時子さん 第16話




 意識を取り戻した俺はスマホの壁紙が凄惨なものに変化した事に驚愕して、また気絶した。


 意識を取り戻すなり、俺は吐きそうになりながらも、無残に死んでいた矢田香の壁紙を削除し、スマホの壁紙を今まで通りの背景に戻した。


「ふふっ、俺は時子さんからまだフォローされていない。まだ安全圏にいる」


 SNSやメールなどを確認すると、桜田が死んだ次の日辺りから恨み辛みが多々寄せられていて、罵詈雑言というよりも呪詛のような言葉が執拗に投げかけられていた。


 あの居酒屋に集まった俺以外の人は時子さんにフォローされたようだ。


 だからこそ大慌てなのかもしれない。


 次は自分が死ぬかもしれないのだと。


 そのうちの四人が死んだ。


 桜田伊央、矢田香、宮佐古慎太郎、湯井田幹の四人だ。


 桜田伊央は、交通事故に巻き込まれて死んだ。


 矢田香は、大通りを歩いている最中、ビルの看板が落ちてきて、頭に直撃して即死したそうだ。


 宮佐古慎太郎は、駅で電車を待っている時、誰かに突き飛ばされて、駅に入ってきた電車にひかれて死んだそうだ。


 湯井田幹は、自宅の台所で洗い桶に頭を突っ込んで溺死していたらしい。


 生き残っている山下哲平、上木丈の情報というべきか、恨み辛み事に書かれていたので、この四人は死亡したのは確かだろう。


 存命している山下哲平、上木丈の両名は、時子さんにフォローされたようなので、死ぬのは時間の問題だ。


 いずれ死ぬその二人は無視してもなんら問題ないだろう。


 なにせ近日中に死ぬのが確実なのだから相手するだけ時間の無駄だ。


 あいつらが死ぬのは、俺をオレオレ詐欺に誘って、引っ張り込んだんだから当然の報いだ。


 俺は悪くない。


 悪いのは、あいつらだ。


 俺が未だに時子さんからフォローされていないのはさほど罪が重くないからじゃないか?


 あいつは行いが悪すぎたから死んだんだ。


 死んで当然の奴らなんだ。


 だが、俺は生きていてもいいってことだろう。


 生きる価値のある人って事だろう。


「……しかし、懸案事項がある」


 それは『時子さん』だ。


 2009年以降、噂話さえとんと聞かなくなっていた都市伝説の時子さんが復活したのか、だ。


 俺が復活させようとしたからか?


 だから、本当に復活してしまったのか?


 都市伝説の化物というのは、その程度で復活するものなのか?


 そもそも都市伝説なのだからただの噂ではないのか?


「四人も死んでいるのは……呪い、なのか?」


 俺はふと疑問に思った。


 四人が死んだのは、都市伝説の時子さんの呪いなのだろうか?


 俺はスマホに手を伸ばして、都市伝説の時子さんについて春日部保奈美が2009年に書いていたホームページを再び見に行くことにした。


「……変だな」


 何度も読み返しても変なところはないように思えた。


 だが、春日部保奈美が他に書いていた都市伝説についての考察を見に行ってみると、時子さんの記事だけがおかしい事に気づかされた。


 例えば『花子さん』についての考察は原稿用紙換算で十数枚に及ぶのに対して『時子さんの都市伝説』についての記述は、800字程度しかない。


 他の都市伝説にしてもそうだった。


 最低でも原稿用紙10枚で、大きい時には、50枚以上にも及んでいる。


 時子さんの考察だけ、原稿用紙2枚程度なのは明らかに文章量が少なすぎる。


「……どういう事だ?」


 都市伝説の花子さんの記事とにらめっこしているうちに、さらに奇怪な事に気づかされた。


『http://ruka-kotomi-inari-jinjya○○○○』


 都市伝説の花子さんのアドレスがおかしいのだ。


「なんだ、これ? るかことみいなりじんじゃ?」


 他の都市伝説の記事は『http://uwasa-toshi-○○○○○』のアドレスであるのに、何故か都市伝説の時子さんの頁だけが別の場所にあるのだ。


 しかも、そのアドレスには、都市伝説の時子さんの記述以外何もページがないのだ。


「……監視していた? 都市伝説の時子さんについて調べる者がいないかどうかを」


 俺はぞっとして、手にしていたスマホを落としてしまった。


「……誰が? 何のために?」


 春日部保奈美ではない第三者が、時子さんの都市伝説について調査していないかどうか監視していた可能性がある。


 それならば、時子さんの記述について文字数が少ないのも合点がいく。


「もしかしたら……」


 手が震えだしていた。


 俺は震える手をなんとか制御しながら、落としたスマホを握り、前に見つけた『喫茶店「蝉時雨」』での事件について、もう一度ネット上で調べてみることにした。


 前に見つけた記事には改変された様子は見られなかった。


 それだけでは安心できなかった俺は、何かないかと蝉時雨について調査を掘り進めていくと、蝉時雨の関係者が翌日惨殺されるという事件が起こっていた事に辿り着いた。


「は?」


 蝉時雨での事件の翌日の夜、蝉時雨でアルバイトとして働いていた稲荷原瑠羽が惨殺された状態で発見されたという事件であった。


 ニュースになった事もあって、殺された稲荷原瑠羽の写真などが丁寧にも貼られている記事などを見つける事ができたのだが……


「余計に混乱してきた……」


 稲荷原瑠羽の顔に見覚えがあった。


 しかし、あのメイド服の女は『稲荷原瑠羽』とは名乗らなかった。


 顔写真の女は、あの居酒屋で『三宮彩音』と名乗っていた。


 記事では、三宮彩音と名乗った女の顔が殺害された『稲荷原瑠羽』として示されていた。


「稲荷原瑠羽の霊が、三宮彩音の名を騙った? どうして? 何故?」


 混乱を通り越して、頭が真っ白になって何も考えられなくなった。


「何があるんだ、都市伝説の時子さんには? 人が大量に死なないといけない秘密でもあるのか?」


 そう呟いた時に、とあるSNSで誰かに俺の事をフォローしたという通知が表示された。


 だが、俺はその通知を見なかったことにして病院をそっと抜け出した。


 都市伝説の時子さんの発祥の地『言実町』に俺が助かる道があるのではないか。


 そう願って……。


 数日間、俺は言実町を彷徨い、時子さんの呪いの解き方を調べるも、何も見つける事はできなかった。


 そして、とある場所で朱色の鳥居を見た瞬間、吸い込まれるようにその神社に入ってしまったんだ……。





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