第39話フィリピン進出計画

7月10日PM4:00

 北朝鮮をボートで脱出した12人の人質と沢田は、日本海公海上で海上保安庁の巡視船と合流した。

 二階堂から預かった衛星経由の携帯電話で連絡しておいたのだ。


 巡視船に12人が乗り移ったのを確認して沢田は飛び立った。


 総理官邸付近に着地し、正門へと歩く。革ジャン姿の沢田を警備の警察官が制止するので、二階堂に電話して警察官に電話を代わる。

 敬礼に送られて沢田は中へと歩いた。


 執務室で沢田を迎えた安倍総理は笑顔で立ち上がり、沢田の手を握って言う。

「スーパーマンに救われました。妨害に負けずに中国との交渉を頑張って下さい。中国が石炭発電を止めるだけで、どれだけ大気汚染が改善されるか楽しみです。そして、フィリピン政府も中国の電力テロに怯える事が無くなりますね」

 二階堂が笑顔で見ている。

 沢田が言う。

「フィリピンでの発電事業まで視野に入れてますから」

「その際は必要と有らば日本政府も協力を惜しみません」

 隣で聞いていた官房長官が言う。

「総理。それは是非、日本政府も参加したい事業です。沢田さん、どうですか?」

 沢田が答える。

「まずは送電事業を完全に手にしてからですね」


7月11日PM3:00

 中国共産党を代表する面々が帝国ホテルの会議室に集まった。その数は警護の6人を含めた17人になった。

 対するはハイドロエナジーの矢部、沢田、二階堂と弁護士2人に通訳としてジェーンの6人だ。


 契約は署名をして僅か1時間で終わった。会議の冒頭にジェーンが言っていた。

「予め文書でお伝えした通りの契約内容です。変更は受け付けません。全ての事が履行され、水素プラントが出来た時点で音声ファイルをお渡しします。契約に含まれる『軍事利用の禁止』は特に注意して下さい。軍事目的での利用が確認出来た場合は、ファイルの翌年度の更新は致しません」

 中国からの交渉団は何も言えなかった。1人が一度席を外し、数分後に戻ってきた。


 国家主席への電話だったと言う事は会議室に入って来たJIA 職員が二階堂に耳打ちしていた。電話の傍受位は当たり前にしている。


 契約が終わり、会議室から出て行く中国交渉団は無口だった。



7月12日金曜日PM3:00

 フィリピン、NGCP 社内で中国国家電網からハイドロエナジーへと株式の譲渡が行われた。

 朝の便でマニラに到着していた沢田、矢部、二階堂、ジェーンの4人が出席している。


 株式譲渡は式典になりドゥテルテ大統領も列席し、日本からの4人と握手した。

 

 ドゥテルテ大統領は日本の技術に絶対の信頼を寄せていた。国際空港建設や水道事業への技術協力。マニラ近郊を走るMRTやLRTの電車も日本の協力無しには出来なかった。


 式典が終わって、二階堂がドゥテルテ大統領に水素発電と石油メジャーとの契約の話をすると、フィリピンにこそ必要な技術だと言い、連絡を取り合おうと言われる。

 電力と水がフィリピンの抱えている大きな問題だった。


 別れ際までドゥテルテ大統領の機嫌は良かった。

 中国が水素発電を手にいれれば南沙海域での化石燃料の採掘にも意味が失くなる。元より契約には国際裁判所の判決に従うと言う項目も入っている。


 フィリピン政府に取っては中国問題が一気に片付く事になった。


 

7月13日土曜日PM8:00

 ハイドロエナジーからの3人とジェーンは成田空港に到着した。

 セブに行くと言う沢田を二階堂が阻止して連れ帰った。

 中国への石炭の輸出を止められた北朝鮮の動きに注視しなくてはならなかったのだ。

 又、中国各地の発電所にハイドロエナジーのエンジニアを派遣する準備が大仕事だった。

 

 アメリカに行っていたエンジニア達は帰って来て直ぐにヨーロッパ各地に散っている。更にインドへも出ている。

 ハイドロエナジーでは猫の手も借りたい程の忙しさだった。


7月14日日曜日AM10:00

 沢田と二階堂はシロを連れて自社の物となったゴルフ場に来ていた。

 FJクルーザーで敷地内を廻る。シロは走りたいと言うので離してある。

 車から降りてすぐにウサギを見つけて追いかけて行った。


 二階堂が言う。

「ゴルフ場としては当たり前の広さですが、住むと思うと、飛んでもない広さですね」

「だろ」

「でも、これを維持するとなると管理費もバカになりませんよ・・・まあ、金は問題無いですね」

 

