覇王様、ブチギレ③



 しくじった!しくじった!しくじった!


 俺はなぜあんな暢気に寝ていたんだ!

 やはりなんとしてもアリスを追いかけるべきだった!


 それだけじゃない!

 前のようにずっと虚空ノ瞳オクルスを張りつかせて監視しているべきだった!

 アリスにきもがられようが、ストーカー扱いされようが、最悪嫌われようが、そうするべきだったんだ!


 ――そしたら、きっとこんなヘドロを飲み込んだような不安な気持ちにならずにすんだというのに!


 天翔ケル翼エルシエルを使い、亜音速で空を駆け抜けながら、俺はアリスの元へと急いだ。


 頼む、アリス!無事でいてくれ!!



 ◇



 キュォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!


 燃えさかる炎の中、この世のものとは思えない深いな啼き声が辺りに反響する。


 ドリーミングランド。

 夢と希望を与える世界一の楽園。

 そこは今、死と絶望が広がる地獄と化していた。


 豪華絢爛だった城は尖塔が抉れるように削られ半壊し、名物の巨大観覧車は根元から崩れるように倒壊、そして何よりも辺りにまき散らされた血潮と臓物という香るリアルな人間の死の匂い。


 空を舞う無数の奇怪な生物――侵略者アグレッサ

 シルエットは天使に見えなくもないその生物は破壊と殺戮をまき散らす悪魔であった。


 どうしてこんなことになったんだろう。

 私達はただ楽しんでいただけなのに……。


 突如起きた巨大な空間断裂の奥から現れた大量の侵略者の群れ。外からは今も絶叫や悲鳴が溢れ、私達を恐怖の奥底に誘う。


 現在、私と千佳はとある建物内で身を潜めるように隠れていた。私達以外にも多くの人がこの建物に身を寄せ合うようにして息を殺している。


 侵略者が現れた時、偶然にも室内遊戯場で遊んでいたこともあり、未だ私達は運良く奴らとは遭遇していない。いや、避難できずにここに閉じ込められたことを考えると、運がいいとは言えないかもしれない。いつ見つかるかと言う恐怖にずっと怯えなければならないのだから。


「……千佳、大丈夫?」

「はぁ、はぁ、うん。平気。まだここの近くにあいつらは寄り付いてないよ」


 『遠視ファーサイト』という探知系の異能を持つ千佳は外の状況を詳細に監視してくれていた。千佳が言うにはまだ百メートルほどの範囲までしか見えないらしいが、それでも彼女の異能の恩恵は大きい。危機が迫るのを知れるのと知れないのとではその精神的負担に違いがあるからだ。


「……さっきから見てたが、あんさんもしかして異能者なんか?」


 そんな時、ある一人の腹の出た関西風なおじさんが近づいて私達――というよりも明らかに千佳に向かって話しかけてきた。


 いきなり話しかけらたせいか、千佳は戸惑ったように返す。


「……は、はい。確かにそうですけど」

「さよか、なら外で侵略者の一匹や二匹引き付けてくれへんか?」

「え?」


 唐突な要求を即座には理解できず、千佳はだらしなくポカンと口を開けた。


「いやいや、『え?』やのうてな?異能者ならわし等を逃がすために外で戦って囮になってくれんかということや。理解できるか、嬢ちゃん?」


 少し苛正しげな様子でおじさんが言う。

 

 その持論はあまりにも傲慢でまるで千佳を道具のように思っているかのような言葉であった。


 隣で話を聞いていた私は、おじさんのその言葉に思わずカッとなって彼等の会話に横から口を挟んだ。


「いきなりなんなんですか、おじさん!千佳は確かに異能者ですけど、別に討滅師ではないんですよ!まだ子供な千佳にそんなことやらせるなんて正気ですかっ!」

「あん?異能者なら子供だろうが、大人より頑丈で強いやろがい。なら、わし等のような一般人を守ってくれてもええやろが?」

「なっ!?」


 それがさも当たり前であるかのように話すおじさんに私は絶句する。

 

