第44話人間50年

7月21日日曜日AM7:00

 沢田はシロと砂浜を歩いていた。

 シロは鳥を追いかけて走り回った後だった。

 沢田に言う。

「山にはいつ引っ越すの?」

「山?」

「シカの居るところだよ」

「ああ、あそこに引っ越すのはまだ先だよ。早くても半年は掛かるな」

「そうなんだ。海も好きだからいいけど」

「あそこに8階建てのマンションを建てて、俺達は庭がある1階に住むんだよ」

「大きな箱の中に沢山部屋が入ってるやつか」

「そうだよ。1階だと庭があるからいいだろ」

「いいけど、箱の中に人が沢山住んでるって、アリみたいだな」

「蟻か。確かに蟻も1つの巣穴に沢山いるな」

「お腹空いたよ。帰って肉食べよう」

「よし、帰ろう」


 朝食後、シロは再び隣家に預けられた。




PM 2:00 二階堂とJIA が率いた公安警察と機動隊は、明日の21か国が集まる電力会議の警備で緊張が高まっていた。

 既に3ヵ国の代表が帝国ホテルに到着していた。更に4ヵ国の代表が帝国ホテルと、近くのペニンシュラとパレスホテルに到着する。どこもスイートルームは満室になっていた。

 在日大使館から会議に向かう代表団もある。


 帝国ホテルの会議室にいた二階堂に沢田が合流した。FJ クルーザーは地下の駐車場に止めてある。


 沢田が着ているスーツは安倍総理からのプレゼントで仕立てたイタリアンシルクの黒。シャツは純白で光沢のあるシルクだった。ネクタイはポケットに入れてある。


 二階堂が言う。

「今日はJIA職員として、会場の安全を確かめてます。沢田さんの目で見て不審な所は有りませんか?」

 沢田は周囲を見渡して言う。

「特に何も無いようだけどな。矢部さんは明日来るんだよな?」

「その予定です。明日の会議ですけど、会議場に入室出来るのは各国代表が2名と同伴のSPが1名に限定します」

「それでも60人以上になるな」

「更に入り口に金属探知機を設置してボディチェックをします」

「嫌がる奴も要るだろうな」

「事前に知らせます。会場の外はJIA が固めて、ホテル周辺から入り口は機動隊が警備に当たります」

「さっさと終わらせないとな」

「ハイドロエナジー側の書類への署名は予めしておきます。先方が署名すれば終了です。プレゼンテーションはいつも通りにジェーンが行います」

「30分で終わるな」

「今回は先方が送り込むエンジニアへの研修の説明も有るので、もう少し掛かると思います」

「研修は何処でやるんだ?」

「茂原の本社工場でやる事になります。JARE のプラントが良いのですが、人数が多くなるので何かと危険性も考えて」

「テロリストがエンジニアとして入る可能性も有ると言う事か?」

「可能性としてはゼロでは無いです。20ヵ国を半分に分けて10ヵ国から2人づつを受け入れます。1度に20人を2回です」

「最初からそうすれば良かったな」

「今、思えばそうですね・・・私はこれから警備の会議に出ますので。それと、ついさっき言われたんですけど、インドネシア代表と会って貰えませんか?」

「俺が?」

「急に言われたんで、沢田さんしか居ないんです」


 沢田は二階堂に言われた部屋を訪ねた。ハイドロエナジーの者だと言ったが、SPらしい男に部屋に入る前にボディチェックをされた。


 スイートルームのソファーに座っていた恰幅のいい男が立ち上がり、沢田に握手を求める。

 インドネシア国有電力会社(PLN)の社長だと言う。沢田はハイドロエナジーの副社長だと自己紹介した。

 名刺を交換する。


 インドネシアの発電は石炭が主流で、加速度的に増える人口に対応して発電量も増え、大気汚染が悩みの種だと言った。水素で発電出来れば解決出来るのだが、島国ならではの問題は送電設備だと言う。

 ハイドロエナジーがフィリピンの送電会社NGCPの大株主になり、既に改革に着手していると言う情報を持っていた。

 沢田が言う。

「よくご存知ですね」

「未だに紛争地域も抱えている国ですから、情報は命なんです」

「送電事業をウチにやって欲しいと言う事ですか?」

「出来れば・・・2億7000万人の国民に電気を届けるのが私達の使命なので」

「フィリピンNGCPの改革はフィリピン支社でやっています。本社にはノウハウが有りませんので、支社の方から連絡を入れさせます。まず、明日の水素の契約を締結させましょう」


