覇王様、ブチギレ②
千葉にある『ドリーミングランド』というテーマパーク。
日本だけでなく世界的に見ても有名な遊園地に私――上終アリスと佐藤千佳は卒業記念の思い出として、一緒に来ていた。
出来るだけ朝早く来たと言うのに、やはり休日だからか、周囲は人でごった返している。
開園までの列に並びながら、私はため息を吐いた。
私には兄が一人いる。
名前は上終ロア。
成績は常に優秀で、また運動神経も抜群、加えて妹の私から見ても眉目秀麗と欠点らしい欠点がなさそうに見える兄だが、その実、裏では外道やら、鬼畜やら、悪魔やら、と学校中では根っから評判は最悪だということを知っている。
その理由というのが、自分でいうのもなんだが、兄の異常なまでのシスコンのせいだろう。
というより、学校での評判の悪さは九割方私に関することが原因でそうなっているのだから、もう病的と言ってもいい。
昔は私自身何でもできる兄がスーパーマンのように見えて、いつも後ろを付いていくほど懐いていたが、やはり成長していくにつれ、周りの目や周りからの声が大きくなっていったせいか、段々と目が覚めていった。
だからといって、私は兄が嫌いという訳ではない。
家族としてはもちろん好きではあるし、尊敬もしている。
ただし、あの行き過ぎたシスコンについてはどうかと思うが。
そもそも私の身辺調査やら、私に近づく男子に対する恐喝やら、果てには私と一緒に入浴しようとするやらと色々ツッコミたいところは満載だが、まず身内として恥ずかしいし、何よりかなりドン引きレベルの案件である。
兄が普段からこんなことがずっとしていたから、最近では私は初対面の人にも必ず『あ、あぁ……あの人の妹さんなんだ……』と軽く引き攣った笑みを向けられて後退りされるのだ。
そう、なぜか兄の奇行のせいで、私の認知度も図らず高くなっていた。悪い方にね!
まぁ、そのおかげで下心丸出しの男子達に近づかれることが減ったのはよかったと思う。
ただ、同性からも微妙に距離を取られあるようになったが。
「どうしたのさ、アリス?そんな難しい顔して?」
そんな時、隣に立つ千佳に声をかけられた。
彼女は小学校に入学した時からの友達で、私の親友だ。
家族以外の他人はめったに信用しない兄も珍しく千佳のことは気に入っており、唯一兄公認の付き合いを許される友達でもあった。(そもそも兄公認って何さ……)
「別に大したことじゃないよ……朝から兄さんが兄さんしてたからさ」
「あーロアさんは相変わらずなんだ」
私の返答に千佳は苦笑いで応えた。
「うん、ほんと年々ひどくなってる気がするよ。今日だって黙って家を出てこなかったら、絶対ついて来ようとしただろうし」
「あはは、それでもあの人なら隠れてついてきそうだよね?」
「一応お母さんには伝言を言っておいたから、大丈夫だと思うけど……」
大丈夫だよね?
思わず、周囲をきょろきょろと振り返って確認してしまう。
といっても、本当についてきてるのかどうかなど、私では判断できないが。
そもそもあの異常なスペックを持つ兄が本気で私を尾行していたら、私ではおそらく見つけることはできない。
加えて、今いる場所は人混みがすごく、目当ての人物など探せるはずもなかった。
千佳は私のそんな行動を見て、またも苦笑して言ってきた。
「もうそんな心配するの止めて、楽しまない?せっかくあのドリーミングランドに来たんだからさ!」
「……うん、それもそうだね。もう兄さんのことは考えないことにしよう!」
千佳の言葉に私は頭の中の悩みをすべて打ち消し、目の前に見える雄大な城に意識を向ける。
よし!もう兄のことは忘れて、今日は目一杯楽しもう!