 異能に目覚めた人間が特殊な力と一般人を凌駕する身体能力に目覚めるのは常識的なことだが、だからといって子供を死地に追いやるような言動を躊躇わずに吐ける人間がいることに私は強い怒りを覚えた。


 危機的状況に陥ると、人間はここまで愚かになれるのかと。


「千佳、こんなの気にしなくていいから行こう!」

「え、ちょっと、アリス?」


 私はすぐさま千佳の手を引っ張って、おじさんから離れた。

 後ろからおじさんが大声でぶつくさと文句を垂れる声が聞こえたが、そんなことは知らない。あんな人と同じ場所にずっといたくないし、そもそもあのおじさんと関わっていたらこっちが危険な目に遭う可能性が高いから、早々と去ることが正解だろう。


 おじさんの姿が視界から映らなくなる距離まで離れたところで、千佳が抗議の声を上げた。

 

「ちょ、ちょっとアリス!い、痛い!」

「あっ、ごめん千佳」


 苛立ちが行動にまで出てしまったのか、強く千佳を引っ張りすぎたようだ。


「もう……私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、その短気な所は少し直した方が良いよ?」

「だって!あんなの普通にむかつくでしょ!面と向かって千佳に囮に慣れだなんて!」

「まぁ、確かに腹立たしい気持ちになったけど……」

「じゃあ、怒ってしかるべきじゃない!」

「うん、私が怒るよりも先にアリス怒りだしたから、私が怒るに怒れなくなっただけなんだけどね?そういうところ、やっぱりロアさんと似て兄妹だなって思うよ、ほんと」

「うっ、兄さんと似てる……なんかやだな、それ」

「……アリス、それ絶対にロアさんに言っちゃだめだよ?」


 確かに兄が聞いたら一週間はベッドの中で泣いて籠るかもしれない。

 あの兄は私の一挙手一投足に必ず喜怒哀楽で反応する機能が付いているから。

 

 そう考えると、兄が今の私の状況を知ったらどんな気持ちになっているのだろう。

 やはり焦ったように心配するのだろうか。それとも発狂したように不安がるのだろうか。もしかしたら私の状況に気がついた瞬間、家を飛び出して探しに来てくれているかもしれない。自惚れでも何でもなく、あの兄は必ずそうしているだろうという予感があった。


「なんか、今兄さんが焦ったように私のところに向かってきている気がする」

「確かにロアさんならアリスのピンチに気がついた瞬間、真っ先に飛び出してきそう!」

「普段はちょっと……いや、結構困ったことが多いけど、今は無性にあの姿にそばにいて欲しいわね」

「ロアさんならこんな状況も簡単に解決できそうな凄味があるからねぇ」

「異常なシスコンという性癖がなかったら普通にすごい人だからね、兄さんは」

「確かにあの性癖がなければ完璧なのにね!」

「ほんとそうだよ……」

「「ぷふっ(ふふっ!)」」

 

 私と千佳は顔を見合わせて、笑った。

 先ほどまで体中を満たしていた怒りや今も足元から這い上がってくるかのような恐怖が幾分和らいだ気がする。まさか兄を話題にして、心が落ち着くなど、珍しく感謝したい気持ちだ。いや、やっぱりいつも迷惑ばかりかけられていたから相殺ってことで良いだろう。


「でも、やっぱロアさんってかっこいいよね」

「はぁ?千佳、脳は正気?」

「だって、いつもアリスのために一生懸命じゃん!どんな時も妹のために身を張ってさ。あーあ、私もずっと守ってくれるようなお兄ちゃんが欲しかったな――ぁ」


 千佳が言葉を最後まで言い終える、そんな時だった。


 ドンッ!!!


