第38話中国政府と北朝鮮
7月8日月曜日AM 6:00
沢田はイザベルの父親と弟と共に小さなボートで漁に出ていた。
父親がボートをゆっくりと走らせ、弟が網を下ろしていく。
網を半円形に張り終わっるとボートを下がらせ、弟が水面を大きな柄杓(ひしゃく)の様な棒で叩き音を立てる。父親はボートを網と平行に走らせ、少しずつ網に近づく。沢田も水面を叩くのを手伝った。
音に驚いた魚は闇雲に逃げて網に絡まる。
ボートを再び下げて水面を叩く作業をもう一度繰り返す。
引き上げた網には沢山の魚が掛かっていた。
浜に戻るボートを数人が待っている。ボートを浜に上げるのを沢田も手伝う。
父親は網を畳みながら掛かっている魚をボートの外に置いたバケツに放り込む。
弟がバケツの魚を売る。
自分達で食べる魚はボートの中に置いたバケツに入れて取っておく。
魚は直ぐに売り切れた。父親が網と5リットルのガソリンタンクを持ち、弟がホンダの船外機を担ぐ。
沢田は魚が入ったバケツを持った。
3人で家へと歩く。
沢田は笑顔だった。こんな生活をしたかったのかも知れないと考える。
家に着きイザベルが迎えてくれる。
ご飯が炊ける匂い。
取れ立ての魚を料理する。
沢田がニヤケて食事をしているとスマホが鳴った。
二階堂の声が響く。
「さっき、成田に着きました」
「お疲れさん。どうだった?」
「予想以上の内容で契約出来ました。200ミリオンです。矢部社長には報告済みです。そっちはどうですか?」
「大漁だったよ。900ペソの売上げだ」
「900ペソですか・・・こっちは200億円ですよ」
「馬鹿。金額は問題じゃないんだよ」
「どうでもいいですけど、今日帰って来て下さい。仕事が山積みです」
「俺がやらなきゃならない仕事か?」
「沢田さん、副社長なんですから!」
「分かったよ。帰るから煩く言うな」
電話を切った沢田はイザベルを見た。
イザベルが言う。
「分かってる。忙しいんでしょ。私は大丈夫だから」
沢田は溜め息をついて、食事を続けた。
午後1時。沢田はハイドロエナジーの事務所に入っていく。
セブから自宅に帰り、シロと散歩をした後だった。
早速、社長の矢部と二階堂との話し合いが始まる。
中国各社から毎日のように問い合わせが来ていた。
中国石油(ペトロチャイナ)、中国海洋石油(CNOOC)、中国石油化工(シノペック)、石炭の神華集団、中国国電集団等、問い合わせの数は10件を越えていた。返答を遅らせていると、最後には中国政府からの問い合わせが昨日来たと言う。
矢部が言う。
「他の国と扱いを変えると聞いているので明確な返答はしていませんが」
沢田が言う。
「やっと来たか。遅すぎる位だな」
二階堂も頷いて言う。
「材料は沢山ありますね。対日的には領土問題で尖閣諸島を日本の領土だと認めさせる。他のアジア各国に対しては、南沙海域への国際裁判所の判決に背いた進出を止めさせる。『一帯一路』計画での各国への借款の利子を半減させる。北朝鮮からの石炭の輸入を直ちに中止する」
沢田が言う。
「フィリピンの送電事業から完全に手を引く」
二階堂が頷いて言う。
「全部認めさせる事が前提の取り引きをしましょう」
矢部が汗を拭きながら言う。
「そんな事が出来るんですかね?」
二階堂が答える。
「それだけ価値のある発明ですから」
沢田が二階堂に言う。
「北京に乗り込むか」
「いや、向こうに越させましょう、日本に。その前に、今出てきた条件等を北京側に送りましょう」
矢部が言う。
「それで良ければ交渉に応じると」
「その通りです。国際的な事案になりますから、総理に相談を・・」
沢田が遮る。
「しない方がいいよ。貿易問題だとか、いろいろ出てきて複雑になるだろ。フィリピンの事なんか絶対に後回しだ」
二階堂が言う。
「私の立場も考えて下さいよ」
沢田が考えて言う。
「フィリピンの送電事業をハイドロエナジーが買い取ればいいんだ」
二階堂が少し考える。
「発電事業もやればいいですね。電力不足に悩んでいる国だから助ける事にもなります」
午後7時 ハイドロエナジーから北京に文書が送られた。
契約の前提となる条件が箇条書きされた物だ。
安倍総理からは日本からの化学肥料輸出の関税撤廃等、中国の食料自給率を上げる為の内容が加えられた。
初年度の契約価格は現金ではなく、中国国家電網が保有するフィリピンの送電企業NGCP 株40%を全てハイドロエナジーに譲渡する。又中国から遠隔操作が可能になっていた電力システムを、新たにフィリピン国内NGCP での集中制御とする。
翌年度からは年間300ミリオンUSドルとし、金額は毎年10%上がり、最終的に600ミリオンUS ドルを毎年支払う事。
