覇王様、ブチギレ⑤


 その男は前線で侵略者達の猛攻を食い止めていた。


 突然、千葉県の舞丘市上空に発生した巨大な空間断裂から現れた約三百体の侵略者。

 

 男は久々の休暇を満喫していたはずだったのに、急遽出動要請が降りたことでその休暇もパーになってしまった。今日は人生でも一番楽しみにしていたと言っても過言ではない日。だけど、それも空気の読めない侵略者共の襲撃のせいで、破算になってしまったのだ。


(――チクショウッ!せっかく今日は初めてできた彼女との初デートだったのに!!)


 男は内心の苛立ちを異能に乗せて、羽虫の如く宙を舞う侵略者の群れにお見舞いする。

 男の手から放たれた業火が一体の侵略者を焼き散らした。


「おいおい、随分と荒れてんなぁ?」


 すると、そんな男に声をかけてくる人物が一人。


「あ?ああ、お前か」


 それは男の同僚であった。


「なんだ?なんか嫌なことでもあったのか?」

「……ああ、あったね。最悪な気分だよ。わざわざこんな大事な日に仕事に駆り出されることになったんだからな!」

「カカカッ!そういえばお前今日が彼女との初デートだったか!?初めてできた彼女とのデートにウキウキして、浮足立ってたもんな!?」

「ああ、そうだよ!楽しみにしてたんだ!それをよぉ!このクソ侵略者共め!そもそもなんでこんな日に限って、侵略者の大量発生が起きるんだよ!しかも出てきたのはあんな最下級ばかり!たまったもんじゃないぜ!」

「おいおい、一般人達からしたら最下級のこいつらでも脅威なんだ。それにこれだけ騎士爵ナイト級が出てきたってことは指揮官の上位存在が必ずどこかにいる。それを排除しないと、ここら一帯は蹂躙されるぜ?」

「そんなことは俺だってわかってるさ!でもこの憤りを外に吐き出さないとやってられないんだよ!」

「じゃあ、それをあのクソ共にぶつけるしかない、な!」


 男の同僚はそういって、螺旋回転する水のレーザーで一体の侵略者の胸元を抉り取った。

 男も続いて、巨大な火炎弾をその隣にいた侵略者の一体に打ち込んだ。


 奮戦する二人の討滅師だが、まだまだ侵略者は結構な数が残っていた。


 最下位である騎士爵級の侵略者のため、一体一体は確実に排除できているが、なにぶん緊急出動のため集まった討滅師の数が少ない。上位の討滅師ならばこれくらい一気に殲滅できるのだろうが、残念ながら彼等はまだまだ新人の域を出ない、位の低い者達なためそれは少し難しかった。

 

「チッ!わらわらとゴキブリみたいに溢れ出やがって!一体一体狩っても埒が明かねぇ!」

「一気に殲滅したいところだが、俺達じゃあ出来てせいぜい数体殺せればって所だからなぁ……」


 愚痴を零しながらも手は動かし続ける二人。


 すると、だ――急にこの戦場の空気が重苦しい雰囲気に変わる。

 突如として、息が詰まるような重圧が周囲に蔓延し出した。

 男二人もそれを敏感に察したのか、一転緊迫した表情を顔に浮かべる。


「おい、これはまさか……ようやく上位存在のお出ましか?」

「……ああ、おそらくな」


 男が額に冷や汗を垂らして呟けば、隣の同僚もそれに同意するように小さく頷いた。


 そして、それが正しかったとでも言うように、雲間から光を背に一体の侵略者が姿を現す。

 

 それは騎士爵級の侵略者達よりも二回りは大きな姿をしていた。両側には人間ではありえない三本の腕、腰には三つの尾、背には三対の巨大羽。また能面であった騎士爵級とは違いその顔には一つの目と口と鼻がしっかりとついていた。さらにその周囲には騎士爵級よりも一回り大きな体をした侵略者十体が護衛するように四方を囲んで守っている。その侵略者達も騎士爵級とは違い、二本腕に二尾、そして二対の翼を持っていた。


 騎士爵級よりもさらに異形度の上がった侵略者の姿を見て、男は戦慄したように小さく一歩後ずさる。

 

「おいおい……嘘だろ?男爵バロン級十体にさらに子爵ヴァイス級もだと?聞いてねぇぞ?」

 

 通常、侵略者の大量発生には、下位の侵略者とそれよりも一個上位の侵略者数体が群れを成すのが基本とされている。今回だと大量の騎士爵級が現れたため、その上の男爵級が指揮官として出っ張ってくるといったように。


 しかし、それが常識だっただけに、さらにそれよりも一個上の子爵級が現れたことは男達にとっては予想外であった。


(チッ!さすがに子爵級はきついぞッ!)


 侵略者はその階級が一つ上がっただけで、力も技も速さも知能も格段に上がり、強さの桁が倍以上に跳ね上がる。男達にとってはまだ下級種の部類に入る男爵級一体程度ならば二人同時に相手すれば倒せる存在であったが、中級種に含まれる子爵級を相手にするとなると、二人同時に戦ったとしても荷が重かった。


(クソッ!なんでこういう時に限って上位クラスの討滅師がほとんど出払ってるんだよ!全く不幸にもほどがあるぜ!)


