覇王様、ブチギレ⑥


 それはロアが侵略者を殲滅する少し前まで時間は遡る。


 突如鬼の形相になったかと思ったら、「アリスはここで待機してろよ。絶対外に出ちゃだめだからな?」と言っていきなり病室から飛び出していったロアをアリスと部屋の使用者である婆さんはポカンとした表情を浮かべて見送った。


 ロアが出て行って数分後に、今度は隣室から恐る恐るといった様子で佐藤千佳が顔を見せる。


「……えっと、今さっきロアさんが猛スピードで廊下を駆け抜けてたんだけど……アリス、しっかり再会できたの?」

「……うん、再会はできたけど……」


 千佳の言葉にアリスは少し苦笑気味に返事をするが、どこか煮え切らない様子だった。

 アリスもアリスで兄との再会がまだまだ消化不良なのだろう。


「……突然、風のように現れては、嵐のように去っていく。随分とせわしない小僧だね……それに随分とアホらしい」


 そんな中、ベッドで横になっていた婆さんはロアの行動を呆れた目でそう評してため息を吐いた。


 それに対して、アリスは肩身が狭そうに小さく謝罪する。


「……兄がどうも迷惑をかけたようで……すいません」

「……ふん、別に気にしてないよ……それにしても、娘っ子二人ともようやく起きれるようになったんだねぇ?」

「あれ?……お婆さん私達のこと知ってるんですか?」

「知ってるも何も、あんた達二人をあの建物から救出したのはわたしゃだよ。まぁ、金髪の娘っ子があの小僧の言っていた天使だってのは知らなかったけどね」

「「えッ!?」」


 婆さんの言葉にアリスと千佳は目を丸くして驚いた。


「わたしゃ、こう見えても昔は討滅師だったさね。今は引退したが、《風華ふうか》の多恵たえと言われれば知らぬ者はいない存在だったよ。娘っ子達も一度は聞いたことがないかい?」

「……い、いえ、すいません。全く知りません」

「えっと……私も聞いたことがないかなぁ?たはは」


 アリスと千佳が申し訳なさそうに首を振って答えると、多恵という婆さんは少し憮然とした表情で、


「むぅ、これも時代かねぇ……昔はわたしゃの名前を聞けば、侵略者共も震え上がったというのに」

「……え、侵略者ってそんな知能あるの?」

「こら、アリス!きっと例えだよ!本能的に生きる侵略者が恐れるくらい凄かったってことを私達に知らしめたいんだよ!きっと今まで寂しい生活を送ってたから話し相手が欲しいんだよ、お婆さんは!老人のお話くらいはちゃんと聞いてあげよう?だからマジレスしちゃダメ!」

「そういうもんなのかなぁ?」

「そういうもんだよ!」

「聞こえてるよ!小娘共!」


 こそこそと内緒話でもするかのように囁き声で話し合うアリス達に多恵の一喝が響く。


「「うひゃ!」」

「ほんと最近の若者ってのは……あの小僧といい、小娘共といい、礼儀を知らないらしいね!」

「あう、すいません……」

「ご、ごめんなさい」

「全く…………でもまぁ、とにかく元気になったのなら、よかったよ。わたしゃが腰を痛めて助けた甲斐があったてもんだ」


 しわくちゃな厳しい表情から一転、多恵は慈愛の顔でアリス達を見つめた。なんだかんだ言っても、まだ少女ともいえる年頃の二人が心配だったのだろう。厳格そうな雰囲気とは裏腹に優しさもきちんと持った老婆である。


 多恵の言葉にアリスはまだお礼を言っていなかったことを思い出して、慌てて頭を下げた。

 

「あ、そうです!多恵さん、本当に助けていただきありがとうございました!」

「あ、ありがとうございました!」

「ふふ、別にそこまでかしこまる必要はないよ。ただ若い娘っ子二人をちょいとここまで運んだだけのことさね」

 

 深々と腰を下げて礼を言うアリスと千佳に、多恵はうんうんと頷いて、今日初めての嬉しそうな笑顔を浮かべた。


 すると、その時。


「アリスよッ!帰ってきたぞッ!」


 外に出ていたはずのロアがまた元気よく部屋に舞い戻ってきた。


 多恵と話をしていて、気がつけばロアが出て行ってから一時間近くも経っていたらしい。ロアが一時間ちょっとで何をしに行ったのかは知らないが、とにかく何ともなさそうな様子にアリスは少し安堵の息を吐いた。


