第46話 結婚披露宴

12月1日 日曜日PM1:00

 帝国ホテルの披露宴会場には40台の丸テーブルが並べられ、約400人の招待客が新郎新婦の入場を待っていた。


 イザベルの父親や弟達は、生まれて始めて着るスーツで、ネクタイが気になって仕方がなかった。


 会場のBGMが変わり、司会で来ているアナウンサーが新郎新婦の入場を告げた。

 ドアが開き、タキシード姿の沢田と純白のドレスを着たイザベルがスポットライトに照らされた。

 会場に拍手が響き渡る。


 招待客はバラエティーに富んでいた。大手ゼネコンの社長。東西電力社長の早川。中央電力社長の小野。JARE の役員達。三菱重工社長。IHI 社長。ハイドロエナジー本社社員全員。フィリピン支社役員。有名歌手2名。売れっ子コメディアン2名。茂原市長。千葉県知事。東京都知事。警視総監。警察庁長官。官房長官。そして総理大臣。

 招待ではなく、出席を二階堂に懇願して来た者も20数人いた。


 東西電力社長の早川や安倍総理の祝辞に続いて歌手達が歌い、コメディアンが招待客を笑わせる。

 2時間の披露宴の間、矢部や二階堂の席には入れ替りで人が訪れ名刺を置いていった。


 着席した披露宴の後は立食式のパーティーが別の会場で催された。

 会場には500人を越える人が招待状を持って集まっていた。


 矢部は休む暇が無い。

 付き添いの社員に名刺交換の後で顔を覚える為に写真を撮らせている。


 ハイドロエナジー・フィリピンの支社長と紹介された新婦のイザベルの所にも、沢山の人が挨拶に来て名刺を交換して行く。女性社員がイザベルの名刺係りで付き添っていた。


 披露宴では会場の外に控えていた警護のSP達が警護対象者の近くに寄り添っているので、尚更人が多かった。


 沢田は疲れてしまい、壁際に用意されていた椅子に座っていた。

 前に1人の男が立ち、声を掛けて来る。

「隣、宜しいですか?」

 沢田が顔を上げると、長身で日に焼けた笑顔が沢田の顔を見ていた。

「どうぞ」

「凄い人ですね。お疲れですか?」

「正直言って、人混みは苦手でね」

「ご結婚、おめでとうございます」

「ああ、有り難うございます・・・あなたは?」

「海上自衛隊の河野です」

 河野は手を差し出して沢田と握手した。

「自衛隊の方も来てるんですね」

「はい。出席させて頂いています。向こうには陸自と空自の幕僚長がいます」

「って事は海上自衛隊の幕僚長も来てるんですね」

「私がそうです」

「あなたが海上自衛隊のトップの方でしたか。これは失礼。忙しいんじゃないですか?」

「私は名刺交換は苦手でして」

 河野は少し先のテーブル横で大声で話す陸上自衛隊幕僚長の田村を見た。

 沢田は笑って言った。

「私も同じです」

 黒いスーツにスポーツ刈りの男が斜め前に立って言う。

「幕僚長。総理がお呼びです」

 河野が渋々腰を上げて言う。

「失礼します」

 