 インドネシアPLN社長は立ち上がって沢田を見送った。



7月22日月曜日PM1:00

 厚木基地からヘリコプターでトランプ大統領が総理官邸に到着した。

 同伴していたのは補佐官と国防長官のエスパー。4人のSPという少人数だった。


 総理執務室で新たな調印が行われた。日米地位協定や基地問題が是正される。横田管制空域の撤廃は、首都圏の空がやっと日本に返還されると言う事になる。

 7月末日をもって基地内にも日本の法律が適応される。


 午後2時半になり、トランプ大統領一行は日本政府の車輛で帝国ホテルに移動した。


 午後3時からの電力会議は問題無く進み、20ヵ国が全てが、調印の条件を理解し調印した。

 

 調印式が終わって、オブザーバーとして席を並べていたトランプ大統領が立ち上がって言った。

「アメリカでは、皆さんが今契約した新方式での水素発電がスタートしています。今まで環境会議の調印に応じられなかったアメリカが、胸を張って調印出来るようになったのもハイドロエナジー社のお陰です。又、アメリカは日本との安全保障条約、つまり軍事条約を本日解消しました」

 会場がざわめいた。

 トランプ大統領が続ける。

「新たなテクノロジーを持って地球環境を改善する日本を中心に、平和な世界が築ければと願っています」

 会場に拍手が鳴り響いた。


 横に座っていた二階堂に沢田が言う。

「平和な世界だって。困るのはアメリカだろうに」

 二階堂も言う。

「軍需産業無しには成り立たない国が、よく言いますね」

 

 会場の拍手を受けたトランプ大統領は各国代表と握手をして周り、最後に沢田、矢部、二階堂と握手して会場を出ていった。


 ホテルを出て車に乗り込んだトランプ大統領に補佐官が言う。

「帰国したら。すぐに会議です。ボーイング、ユナイテッド・テクノロジー、ロッキードマーティンの3社に今後の対応を求められています」

 トランプ大統領は前の席を蹴飛ばして言った。

「こうなる前に潰しておけば良かったんだ・・・もう遅い」



 契約を全て終えたハイドロエナジーの3人とジェーンは、総理官邸の執務室で安倍総理に契約完了を報告していた。


 トランプ大統領のヘリコプターは既に厚木に向けて飛び立った後だった。


 沢田が言う。

「フィリピンの送電事業ですが、あれはフィリピン支社で何とか賄えます。そして昨日なんですが、インドネシアの送電事業の相談を受けました。これを日本政府主導で引き受けられませんか?」

 官房長官が身を乗り出した。

「インドネシアと言えば、人口がすぐに3億に届くと言う大国じゃないですか」

 二階堂が言う。

「フィリピンの送電事業と発電事業で今のところハイドロエナジーのフィリピン支社はインドネシアまで手が回りません」

 総理が言う。

「大事業になるね。確か、発電の方は日本の民間がインドネシアでセミナーをやってたね」

 官房長官が答える。

「はい。しかし送電の方はまだまだの様です」

 総理が言う。

「政府開発援助としてでは無く、民間企業に話を持っていこう。向こうには別の案件でJICA(ジャイカ)が行ってたな。日本で候補になる数社を現地でJICA に合流させて調査出来るようにすればどうだ?」

 官房長官が言う。

「早速動きましょう」


 総理がハイドロエナジーの面々に向かって言う。

「お疲れさまでした。トランプ大統領の会議場でのスピーチ内容を聞きました。『日本が中心になって平和な世界を作る』本心では無いにしろ、アメリカ大統領にこんな事を言わせた事に感謝します。これからも大変だと思いますが、頑張って下さい」


 総理官邸から、周りに似つかわしくない黄色のFJクルーザーが出てくる。

 千葉へと向かう車内の沢田と矢部は満面の笑みだ。


 二階堂とジェーンはJIAの赤坂事務所へと向かっていた。


 矢部が言う。

「1つの発明が世界を変える。それを実現してくれた沢田さんに本当に感謝します」

「何だよ、あらたまって」

「いや、本当です。小さな研究所だったのが『ハイドロエナジー』と名前を変えて世界的な企業になった。今でもたまに、夢じゃないかと思いますよ」

「織田信長が『人間50年』て、歌ったけど、俺達50歳をとっくに過ぎて、こんなデカイ事を出来るなんて、神様に感謝だな」

「敦盛ですか・・・そうですね。私は無宗教ですが、今は神を信じます」



 天使サイラはFJクルーザーの後部座席に座って2人の話を聞いていた。

『私の選択は間違ってはいなかったみたいですよ、ミルク様』







 

 

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