覇王様、ブチギレ①


ようやく物語が本格的に進みます。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「兄さん、起きて」


 耳元に鈴を転がしたような至極の声が響くと同時、反射的に俺は意識を闇の底から浮上させた。

 目を見開いた先、そこにいたのは俺が最も大事にしている少女で――


「おお!アリス!お前はいつも可愛いなぁ!お礼に兄さんが抱きしめて進ぜよう!」

「はいはい、そういうのいいから。早く起きてよ」

「え、ちょ!アリスぅ!」


 腕を広げ、思いっきり手を伸ばして目に入れても痛くないほど可愛い妹に飛びつこうとした俺だが、見事に避けられ、そのままベッドの上から地面に落下した。


 ここ最近はどうも我が妹は俺に冷たい気がする。


 体も頭も大きく、賢く成長したアリスは、同年代と比べて随分と大人びた雰囲気を持つ女の子になった。

 父上譲りの綺麗な金髪や母上譲りの綺麗な黒真珠の瞳。また十二歳にしてすでにモデルのようなスタイルに、母上の童顔さや父上の精悍さが綺麗に配合したのか、顔のパーツ一つ一つが均整に配置され、凄まじく端正な造りとなっている。


 前世含め、ここまでの美貌を持った人間を俺は見たことがない。


 そのせいか、よく学校ではクソガキ共からアプローチを受けるわ、街を歩けばナンパやらスカウトの山やらで、俺はそ奴等の処理に追われて毎日大忙しである。

 クソガキ共には睨みを効かせて追っ払い、ナンパ目的のクソ男共には肉体言語で力を理解させ、スカウト共には事務所まで乗り込み社長に直談判という名の脅しをかけ、と全く可愛い妹を持つ兄貴というものは大変だ。


 俺がこんなにも苦労しているというのに――


「床で二度寝しないで、早く来てよね」


 やはりアリスはどことなく冷たい。

 昔なら逆に俺に抱き着いて、笑顔を向けてきたというのに……。

 今ではニコリとも微笑んでくれない。


 どこか呆れたような目を最後に向けて、部屋を出ていくアリスを見て思う。

 

 ああ!昔みたいな甘えん坊のアリスはどこに行ったんだい?

 もしかしたら、これが俗にいう思春期というやつなのかもしれない。

 いつか『私の服と兄さんの服を一緒に洗濯しないで!』とか言われちゃうやつなのか!?

 くっ!俺はどうすれば!?


 朝から何ともくだらない問答を繰り広げるロアであった。



 ◇



 俺がこの世界に生まれついてはや十五年。


 進学する高校も決まり、先日ようやく中学も卒業した。

 これで俺もこの国での義務教育課程を終えたということになる。

 ほんと清々した気分だ。


 俺が入学した中学校は、大半が市内の小学校から集まった生徒であり、その為、小学校からほぼボッチ気味であった俺は必然、中学でも孤独な生活を送っていた。というか、そもそも唯一の話し相手であった天霧が消えたせいで、俺は完全な孤高の男と化したのである。


 中学生とは思春期に入り、他者を蹴落としたがるお年頃なバカが多いのか、おかげで常に一人だった俺は格好の的だったこともあり、陰口は叩かれるは、持ち物を隠されるは、果てには一度頭上から水をぶっかけられかけたこともある。要するに、俺はいじめを受けていたということだ。

 

 まぁ、もちろん俺をいじめてきた奴はすべて返り討ちにし、この世の地獄を見せてから、全員不登校にさせたがな。そのせいか、学校中から触れてはならない祟りみたいな扱いを受けるようになったのは、幸か不幸か。


 そんなことよりも、天霧の奴だ!

 小学校卒業と同時にどこか別の学校へと移りやがって……!

 助けた恩も忘れて、俺にこんな仕打ちを与えるとは、なんたる不届き者!


 苦い記憶を呼び覚ましながら、朝の仕度を終わらせてリビングに向かうと、食卓には朝食が三つしか並んでいなかった。いつも決まった席に座る可愛い我が妹のテーブルの上はすでに綺麗に片付け終わっており、空白が広がっていた。


 朝の日課は決まって家族四人揃っての食事が当たり前であったので、その光景は少しばかり珍しかった。


「ふむ、アリスはどうしたのだ?母上?」


 台所で食器を洗っている母上に尋ねると、


「アリスちゃんなら、ついさっき家を出たわよ?」

「ぬぁに!?」


 思わず、声帯の奥から甲高い悲鳴のような声が漏れた。


「い、一体どこに!?」

「ん?なんでも友達と遊園地に遊びに行くらしいわ」


 そ、そんな……アリスが俺に一言も断りなしに出かけるなんて……!

 くっ!あんなこの世のありとあらゆる美を詰め込んだような少女が、しかも遊園地などというパリピの宝物庫に行くなど危なすぎるっ!

 飢えた狼共が目を血眼にして襲ってきてしまうではないか!?


「クソ!こうなれば俺がアリスの平和を守るために今すぐ――ッ!」

「あっ、アリスちゃんからロアちゃんに伝言なんだけど、『兄さんは絶対ついてこないでくださいね』って」

「ファ!?」


 またも声帯の奥から出てはならない声が迸ったが、正直それどころではない。


「もうそろそろ高校生なんだから、いい加減ロアちゃんも妹離れした方が良いわよ?」


 少し呆れたような様子の母上の声が耳に届くが、ぐわんぐわんと朦朧とした意識の中では朧げな音色が響いてくるだけで俺の頭には入ってこない。


 ど、どうして……アリスはこうも冷酷な人間となってしまった!?

 昔みたいに『にいちゃ、にいちゃ!』と可愛く後をついてきたあの頃のアリスはどこへ!?


 朝起きれば毎日『お前は可愛いな!』と欠かさず褒め、外に出る時は常に虚空ノ瞳オクルスを張り付け行動を逐一確認して安全を徹底し、アリスの身近な人物一人一人の調査を行い友人管理も細部まで怠ることのなかった俺なのに!

 クソッ!一体何が悪かったというのだ!?


 脳細胞を活性化させ、過去の記憶を呼び覚ます。


『アリス、今日あそこに遊びに行ったんだな』

『え……なんで兄さんが知ってるの?』

『フッ!当たり前だろ!俺はアリスの行動を常に見ているからな!』

『……』


『アリス、昨日男と会ってたな?』

『あれは委員会の仕事で一緒に買い出しに出かけてただけだよ。……ていうか、なんで兄さんが知ってるの?確かもうストーカー行為は止めてって言ったよね?』

『フッ!そんなの直接その男を脅して聞いたからに決まっているだろ!』

『……』


『アリス!一緒にお風呂入ろう!』

『……』

『背中を流してやるからな!』

『……』


 ダメだ!何一つ心当たりがない!

 分かったことは結局俺が素晴らしい兄だということのみ!


 くっ!やはり俺がアリスの身を守りにいかなければ!

 こうしてはおれん!


「あ!ロアちゃん!そんな急いで食べたらダメでしょ!」


 母上の叱責の声もけんもほろろに、俺は机の上の朝食をすぐさま腹に掻き込んだ。そして、身を翻すように部屋に戻り、着替えてからアリスの後を追おうとして――


「あ、あとアリスちゃんが『もしついてきたら、兄さんとはこの先一生口を利かないから』とも言ってたわ」

「!?!?!?!?!?!?」


 声にならない悲鳴が喉の奥から迸り俺は気を失った。

 


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