内心でそう決意して、私はフンスと鼻を鳴らした。
ただこの時の私はまだ知らなかった。
まさか眼前に広がる夢のような煌びやかな世界があんな灼熱の地獄に変わりゆくなんて……。
◇
「もう……ロアちゃん、休日だからって二度寝はだらしないわよ?」
どこか呆れを含んだ母上の声で目が覚める。
ソファーの上で寝ていたのか、体の上に毛布が掛けられていた。
明瞭としない意識とぼやけた視界の中、壁にかけられた時計に視線をやる。
針が指し示していたのは1の数字。
どうやら気がついたら、昼になっていたようだ。
「母上、俺は一体……?」
何かあまりにも強烈な衝撃を受けたせいで、直前の記憶が曖昧な気がする。
一体俺はなにをしていたんだったか……?
頭を掻きながら、記憶を探ろうとするが、その前に鼻をくすぐる芳しい香りに腹が刺激され、俺の思考はシャットダウンした。
「それより、もうお昼だし、お腹もすいたでしょ?ご飯を食べましょ?」
母上の声に釣られて、テーブルに顔を向けると、作りたてほやほやの料理が並んでいた。どうやら今日の昼食は中華らしく、テーブルの上にはデカデカと大皿に盛られた炒飯や麻婆豆腐、フワトロの卵スープと俺の好物ばかりが。
「……うむ、そうだな母上!ちょうどお腹を空かせたところだし、ご飯にしよう!」
思い出せないということは、どうせ大したことではないのだろうと見切りをつけ、俺は早速料理に飛びついた。
母上の料理のレパートリーは多く、和食、洋食、中華、イタリアンと結構なんでも作れたりする。母上の料理はどれも好きだが、やはりその中でも中華は俺の中で別格だ。
この舌にダイレクトに響く濃い味付けに体を発汗させる強烈な辛味、一口食べたらあら不思議、止まらないやめられない!
夢中で食事を進めていく俺をよそに母上は台所で鼻歌を口ずさみながら、食器を片付け、テレビを見ている。放送されている番組は一年程前にヒットした恋愛ドラマの再放送であった。俺も全話を視聴したからよく覚えている。
「うふふ、知ってるロアちゃん?私とアルもこのドラマに負けないくらいの大恋愛だったのよ?」
「……」
「あれはもう何年前のことだったかしら――」
突然に始まった母上の父上との出会いの語り。
このドラマが放送されると毎回同じような内容を話すので、もう耳にタコができるほど聞いた気がする。
そもそもこのドラマがなくとも、昔から暇を見ては惚気が始まるので慣れたものだが、ハッキリといえば、「はいはい相変わらず仲がいいことで」という感想しか浮かばない。
まぁ、夫婦仲が悪いよりかは全然良いことなので、俺は仕方なく聞き役に徹する。
というより、聞かなかったら母上が泣きそうになるから、甘んじて聞くしかないのだ。
母上とアリスを悲しませるくらいなら、プライドなど簡単に売ってやるさ。
――だが、いつまでも続くかに思われた母上の惚気話はドラマ途中にいきなし差し込まれたニュース放送によって打ち消されることになった。
『緊急速報です。先ほど午後12時50分頃、千葉県舞丘市上空にて巨大な空間断裂が発生し、大量の
どこか慌てた様子のキャスターが原稿を手に早口で報道を伝える。
それを聞いた直後、台所からパリンと皿を割ったかのような音が響いた。
「母上?」
「え、あ、ああ……!そ、そんな!そんな!アリスちゃんがッ!アリスちゃんがッッ!!」
「母上!母上!アリスがどうしたというのだ!?」
いきなり恐慌した様子で目を見開いて悲鳴を上げた母上の言葉の中に聞き捨てならない単語を発見し、俺は食事の止めざるを得なかった。
と同時に、気絶する前の記憶もふつふつと蘇る。
『ふむ、アリスはどうしたのだ?母上?』
『ん?なんでも友達と遊園地に遊びに行くらしいわ』
『クソ!こうなれば俺がアリスの平和を守るために今すぐ――ッ!』
そうだ……!
俺は遊園地に行ったアリスを追いかけようとして……!
「――千葉県舞丘市はアリスちゃんが今日行った遊園地がある場所なの!」
脳がその言葉を認識した瞬間、俺は母上から身を翻すように走り出していた。
「ロアちゃん……!?」
後ろから名を呼ぶ声が聞こえたが、もはや俺に足を止める気は全くなかった。
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