覇王様、ブチギレ④



 目覚めると、そこは真っ白で清潔な雰囲気の部屋だった。


 もしかして、天国なのだろうか?

 にしては随分と医療品が香る場所だ。

 まるで病院の中にいるかのようで……。


 とそこまで考えた時、私はしっかりと自意識が残っていることを自覚して、跳ね起きた。

 どうやらベッドの上で寝かされていたようで、起き上がった瞬間、体の節々が悲鳴を上げる。


「ッ!」


 その痛みが気絶する直前の記憶を呼び起こした。


 確か、千佳と二人で卒業記念に遊園地に来てて……

 それで遊んでたら侵略者の襲撃が起きて……

 それから――

 

「――そうだ!千佳はッ!」


 そこまでを思い出した時、私はふっと我に返るように大声を上げた。


「……うるさいよ、アリス」


 そして、呆れたような返事が横から返ってきた。


「…………………ッ!」


 長い沈黙の後、私はすぐさま掛布団を引っぺがして横へと振り返った。

 そこにいたのは、気絶する直前に私を庇って瀕死の重傷を負っていた幼馴染であり、親友の――


「千佳ッ!」

「はいはい、あなたの大親友、千佳ちゃんですよ」

「千佳!千佳!千佳!よかった!無事だったんだ!」


 大事な友達の無事な姿を見て、私は感極まって彼女へと飛びついた。


「ちょッ!痛い痛い!」


 少し強く抱擁をし過ぎたのか、すぐに千佳から小さな悲鳴が上がる。


「あ、ごめん。嬉しくって思わず……」

「……もう、勘弁してよね。一応私怪我人だよ?」


 呆れた様子で微笑む千佳の言葉に、私はハッとしたような気分にさせられた。


「――って、そうよ!そういえば千佳、足は平気なの!?」


 そう、彼女は私を庇って、両足を失っていたはず。

 あの時の血の気が引いたような真っ青な顔は今も脳裏に焼き付いている。

 どのくらいの時間が経ったかは知らないが、早々すぐに治るような軽傷ではなかったはずだ。


「慌ただしいなぁ、アリスは」

「暢気にしてる場合じゃないでしょ!足は!足は大丈夫なの!?」

「……ほんとは見せたくなかったんだけど……実は――」


 千佳はどこか神妙な雰囲気を醸し出して、悲痛な表情を覗かせる。

 

 私は色々と察してしまった。


「う、嘘。じゃ、じゃあ、やっぱり……」

「――――全く問題なく、無事でした!!!」

「……へ?」


 元気よく、笑顔を浮かべて足を隠していた掛布団を千佳は勢いよくめくる。

 

 そこにあったのは、傷一つない綺麗な地肌としっかり繋がっている両足。

 記憶の中の焼き切れていた千佳の両足はどこにも見当たらない。


 「私達はどうして無事なのか?」「千佳の足はなんで再生しているのか?」という疑問や疑念が胸の内に沸いたが、それ以上に安堵の気持ちが一気に押し寄せてきたことで、私は思わず大きな息を吐いて床にへたり込んだ。

 

 それを見た千佳は少し不謹慎すぎるいたずらだと思ったのか、弁明の声を上げる。


「ご、ごめんアリス!そこまで気にしてるとは思わなくって……!」

「う、うんうん。違う。ただよかったって思って!ほんとよかった……よかったよぉ……」

「アリス……」


 千佳はベッドから起き上がって、嗚咽を漏らす私の背を撫でた。

 そこから伝わる熱が本当に千佳が無事な証だということに、私はより一層深い感謝と喜びを抱いた。


 それからしばらく、お互いの無事を確認し合っていると――


 アリスッッッッッ!!!!!


