、中空に身を躍らせ、また空気の流れを感じて、助けを求める声が聞こえる現場に向かう。


 それもあらかた終わった頃だろうか。


 多恵はもう周囲に避難者がいないことを確認し、踵を返そうとした時だ。


「ッ!?」


 ドンッ!と比較的近場から強烈な爆音が鳴り響く。


 すぐさまそちらの方角に視線を向ければ、とある建物に数体の侵略者が入る光景が見えた。加えて、その直後に風の流れに乗って、数多くの悲鳴が多恵の耳に届く。


「まだ隠れてたのがいたのかい!?」


 避難者がまだ残っていたことに多恵は焦ったような顔つきになった。彼女の異能でもさすがに離れた場所で息を殺して、身を潜めている者達を見つけ出すことは難しかったのだ。


 多恵はすぐさま取って返すように身を翻し、宙を蹴って加速する。


 わずか数分で辿り着くと、案の定そこには見慣れた地獄のような光景が広がっていた。


 体を刺し貫かれて亡くなっている人、上半身を倒壊した鉄筋に潰されて死んでいる人、全身を焼かれて灰となった人、それ以外にも大小さまざまな負傷者がいる。怪我を負っていない人は一人もいなかった。


 胸の内から沸騰するような怒りが湧きあがる。


「この怪物どもッ!!」


 怒号と同時に、多恵は無数の鎌鼬を放ち、一体の侵略者を両断した。段末の悲鳴のような苦悶の声を上げ、一体の生命が潰える。


 その瞬間、近くにいた仲間が一斉に多恵に振り向いた。自分達に害を与える存在が登場したことに危機感を持ち、排除する優先順位を多恵に変えたようだ。


 ほとんど本能で動いている下位の侵略者は敵対行為に対しては敏感な生物であり、その為、破壊活動よりも優先して敵対者を排除する傾向がある。


 多恵は思惑通りにこの場にいる侵略者の注目が自分に集まったことに小さく頷いた。


「……さて、わたしゃも歳だからねぇ。怪我人達を庇って、この怪物どもを全滅させられるかねぇ?」


 後ろには逃げ惑う避難者。前には複数の侵略者。異能を長時間使用していたせいで、異能回路の消耗も激しい。昔なら危機でもなんでもない状況だが、さすがに腰も曲がり始めたこの年ではどこまでやれるか。


 だが、そんな弱気を言ってる暇などない。侵略者達は今にも襲いかかってきそうな雰囲気を漂わせているのだ。


 多恵も小さく息を吐いて、目を細め、身構えた。


 しかし――


「ッ!?なんだい!?」


 両者が今にも一触即発の様子を見せた中、突如建物一帯を覆うように巨大な力の波動が迸る。


 肌を刺すあまりにも大きなその圧力に多恵は無意識に額から一筋の冷や汗を流した。けれど、どういうわけか恐怖はあまり感じられない。それどころか包み込まれるかのような包容力があり、なぜか安心感さえ芽生えた。


 むしろ反対に本能で生きる騎士爵級の侵略者の方がこの力の波動に恐怖を感じているかのように身を震わせ、その能面を右往左往させていた。


 ――そして、それは突然として起こった。


 眩いまでの白光。建物一帯を包み込むかのような純白の光が駆け巡る。一瞬の光明を発し、パッと消えたかと思うと、直後上空から少し季節遅れの白雪が室内に降り注いだ。


「な、なに……?」

「うわぁ……」

「あっ……」


 場違いにもそれはまるで傷ついた者達の心を癒す雪景色。

 まだ周りで意識の残っていた者はそのある種幻想的な光景に三者三様の様子で見惚れる。


 多恵もその光景を茫然と見上げていた。


「……なんだい、これは?」


 無意識に溢れる独り言。答えなど返ってこないと分かっているが、呟きたい気分だったのだ。が、彼女の疑問を解決する答えはきちんと現象となって現れる。


「あっ!腕がっ!」


 最初に一人の少年の声が響いた。

 皆が一斉に振り返ると、少年は涙を流して喜びを露わにしていた。


「――お、折れた腕が治ってる!」


 少年は襲撃直後、慌てたことが仇となり転んでしまい、さらにその拍子に逃げ惑う人々に腕を踏まれ、運悪く折れてしまっていた。


 だが、不思議なことにこの白雪が降ってすぐ、腕に溶けるように白雪が消えたかと思うと、たちどころに痛みが消え、折れていた場所が元の健康状態に戻っていたのだ。


 そこからは続々と怪我の回復を喜ぶ声が随所から聞こえてくる。刺傷、打撲、骨折、火傷、中には欠損部位の再生と、次々と怪我人達は治癒されていった。


 多恵は目の前で起こる現象に開いた口が塞がらない思いだった。世界中に無数に存在する異能の中に回復や治癒の異能は希少だが、確かに存在する。が、それでも無くなった部位が丸ごと再生するというような規格外な力はほとんど聞いたことがない。