 ロアの戻ってきたタイミングがちょうどアリス達が多恵に感謝を伝えている場面だったためか、ロアは疑問を浮かべた顔で首を傾げる。


「……ん?なぜアリスがそこのババアに頭を下げてるんだ?」

「ちょッ!兄さん!?」


 アリスは自分達の恩人である多恵に対する兄のあまりに失礼な言葉遣いに、開いた口が塞がらないといった様子の表情を見せた。


「ほんっとに無礼な小僧だね、全く!」

「あん?俺の大事な天使を自分だと謀るババアに礼儀なんていらないだろうが」

「別に謀ってないさね!わたしゃは今も昔も天使の美貌と呼ばれた別嬪だったんだよ!」

「貴様のしわくちゃな顔面のどこか天使か!妖怪と言われた方がまだ説得力があるわ!」

「くぅ!この小僧!一片痛い目見ないと分からないようだね!」

「ハッ!よぼよぼババアに何ができるんだ?」


 ロアと多恵が顔を突き合わせて、睨み合う。

 どうやらこの二人は根本的に反りが合わない質らしい。

 

 今にも一戦勃発しそうな険悪な雰囲気の中、アリスは近くにあるパイプ椅子を手に持ち、思いっきりロアに目掛けて振り下ろした。


 グギャッ!と人体から響いてはいけない音が鳴ると同時に、ロアの口から小さな悲鳴が漏れる。


「あいたっ!」

「「……」」


 千佳と多恵はアリスの突然の強行に驚きで目を丸くしていた。


「……アリスよ、この兄に構ってもらえなくて嫉妬するのは分かるが、もう少し待ってくれ。今このババアをあの世へと送った後にはしっかりと――」

「な、わ、け、な、い、で、しょ!!!このバカ兄!!!」


 アリスは情け容赦なく手に持つパイプ椅子を振り上げては血の繋がった兄に振り下ろす。バンバンバンとリズムよく太鼓でも叩くかのようにロアを何度も何度も殴りつけた。


「いてててっ!ど、どうしたというのだ、アリス!この兄が何かしたか!?」

「思いっきりしてるわよ!私達の恩人に向かって、失礼にもほどがあるでしょ!このバカ兄!」

「お、恩人だと!?アリスを助けてくれた奴がいるのか!?どこだ!?兄として礼をしなくては!」

「あんたの目の前にいるのよッ!バカ兄!」


 アリスの渾身の一撃がロアの頭頂部に思いっきり入ると同時に、パイプ椅子が根元から歪んで壊れた。アリスは動きすぎて疲れたのか、膝に手を当てて「はぁはぁ」と過呼吸気味に呼吸を繰り返している。


 そんな中で一番ダメージを追っているはずのロアは、しかし、ぴんぴんとした姿でベッドの上の多恵を見つめていた。そもそも大型トラックにはねられても平気(自称)なロアがパイプ椅子如きを叩きつけられたからと言って、怪我をするはずがない。やはりというかなんというか、アリスに付き合って痛みに呻くふりをしていただけだったのだろう。どこまでも妹優先な男である。


「……おい、ババア。貴様がアリス達を助けたってのは本当か?」

「ふん、そうだよ……まぁ、別に小僧が信じるも信じないもどっちでもいいけどね」

「……いや、嘘をついているか、ついていないかは相手の目を見ればわかる。ババア、どうやら貴様がアリス達を助けたというのは本当らしいな……ふむ、大儀であった、ババア。アリス達を助けたこと、俺が褒めて遣わそう!」

「……別に小僧の礼が欲しくて助けたわけじゃないから、気にしなくていいさね」


 真上から見下ろすほど偉そうな感謝の意に、多恵はもうロアの性格に慣れ始めたかのように、ため息を吐いて流した。

 

 ここで話が終われば、とりあえずは二人のわだかまりも無くなって解決といった感じに収まりよかったのかもしれないが、ここで引き下がれないのがシスコン覇王ロアなのである。


「――だが!それと、貴様が天使を謀ったこととは話が別だ!ババア!反省しろ!」

「まだそれ引っ張るんかいね!わたしゃが天使だと言われていたのは事実だよ!」

「天使はこの世にただ一人!俺の妹アリスだけだ!何人たりともそれを名乗ることは許さん!ババア!貴様は妖怪に改名しろ!」

「ほんっとになんて無礼な小僧だ!もう怒ったさね!表に出な!小僧!その性根叩き直してやる!」

「ほう、このロアと一戦交える気か?ババア?いい度胸だ!今日で貴様の寿命を終わらせてやろう!」


 結局、二人の論争は振出しに戻った。


 もう勝手にやってくれ……とアリスや千佳は呆れた様子で看護婦が怒鳴りこんでくるまでそれを眺めているだけだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る