最終話 ~ 真説・怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~



 稲荷原流香は、名も知らぬ男の焼死体を見ても悲痛そうな表情一つ浮かべてはいなかった。


「化物を利用し、人を欺き、人から金目を巻き上げようとしていた者達に憐憫の情は一切浮かびません。そういった者は凄惨な死に方をするのが相場と決まっています」


 誰に言うとも為しにそう呟くと、流香はくすりときびすを返して本殿へと向かう。


 流香は以前から知っていながらも、見て見ぬ振り、いや、あえて見ないようにしている怪異がある。


 それは左目の中にいるという『姉』である『稲荷原瑠羽』の怪異であった。


「……ねえ、瑠羽姉さん」


 流香は左目にしていた眼帯を外して、喪失している左目を晒した。


 左目があった場所は闇に支配されていて、その奥には揺らぎがあった。


 魂の揺らぎと呼ぶべき『何か』が。


「瑠羽姉さんは、怪異に成り果てたのでしょうか?」


 諭すように左目の中にいるという稲荷原瑠羽に語りかけた。


 すると、揺らぎが微かに揺れた。


 微笑んだかのように。


「妻越達七名は罪人であった以上、その罪を死をもって償うのは道理とも言えます」


 揺らぎが縦に震える。


 まるで首肯したかのように。


「吸血鬼のハルバルトが言っていました。『流香、あなたが怪異になりかけているのではないかと。人である事を止め始めているのではないかと』と」


 流香は本殿の前まで来ると、流香は履き物を丁寧に脱いで、中へと入っていった。


「私は人でありたい」


 流香はエペタムが保管されている祭壇の前まで行き、躊躇う様子を見せずに呪われた刀を手にした。


『人である事を選ぶのじゃな?』


 揺らぎからノイズとも声とも捉える事が可能な、妙な雑音が奏でられた。


「同時に怪異と共に生きたいとも思っています」


 鞘に収まっていたエペタムを抜き放ち、妖刀と呼ばれる禍々しい刃を晒した。


「ですから、瑠羽姉さん」


 流香はエペタムの刃先をわしがいる左目へと向ける。


 いつでもそのエペタムを左目があった場所へと刺し込む心積もりがあると言いたげに。


「これ以上は人を殺めるのを止めてください。でなければ、人に仇なす怪異として瑠羽姉さんを私が退治しなければなりません」


 左目があった場所を覆う眼帯の布に刃先が触れるかどうかの絶妙な位置にエペタムを静止させた。


 まるで警告であるかのように。


「瑠羽姉さんが亡くなった方が所有していた都市伝説のホームページを改造した事も、改ざんしたページを訪れた者に無様な死を与えている事も知っていますし、その事をずっと見過ごしてきました。妹である以上、姉に命令するのが憚られるからです。ですが、自重だけはしてください。私は瑠羽姉さんを手にかけたくはありません。瑠羽姉さんの死を二度体験してしまっては、私でさえ心を壊してしまうかもしれません」


 左目の闇がすっと揺れた。


「分かってもらえましたか」


 流香はようやくエペタムを引いて、何事もなかったかのように鞘に収める。


「……とはいえ、瑠羽姉さんは勘違いをしています。いいえ、見誤っているとも言えます」


 エペタムを床へとそっと置く。


「ふふっ……」


 くっくっと流香は小さく笑った。


「今の私にとって、都市伝説の化物程度、ワケもない相手なのです。悪魔だとか、神だとかが出てこない限りは私は死ぬ事はありません。私は理解しています。私自身が着々と怪異に侵食されていることを……」


 口元に人の物とも思えぬ笑みを刻むなり、流香は立ち上がった。


「……何やらおかしな気配が近づいています」


 流香はエペタムを元に位置に戻した後、境内の方に顔を向け、くすくすと笑いながらそう口にした。


 流香はもう察していた。


 神社の近くに焼死体がまだあるのに近づいてくるのは、怪異か化物かその類いしかないと。


 死体の臭いに誘われるようにしてここに来たのではないかと。


「今度はどのような怪異譚が紡がれるのでしょうか」


 流香はこれから起こるであろう奇怪な事件に胸躍らせているかのように言い、本殿から出た。


 左目の闇とは異なる闇を一瞬だけその身体を発して……





     ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう 第一部 完 ~

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都市伝説の時子さん ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~ 佐久間零式改 @sakunyazero

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