 クラブハウスだった建物は既に撤去されていた。建設の重機が入り工事が始まっている。


 1時間程をゴルフ場で過ごし、会社に戻って来た。

 矢部が慌てて駆け寄って来て言う。

「何だか韓国語の様なメールが来てるんです。最後にノースコリアと書いた署名があるので一大事かと思って」

 二階堂がメールをジェーンに転送する。ジェーンから直ぐに電話が掛かってきた。

「メールの内容を言いますね。『水素抽出の新技術を知りました。北朝鮮に於いても貴社の技術を使ってもいいと思っています。環境保護を思いやる北朝鮮としては新技術に注目しています』と、書いてあります。差出人は北朝鮮外交部となっています」

 スピーカーフォンでジェーンの声を聞いていた沢田が言う。

「随分偉そうな言い方だな」

 二階堂が言う。

「条件を付けて応じますか?中国みたいに。拉致被害者解放や核開発の完全中止など」

 沢田が言う。

「そうだな。いいんじゃないか?ミサイルに高い金遣えるんだから、契約金位、楽に払えるだろ。条件を書き並べて送ってやればいいよ。急ぐ事も無いけどね」

 矢部が言う。

「6大メジャーから600ミリオン。インドから200ミリオン。中国からは現金では無くNGCP 株式40%で、年間配当予想が30ミリオン。一番大きいのがJAREへの水素の売上げで、見込みですが12月迄の売上げは約400億円で、来年は1200億円の見込みです」

 沢田が言う。

「800ミリオンの現金が入ってる訳か。フィリピンに発電所を作ろうか」

 二階堂が言う。

「いろいろ調べたのですか、マニラ近郊に100MWクラスの発電所を作れば面白いと思います。大きさで言うと、今はウチの水素を使っている千葉の旧ガス発電所と同等です。通常で約25000から3万世帯の電力を供給出来ます」

 沢田が言う。

「その先があるんだろ?」

 二階堂が言う。

「その通りです。フィリピンの電力の多くを水素で賄うには最大の電力会社を買い取る、又は石油会社か電力会社にプラントを作らせるのが簡単です。しかしフィリピンは、日本が政府開発援助もしている近い国ですから、もっと違ったアプローチが出来ればと思います」

 聞いている全員が頷く。

「今現在、最大の電力会社である『MERALCO』の50%の株式を取得するのに最低でも7000億円を必要とします。マニラ首都圏ほぼ全ての電力を供給している会社です。因みにフィリピンの電力消費事情ですが、マニラの有るルソン島で約73%。セブを中心としたビサヤエリアで14%強。ミンダナオで13%弱です。発電の70%が火力発電でその内50%が石炭によるものです」

 矢部が言う。

「よく調べましたね」

 二階堂が続ける

「MERALCO がカバーしているマニラ首都圏の一角に水素発電に寄る電力の供給を始めます。従来の半分の料金で

。当然近隣の自治体や工業地帯からの要請が増えてきます。水素発電のエリアが年々増え、MERALCOの売電量が下がります。その前に株価は劇的に下がります。知っての通り、株価は実績よりもムードで動きますので。株価が今の10%まで下がった時点で買収を持ち掛けます。買収の交渉の時点でもM&Aの情報をリークすれば更に株価は下がります。完全に買収が終わった時点で水素エネルギーへの完全転換を発表し新体制の企業になると言うことで株価は持ち直します」

 矢部が言う。

「その、100MW規模の発電所に掛かる費用は?」

「土地の取得費用が日本に競べて遥かに安いので、200億円で十分です。ウチが最大株主になった送電会社のNGCPに半分を出資させる事も出来ます。当然NGCP も利益を得るので株価も上がり、配当も増えます」

 沢田が言う。

「お前アタマいいな。フィリピンの人達も安く電気を使えるよな」

「しかも環境負荷がゼロです。マニラエリアの発電所が出来たら、時間を置かずにセブエリアとミンダナオにも発電所を作り、全国的に水素化を進める事も出来るかも知れません」


 沢田の頭にはイザベルと孤児院の子供達の顔が浮かんでいた。



 


 

 


 

 

 



 

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