 と腹の奥底に響くような強烈な破裂音と同時、天井の一部に大きな穴が開き、そこから暗く閉ざされた室内遊技場の中を太陽の光が明るく照らした。

 

 光が差す方向には一匹の生物。

 宙に浮かび、背に一対の羽が生えたシルエット。

 今、外で破壊の限りを尽くしている怪物――侵略者が私達を静かに見下ろしていた。


「きゃぁぁぁ!!!」


 一人の女性の叫び声と共に、室内が阿鼻叫喚の渦に包まれる。


「どけっ!」

「俺が先だ!」

「テメェ、押すんじゃねぇ!」

「何するのよッ!」

「通してッ!」


 住居を侵略された蟻が猛烈に巣穴から飛び出るかのように、隠れていた人達がわらわらと現れては、出入り口に向かっては逃げ惑う。

 現場は大混乱に陥った。


「ち、千佳!私達も!」

「う、うん!」


 侵略者の登場に一瞬硬直してしまったが、我に返ってすぐ、私と千佳は走り出した。

 

 正面の出入り口は確実に混雑していて、今から走っても逃げるのは間に合わない。

 なら、目指すは関係者などが通る裏口だ。


「いやぁぁぁ!!!助けてぇぇぇ!!!」

「わ、わしの足がぁぁぁ!!!」

「うぎゃあああ!!!腕がぁぁあ!!!」


 私達が逃げる後ろで、侵略者は蹂躙を始めていた。


 迸る破壊音、人体が引き裂かれたような音、溢れる絶叫や悲鳴。

 生じて人の焼けこげる匂いや横目に映る飛び散る赤き血潮。


 背後からの恐怖がじわじわと襲い掛か狩る中、私達は必死に裏口の出口に向かって走る。

 そうして辿り着いた裏口は予想通り人が少なかった。

 

 これで脱出できる!


 そう私は奮起して、千佳と共に裏口に向かって足を速めた。

 

 だが――


「アリス!!!ダメッッッ!!!」


 突如として千佳の悲鳴が聞こえたかと思うと、先を歩いていた私はドンという衝撃と共に、前に押し倒された。


「ちょッ!何するの千――」


 後ろを振り返って千佳に抗議の声を上げようとしたが――


「よ、よかっ……た、ア、アリス……無事で……」

「ち、千佳……ッ?」


 そこにいたのは先ほどまでの健康体そのものだった千佳の姿ではなく、両足が焼き切られたように無くなっている、見るからに満身創痍の彼女がいた。さらに、宙にはそれを成したであろう一体の侵略者が浮かぶように私達を見下ろしている。


 私はただ震えるような声しか出せず、涙目でそれを見ることしかできない。


「に、にげて……アリス。わ、私は、いい、から」

「な、何言ってるのよ、千佳!そ、そんなことできる訳ないじゃない!」

「で、でも、このまま、じゃ、二人とも……」


 痛みに呻いて言葉が途切れ途切れの千佳だが、言いたいことは分かる。


 確かにこのままじゃあ、私達二人共お陀仏だ。

 なにせ、私達を見下ろす侵略者は能面の口元部分に光を溜めだして、今にもそれを放射しようとしているのだから。

 あれはテレビのニュースや教科書で知っている。


 ――侵略者の破壊光線。


 当たれば人間の一人や二人など確実に焼き尽くせる極悪な攻撃。

 そんな攻撃が今にも私達へと向けられている。


 でも、だからといって小一からの幼なじみであり、大親友でもある千佳を置いて逃げることなどできるはずもなかった。


「バカね、千佳は。私が千佳を置いて一人で逃げるはずもないでしょ」

「……アリス」


 倒れる千佳を抱きしめて、私は言った。

 ここで千佳を見捨てる選択など私の頭の片隅にはなかった。


 侵略者の口元に溜まる破滅の光はもう極限にきている。

 終わりが近いのかもしれない。


(あーあ、こんなことになるなら、もう少し兄さんに優しくするべきだったかなぁ……)


 最後に私はそんなことを思って、千佳の体をギュッと抱きしめ、目を瞑った。


 そして私達は純白な破壊の光に包まれて――



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