その二
木曜日は我らが合唱部の貴重な休みの日だ。
というと、運動部で日々汗を流す友人たちからは休みがあるだけいいだろ、とか土日休みじゃねえか、と総ツッコミが入るけれど、それはそれとして早く帰れるというのは貴重には違いない。
「
「いいですねえ」
とはいえ、別に飲みに行くわけじゃない。あたりまえだ。私と千代実は木曜日、駅前のささやかすぎるショッピングモールに立ち寄ることを楽しみにしている。
駅前、と言ってもそもそも大して混み合う駅でもない。朝も夕方も、ホームにいるのは私と同じ制服を着た女子中高生が九割以上。その駅周辺施設なんて大した娯楽もないし、何なら学校の教師たちがそこかしこで目を光らせているから羽目を外すなんてこともできない。だからクラスの中でもちょっと派手なタイプの子は、さっさと電車を乗り継いで大きな駅まで行ってしまうし、もっと真面目な子は寄り道なんてしないでさっさと帰っていく。私たちみたいな中途半端な女子には、駅の最寄駅くらいがちょうどいいのだ。
本屋さんで雑誌を買って、フードコートでドリンクを買って千代実と二人で眺めるのが木曜日のきまりごとだった。目新しい雑誌がなかったり、おこづかいが厳しい日なんかは飲み物だけで、二人で授業の話や嫌いな先生のこと、部活の愚痴なんかを話し込んで解散する。話題なんてなんでもいいし、とにかく時間が過ぎればそれでいい。同じことを考えている子は多いみたいで、見回せば私たちみたいな中途半端女子の姿がちらほらと見える。
「何買う?」
「どうすっかね」
二人でいても二人とも、それぞれ好きな本や漫画を読んでまったくしゃべらずに解散する日もある。私の姉はこの状態を知って『青春の浪費』と言ったけれど、青春なんて無駄遣いしてなんぼだと思っている。どうせ大人になったら無駄な時間なんてないんだろうし。
「とりあえず本屋いこっか」
「そだね」
本屋に行こう、と言うのはいつも私。千代実はあんまり主体性のない子で、何を言ってもいいよ、という。そういうところが付き合いやすいと思いつつ、なんだかパシリにしているみたいで申し訳なく思ったりもする。千代実本人は、「自分で考えなくていいのすごくラク」というので、気にしなくていいことなんだけど。
ところで、私はメガネが似合わない。そりゃあもう、絶望的に。中学の時にコクった男子に「頭悪そうだから無理」って言われて、せめて形からでもと伊達メガネに手を出したところ、姉曰く「コスプレか」、高校に進学してから見た千代実曰く「エッチなビデオに出てそう」という散々な評価をされ、金輪際メガネなんてかけるもんかと心に誓った。だから十七歳の夏、視力が落ちた時も迷わずにコンタクトを選んだのだ。
これから行く本屋さんには、私がひそかに『メガネさん』と呼んでいる店員さんがいる。きっとびっくりするほどの美少女ではないのだけれど、細い銀色のフレームのメガネがすごく似合っていて、それが本屋さんのエプロンとお姉さんの華美じゃない服装とマッチしていて、私の思い憧れるメガネの人というイメージにぴったりなのだ。
メガネさんは木曜日の午後には必ずいる。私にとっての木曜日、メガネさんに会いに行くのもささやかな楽しみのひとつになっている。
自動ドアが開くのを待って店内へ駆け込む。別に欲しいものがあるわけじゃないし、あったとしてもすぐに売り切れたりしない。それなのに、千代実と二人、なんだか急がなくちゃいけない気持ちになって小走りに目当ての棚を目指す。身体が弾むたび、カバンに付けたくまがぱこんぱこんと背中に当たる。本棚の向こう側、メガネさんがよく来ているグレーのニットの端が見えた。
これは会いたい、という気持ちなんだろう。メガネさんが私のこと、覚えていてくれているといいんだけど、なんて。
ライラック なたね由 @natane_oil200
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