 顔見知りの総理のSPが沢田を呼びに来た。沢田がSPに着いていくと総理が三菱重工とIHIの社長と話している。そこに海上自衛隊の河野も立っていた。

 その他に2人。

 総理が全員を沢田に紹介する。他の2人は陸上自衛隊幕僚長の田村と航空自衛隊幕僚長の丸茂だった。

 沢田は全員と握手した。その様子を見て矢部と二階堂が近寄って来る。

 矢部は総理を中心とした輪に加わり、二階堂は話の聞こえる範囲で少し離れて背を向けた。

 総理が言う。

「今日の主役の沢田さんが安保撤廃に力を貸してくれたんだ」

 自衛隊の3幕僚長が沢田の顔を見る。

 矢部が沢田の顔と総理の顔を交互に見ていた。総理が付け足す。

「ハイドロエナジーの新技術が無ければ、なし得なかった事なんだ。こちらはハイドロエナジー社長の矢部さん」

 矢部は笑顔で全員と握手した。

 そこに新婦のイザベルが加わった。

 矢部が言う。

「彼女はハイドロエナジー・フィリピン支社長でフィリピン最大の電力会社の役員でもあります」

 全員がイザベルの手を取って、お祝いの言葉を掛け、自己紹介する。


 イザベルに救い出される形で沢田は話の輪を離れた。

 イザベルが聞く。

「何で困った顔をしてたの?」

「聞いただろ。総理大臣といたのは自衛隊、セルフ・ディフェンス・アーミーのトップ達なんだ。先々ウチが使われるかと思うと嫌でね」

「日本の軍事力は凄いんでしょ?」

「軍事力じゃないんだ。防衛力なんだよ、今の所は」

「ミリタリー・パワーじゃなくてディフェンス・バワー? それって言葉遊び?」

「安倍総理に聞いてくれ」


 パーティーが終わり、沢田とイザベルはホテルのスイートルームに引き上げた。各々の部屋に先に帰っていた家族をスイートに呼ぶ。


 ハイドロエナジーの社員達は茂原に帰り、スイートには家族の他には二階堂が残っていた。

 JIAの職員が2つのパーティーの受付をしていて、集まったご祝儀を二階堂が持ってきていた。

 大きな紙袋3つに、ご祝儀袋が入れられていた。

「沢田さん。ウチのスタッフがご祝儀の集計をしてあります。ノートに金額と、社名や名前を書いてあります。ご祝儀は総額で約7000万円です。安倍総理と三菱重工とIHIが1000万円づつで、これが大きいです」

「1000万円が入るご祝儀袋なんか有るのか?」

「小切手です」

「小切手のご祝儀か・・・ホテルへの支払いは?」

「それが、済んでるんです」

「誰が払ったんだ?」

「それを聞いたんですが、ホテル側が教えられないと言ってるんです。多分、機密費から出てます」

「政府の金か。金額を確めて返そう」

「返してもロクな事に遣われないですよ。有り難く受け取っておきましょう」

「そうか。じゃあ小切手は3枚ともJIAに寄付するよ。今日も働いてくれたし。皆で分けてくれ」

「有り難うございます。みんな喜びます」



12月2日月曜日

 イザベルと家族は、フィリピン支社の役員5人を伴ってディズニーランドに行っていた。


 沢田は茂原に帰り、シロとゴルフコースを走り回っていた。

 シロに聞く。

「何か動物を見つけたか?」

「この前、ウサギと話したよ。畑のニンジンが美味しいってさ」

「ウサギが食べてたのか。お前が食べてるのかと思ったよ」

「僕もたまに食べるけど、肉の方が好きだから」

「ウサギに言っといてくれ。沢山のニンジンを噛るなって。一本全部を食べ終わってから次のを食べろって」

「わかった、言っておく」

「隣の人は、ちゃんとお前の面倒見てくれてるか?」

「木内さんでしょ。毎日、肉と水をくれてるよ。 木内さんちの犬だけど、ラブラドールがいるでしょ。デカイやつ。あいつ欲求不満だから、オスの癖にオスの僕に乗っかって来るんだよ。あれ、止めて欲しいな」

「ははは、ちゃんと話せよ。その趣味は無いって」


 午後10時。イザベルと家族、フィリピンの役員達がディズニーランドから茂原に戻って来た。

 空いている寮の3ユニットに別れて寝る。来客用にと家具を入れてあった。


 イザベルは沢田のベッドで、ディズニーランドで見てきた事を子供の様に興奮気味に話した。



12月3日火曜日早朝

 沢田とイザベルはシロを連れて、暗い内から九十九里の砂浜に来ていた。


 イザベルとフィリピン支社の役員達は今日帰国しなければらない。12月にに支社を長く留守にする訳にはいかないのだ。

 イザベルが言う。

「もっとゆっくりしたかったな」

「そうだな。直ぐに俺がフィリピンに行くから」

「来年はミンダナオで大変そう」

「ゲリラだろ。インドネシアの送電事業の警備でセレベス海にいる海上自衛隊が協力してくれる予定だよ。俺もひと暴れするかもね」

「それと、もう、ひとつ大事な事」

「なに?」

「あのね・・・赤ちゃんがいるの」

「・・・俺達の赤ちゃん」

 沢田はイザベルを抱きしめ、海に向かって叫び走り出した。

 シロが沢田を追いかけて一緒に走る。


 太陽が水平線から顔を出して来た。



 


 

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