 この付近で男達以外の戦っている討滅師はまだ数人しかいない。しかも、彼等も男達と同様にほぼ新人の討滅師達であり、ベテランである上位クラスの討滅師はいなかった。


 おそらく今戦っている全員が合わさっても、子爵級一体を足止めするのが精一杯である。それに加えて、男爵級が十体に大量の騎士爵級の雑兵が有り合わせで残っているのだ。ハッキリ言ってしまえばかなり絶望的な状況であった。


(……どうする?)


 男は珍しく果敢に頭を回して策を考えようとするが、普段からそういうタイプでもない男がいくら頭を捻ろうとも結局はいい良案などではしない。

 

 その間にも、侵略者による被害は増えている。


「……いっそのこと玉砕覚悟で足止めして、上位クラスが来るのを待つか?」

「……おそらくそれしか方法はないだろうな。もう本部にも連絡は入れた。後は俺達でできるだけ被害を拡大させないようにするしかない」

「さすが、手が速いな。……あーあ、せっかくの一日がなんでこんな死線に変わっちまったんだか。やっぱ、出動する前に『これが終わったら、もう一度デートしよう!』なんて言うんじゃなかったかな……」

「ばりばりフラグ建築してるじゃねぇか……」


 男の言葉に彼の同僚は苦笑いを浮かべながら、構えた。


 それに男も「すまねぇな。運命がお前も巻き込んじまったようだ」とニヒルに笑って、返した。

 

 茶番じみた演技で二人は最後に「フッ!」と顔を見合わせて笑うと、悲壮な覚悟を決めて、子爵級へと突撃を敢行しようとし――


「――あれか俺の妹を傷者にしたゴミ共は……」

「「ッ!?」」


 いつの間にか真横に立っていた人物の声でハッと現実に引き戻された。


 その人物は明らかにまだ学生といった若い男の子であった。細身の長身、黒の中に一房の金のメッシュが入った特徴的な髪型、比較的整った顔をしているが目つきがすこぶる悪いこと以外はどこにでもいる普通の少年である。


 男は少し警戒した姿勢を見せながら、その少年に声をかけた。


「おい、お前。ここは子供が来る場所じゃないぞ。死にたいのか?」

「……」

「おい!聞いてるのか!」

「……」


 だが、男がいくら話しかけても、少年は全くもって返事を返さないどころか、視線を宙に浮かぶ侵略者達から離さない。イラついた男は思わず、少年の肩を掴んで、無理矢理に彼の顔を自分の方に向けようとした。


 しかし――


(ッッ!?な、なんだこいつッ!?)


 まるで巨大岩に触れたかのように、びくとも動かない少年の体に男は愕然とする。ほとんど身長は同じくらいだというのに、なぜか男はこの少年が自分よりもはるかに大きな、それこそ巨峰のような荘厳で偉大な存在に見えた。


 そのあまりにも異様な雰囲気に男は堪らず少年――ロアから手を放す。


 ロアは男に肩を掴まれていたことを全く気にすることなく、いや、それどころか気付いていないかの様子で宙を睨みつけながら、ただ無造作に片手を上げた。


 男達はロアから迸る異常なほど漂い始めた死の気配にただただ動けなくなって、魅入る。

 

 その迫力に敵である侵略者達もなにか危機感を感じたのか、一斉に注目がロアに集った。それだけでなく、まるで合図でもあったかのようにすべての侵略者から奇声が迸り、彼等の口元に光が収束し始める。


 それは必殺の破壊光線の前兆。

 

 四方八方からロアを狙うように光が溢れる。


 けれども、男達は逃げることなく、ただロアを見つめた。 

 男達はこの存在の近くにいることが今最も生存率が高くなると、なぜか直感的に悟ったのだ。


 そして、それが正しかったと証明されるように、ロアの口が静かに動いた。

 

「……俺の最愛の妹を襲い、傷をつけた貴様らはまさに万死に値する。この世に塵すら残さず消え去るがいい――滅べ、無零ノ光アイン・ソフ・オウル


 呟かれた一言の後、起こったことは単純である。


 ロアの手から迸った黒光。それをロアがギュッと握りしめられた瞬間、口元に光を蓄えていた侵略者共の動きが一斉にカチッと止まった。それはまるで彼等の間だけ時が止められたかのようで――直後、大量にいる騎士爵級も男爵級も子爵級もすべての侵略者は位を問わず、足元から砂のようにさらさらと崩れ落ち始める。


 そこに悲鳴も絶叫も抵抗も何もない――なにせ、もう彼等の存在は完全に殺されているから。


 概念系統の神話ミソロジー級魔法 《無零ノ光アイン・ソフ・オウル》。

 

 世界創造すら可能な黒の光。

 無から有へ、有から無へ。

 現象を反転させる力を持つロアが使える魔法の中でも最大級の魔法。


 残っていた侵略者達が全て殲滅されるまで数秒もかからなかった。


 男達はただその非現実的な虐殺劇を呆然と見守っていることしかできなかった。



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