 部屋の中にいる私達にも聞こえるほどの大音声が段々と近づいてくる。

 その声を聞いた直後、私は今度こそ心の奥底から安堵の気持ちが滲みだし、ほっとしたような気分になった。



 ◇



 千葉のドリーミングランドという遊園地に辿り着いた俺は、災害時などに建てられる仮設診療所の中へと真っ先に向かった。仮設施設だというのに中には結構な部屋数が存在していたが、俺は迷わずに一番奥の部屋目指して駆け出す。


 ビンビンにお立っている俺の妹探知機から、この先にアリスがいることを知らせてきていたからだ。


「アリスッッッッッ!!!!!」


 途中、勤務している看護婦達から、


「ちょッ!静かに!……ってはや!?」

「走らないで……ってはや!?」


 といったような声が聞こえた気がしたが、ハッキリ言って小事だったので、無視した。


 そうして、そこにようやく辿り着いた俺は、ノックするのも忘れて、思いっきり部屋の扉を開ける。


 開け放たれた戸の先、やはりそこには俺のマイスイートエンジェルであるアリスが――


「――って、貴様誰だ!?ババア!?」

「こっちのセリフだよ!小僧!あんたこそだれやぁ!?」


 天使とは正反対のよぼよぼの婆さんだった。

 見るからによぼよぼの婆さんだった。

 二度、三度見てもそこには変わらずよぼよぼの婆さんだった。


 何度見ても俺の天使はどこにもいない。


「――って、ババア!そんなことよりもここに天使はいなかったか!?」

「いきなり現れて、随分勝手な小僧だね!天使ならあんたの目の前にいるだろうが!」

「貴様なわけあるか!?ババア!貴様は天使に連れていかれる側だろうが!」

「失敬な!わたしゃ、まだ死んでないよ!」

「どうせもって数年の命だろうが!」

「何てこというんだい!このクソガキ!わたしゃがまだ現役バリバリだというところを見せつけたろうかい!?」

「ああん?俺とやろうってのか?ババアといえど手加減しねぇぞ?」


 気がついたら、ババアとの睨み合いに発展していた。

 しわくちゃの顔の中に、意外にも鋭い眼光が俺の目を射抜く。

 もういつ召されてもおかしくない体だというのに、なかなか強気なババアなことである。


 俺とババアがそんな茶番をしている時だ。


「……なにしてるの、兄さん」


 背後から呆れ混じりの声が響いた。

 

 その声を聞いた瞬間、俺は光速で首を回して、振り返る。

 一瞬、首からグギッと鳴ってはいけない音が響いたが、そんなことは気にしない。


 案の定、そこには俺が求めてやまなかった大切な妹の姿が――


「今度こそアリスッッッッッ!!!!!」

「ちょッ!兄さん!」

「ッ!よかった!無事でよかった!」


 突然抱きしめられて、アリスは困惑しているようであった。

 だが、すぐにおずおずと俺の背を撫で始める。


「もう、兄さん……」


 正直、この目でその姿を確認するまではやはり不安だった。

 もしかしたら……という思いが一抹でも脳裏に過り、身が引き裂かれるかのような想いであった。

 でも、それもこの元気な姿を見れたことで完全になくなった。


 滑らかな絹糸の如きアリスの髪の毛を撫でながら、彼女の顔を覗き見る。

 少し疲れが残っているのか、アリスの表情はまだどこか青白く、そこからどれだけ怖い思いをしたのかが伝わってきた。

 それどころか――


「アリス、貴様転んだのか?」


 アリスの頬には小さな擦り傷や煤けなどの跡があった。加えて、全身を見回しても衣服はボロボロで手足にも傷が目立っている。

 一目見れば、分かった。

 きっとかなり大変な目に遭ったのだろう。


「え?あ、うん。ちょっとね……」

「ちょっと?何が起きたんだ?」

「……侵略者に襲われたときに少しね」

「侵略者に襲われただとッ!?」

 

 アリスの発言を聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。

 そして直後には、湯沸かし器のように頭に一瞬で血が上る。


 侵略者がアリスを襲った?

 あの出来損ないの木偶が俺の可愛い妹を?

 あの汚らしい手で殺そうとしたっていうのか?

 

「(プツン)――ッッッ!!!」


 瞬間、俺の中で侵略者共の殲滅が決定した。



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