中国からフィリピンの送電システムには手が出せなくなる。
中国側が全てに応じる場合のみ交渉のドアが開かれる。
7月9日火曜日AM11:00
北京からの回答が来た。
『一帯一路』計画には口を出して欲しくないと言う回答だった。それ以外は受け入れると言うことだ。
北京に返答を送る。
『水素の事は忘れてくれ』
1時間後に北京からの返答。
『条件は全て受け入れる。契約の日次と場所を連絡されたし』
二階堂が言う。
「明後日でもいいですよね」
沢田が答える。
「今日でもいいよ」
二階堂が北京に回答を送る。
『2日後の7月11日。場所は東京、帝国ホテル会議室。午後3時に開始』
北京からの返答。
『お会い出来るのを楽しみにしています』
7月10日水曜日AM4:30
石川県輪島市。日本海に突き出た能登半島の海水浴場西側の砂浜にゾディアックの中型インフレータブルボートが2挺乗り上げられた。
黒い衣装に身体を包んだ8人がボートから降り立って道路に向かって走る。止まっていた2トントラックの荷台が開けられ、中から両手を拘束された12人の男女が連れ出された。
全員が頭に黒い袋を被されている。
トラックからの12人は6人ずつが2挺のボートに乗せられ、ボートは猛スピードで砂浜を離れた。
200馬力の大型船外機を付けられたボートは、水面を滑空するようなスピードで進んだ。
7月10日水曜日AM9:00
首相官邸に電話が入る。
輪島市で12人を拉致した犯人からだった。
犯人からの要求はハイドロエナジー社と中国との取り引きの中止だった。
拉致されたのは政府ともハイドロエナジーとも関わりのない一般市民だった。
12人を拉致したのは北朝鮮の工作員で、被害者達は日本海上の母船に移されていた。
中国の発電が水素に切り替えられると、北朝鮮の収入の多くを占める石炭の輸出が打撃を受ける。しかも今回の情報では、中国政府とハイドロエナジーとの契約で、北朝鮮との石炭の取引に言及している。打ち切りと言う、北にとっては衝撃的な内容の契約だった。
北朝鮮にとっては、力ずくでも契約を阻止する必要が有った。
安倍総理からの電話を受けた二階堂が沢田と矢部に事の次第を伝える。
沢田が立ち上がって言う。
「目には目を、歯には歯だよな」
沢田は輪島市に向かって飛んだ。
AM 11:30
薄曇りの海水浴場には犬の散歩をしている人しか居ない。
二階堂の要請によって輪島市の警察署から拉致被害者の情報を得た沢田は、被害者の2人が一昨日着ていた服を持っていた。
服から延びて見えた赤い線を辿って日本海に面する海水浴場の砂浜まで来た。
線は海に延びている。
飛び上がった沢田は赤い線を辿って西北西に飛んだ。
高度500メートルを保って暫く飛ぶと陸地が見えてくる。北朝鮮、元山(ウォンサン)の港だ。
赤い線は街中の3階建ての建物の中に消えていた。
建物の周囲と屋上にはAK47のライセンス生産品である58式小銃を持った朝鮮人民軍の兵士が警備に当たっている。
沢田は建物の真上から透視する。一室に12人がまとまっているのが、はっきりと見える。
部屋の前には警備が2人。
屋上にも2人。建物の周囲には10人。建物の入り口前には迷彩色に塗られたトラックが2台とジープが1台。
屋上に向かって沢田は高度を下げた。光の玉を殆んど同時に2発。兵士が倒れる前に抱き抱えて、音を立てずに横たえる。確認すると息はあるようだった。
階段室から入り3階へと降りる。
人質が入れられている部屋の前の2人が沢田を見た瞬間、光の玉。
部屋の中の12人は全員無事だった。顔に傷がある人もいない。よほど手際よく誘拐したのだろう。
12人を沢田から3メートルの距離を取って付いて来させる。
階段をゆっくりと降りる。2階は無人だった。1階の入り口内側の両脇に椅子を置いて2人が座っている。外には3人が見えた。
内側の2人を念力で動きを止めて、外から見えない場所に移動させる。
外を透視する。ドアの外に見えた3人の他にも3人がいる。
沢田は外に走り出て6人の兵士を光の玉で倒す。最後の1人が光の玉を受ける前に発泡した。
音を聞き付けて建物の横にいた兵士が4人駆けつけるが光の玉の餌食になった。
建物内に隠れていた12人を呼び、前に止まっていたトラックに乗せる。黒煙を吐いてトラックは走り出した。
運転席の沢田は助手席に座った男に聞く。
「船は操船できるか?」
男はニカッと笑って答えた。
「俺は漁師だ」
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