時子さん 第15話
視界が真っ暗だった。
どこかに存在している闇しかない世界に迷い込んでしまったかのような、そんな感覚だ。
俺はその闇の中にいるのか、それとも、その闇を見ているだけなのかは分からない。
俺の周りには闇しかなくて、闇そのものが世界だった。
「……」
そんな闇の中で、俺に近づいてくる者がいる気配がした。
だが、闇が深すぎて、その者の姿を見ることができず、誰なのか分からない。
その気配が俺のすぐ傍で立ち止まった。
いや、立ち止まったように察せられた。
そして、俺の耳元に顔を近づけてくる。
その者の唇からなのか、鼻からなのか、漏れ出てくる息が耳や耳たぶにかかる。
その者が息を吸い込む。
俺もつられて息を吸う。
「……魂三つ、いただいた……」
刹那、闇が晴れて、目の前に見知らぬ天井が広がった。
「……は?」
幻覚でも見ていたのか、夢を見ていたのか。
それさえ判然としないまま、横になっている身体をおこそうとしたのだが、上手く身体が動かせない。
なんだ?
身体を動かすのをとりあえず止めて、自分自身を観察する。
どうやらどこかのベッドで寝ていて、管のようなものが腕に繋がっている。
点滴だろうか。
そうだとするのならば、ここは病院か何かという事になる。
俺はどうやら入院か何かしているようだ。
そうか、俺は桜田が死んだのを目の当たりにして気絶したのか。
あれは事故だったんだよな?
車が衝突した弾みで、板か何かが飛んで、それで、桜田の首を……。
そうだよな、きっときそうだよな。
絶対にそうだよな。
あの白装束の男なのか女だとか分からなかった人を見たからとかそんな理由じゃないよな?
そう自分に言い聞かせようとした時に、何やら妙なメロディが響き渡った。
聞き覚えのない、何故か背筋がぞくぞくするような音色の電子音であった。
「……え?」
その音色を奏でているのが、枕元に置かれているスマートフォンだと知って、俺は震え上がった。
病院なのであれば、枕元にスマートフォンなど置く阿呆はいないはずだ。
誰かが曲がり間違って俺の枕元に置きっぱなしにしたのかもしれない。
「……考えすぎはいけないよな?」
とりあえず、スマホに手を伸ばして掴んだ。
初めて聞くこのメロディは、客心音のようなのだが、俺はそんな設定をした覚えがない。
誰かが俺が意識を失っている間に設定を勝手に変更でもしたのだろうか。
表示を見ると『非通知』と出ている。
俺は訝しげに思いながらもその電話に出た。
「はい、妻越です」
名乗って相手の出方を窺うと、
「魂一つ、いただいた」
男のものとも女のものとも明瞭ではない、ざらついてしわがれた声が流れてきた。
次の瞬間、俺は電源が落ちたように意識を失った。
そして、何事もなかったかのように目を覚ますと、俺はさっきの出来事が夢じゃないかと確認するようにスマートフォンを手に取って操作してみた。
すると、壁紙が頭がざくろのようにぱっくりと割れて恨みがましくこちらを見つめている矢田香の写真になっていた……。
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