 いや、多恵は一人だけ知っていた。


(これはあの娘と同じ……いや、もしかしたらそれ以上に……)


 脳裏に現在討滅師として大活躍する元教え子の姿が浮かんだ。今頃は世界をあちこち周りながら、口喧しく人々に世話を焼いているのだろうか。


 はっきりとそんな姿が思い浮かべて、多恵は思わずほっこりと微笑みを浮かべそうになったが――


(……って、わたしゃはこんなことしてる場合か!?まだあいつらはおるというのに!)


 懐かしい思い出を回顧していた多恵だが、すぐに我に返ると、そんな場合ではないと自分で自分を叱る。


 今もまだ侵略者はこの場の脅威となって宙に留まっているのだ。


 多恵はすぐさま視線を侵略者側に戻す。


「うん?」


 だが、不思議なことに侵略者は全く動いていなかった。それはまるでロボットの起動スイッチをオフにしたかのように、固まって動かない。


 今まで見たこともない侵略者の行動に多恵は頭を傾げる。しかし、すぐに分からないと見切りをつけて、ニタァと嫌な笑みを浮かべた。


「……まぁ、動かんというならこちらの好きにさせてもらうさね」


 分からないことに思考を割くよりも、今すぐにでも無防備に隙を晒す侵略者を屠る思考へと切り替えたのだ。


 それから彼等の体が綺麗に真っ二つになるまでそれほどの時間はかからなかった。



 侵略者の殲滅後、避難者達に速やかに避難所へと向かうように指示を出してから、多恵はすぐにある場所へと向かった。


 歩いて数分もせずに多恵が辿り着いたそこは関係者しか通ることができない裏口。


 ――おそらくあの巨大な力の原点だと予想する場所。


 “何かがある”


 長年討滅しとして、活躍した自分の勘が告げていた。


「うん?」


 しかし、そこには崩れた天井とその下で抱き合うように眠る二人の若い少女しかいなかった。


 外したか?と多恵は首を捻る。


 が、すぐに少女二人の状態を見て、考えを改めた。


(これは……)


 金髪の一人はほぼ軽傷。顔や腕には切り傷があるもののそれ以外は健康そのものの状態だ。反面、もう一人の黒髪の少女は腰あたりから下にかけて、致死量ともいうべき血溜まりができていた。それはまるで腰から下にかけてを切り取られたかのように。


 どこからどう見ても重傷だが、にもかかわらず、黒髪の少女の体は全くの無傷。軽傷の金髪の少女よりも健康体そのものと言っていい。


(ふふ、わたしゃの勘はまだまだおとろえてないね)


 大方の予想ができた多恵は、小さく怪しく笑って、気絶する二人を異能で持ち上げて外に運び出そうとする。


 その瞬間。


 グギッ!


「あっ……」


 腰から嫌な音が鳴った。


「くぉぉぉぉぉ!!!!!」


 その時、婆さんの一人虚しい叫び声が倒壊した建物内に響いたとかなんとか。



 ◇



 つい数時間前までの出来事を思い出して、多恵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 まさか最後の最後で持病のぎっくり腰を起こして、自分も病院のベッドのお世話になるとは。


 まさに不覚。


 もうあまり無理をできない歳になったものだと再度自覚した。


 まぁ、けどそれはそれ。


 多恵は頭を振って嫌な過去を忘れると、机の横に置いたスマホを持って、どこかへと電話をかける。


『多恵さん!?急にどうしたんですか?』

「久しぶりだねぇ、たけ坊。元気してたかい?」

『ちょっ!多恵さん!俺ももう40代ですよ!?そんな古い呼び方で呼ばないでくださいよ!』

「ふん、わたしゃにとってあんたはいつまでもたけ坊なのさ……って別に世間話をしたいわけじゃなかったさね。たけ坊、あんた今確かエスペランサの職員じゃなかったかい?」

『……ええ、そうですけど……それがどうかしたんですか?』

「なに、あんたに面白い話を持ってきたんだよ。実はね――」


 多恵と電話の男の会話はそれから30分ほど続いた。


 電話を切った多恵は内心でほくそ笑む。


(あの小僧は随分とあの娘っ子にご執心だったからね。ククク!これを聞いた時にあの小僧がどんな顔を浮かべるのか……見られないのが残念でならないよ)



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