第37話少女サーシャ

7月6日土曜日AM8:00

 二階堂とジェーンは14歳の少女サーシャと共にインド軍兵士が運転するランドクルーザーの後部座席に座っていた。助手席にも兵士がマシンガンを抱えて座っている。

 二階堂達の後ろの3列目の席にはサーシャへの通訳の女性が乗っていた。


 ニューデリーから少女の故郷ピリビートまでは約6時間の道のりだ。


 朝7時に大統領邸を出たが、順調に行っても到着は午後1時の予定だ。

 ランドクルーザーは国道9号線を東へと走る

 所々が工事中なのか砂利道になるが、クラクションを鳴らしながら100キロ近いスピードで飛ばす。

 1時間も走るとヒンズー教の大きな寺院がいくつも目につく。


3時間半で約200キロを走破し、ランプルと言う街で食堂に入った。軽食とトイレ休憩だ。

 

 サーシャお勧めの『ラムカレー』を全員で食べる。食後に飲むのは甘いミルクティーのような『チャイ』だ。

 味の良さと、一人前が、日本円で90円と言う安さに驚く。

 

 車に乗ってからサーシャが言う。

「高級車で来た外人だから高くてもしょうがない」

 二階堂が聞き直すと、サーシャの住んでいたピリビートでは半分の値段だと言う。


 食事を挟んだが、予定通りに午後1時にサーシャの家の前に到着した。

 川沿いに並ぶ小屋の1つだった。


 近所の人達が集まってくる。

 車から降りようとするジェーンと二階堂を2人の迷彩服を着た兵士が止める。兵士達が先に降りて銃を構えると、集まってきていた全員が一歩下がる。

 兵士の1人が後ろのドアを開けて手招きする。通訳を入れて4人が車から降りた。

 

 サーシャが家から出て来ていた母親に抱きつく。兄弟達がゾロゾロと出て来る。サーシャは7人兄弟の一番上だった。

 一通りのハグが終わって全員が小屋に入っていく。

 二階堂とジェーンも通訳を伴って入ったが、その狭さと暑さに耐えられずに通訳を残して外に出た。

 外に立っていた兵士に車の中に入るように言われて従う。


 20分ほどして通訳が車に戻って来た。

 ジェーンに言う。

「あの子をここに置いていくと、又、売られてしまいます。今度はメイドではなく『女を売る場所』なのは確実です。孤児院に入れるのが最良の選択です。役場に行かなくてはならないと言って連れ出しましょう」


 親にもサーシャにも嘘を言ってサーシャ本人を連れ出した。

 走り出した車で事情を知ったサーシャは泣き出したが、通訳が説得する。


 幾つかの選択があり、孤児院に入れるか、親代わりになる人が居れば全寮制の学校に入る事も出来るらしい。又は養子として貰われるかだ。

 サーシャの容姿からして、養女としつ貰われて行った先での性的な暴力が心配だと通訳は言った。


 二階堂が言った。

「私が親代わりになりましょう。学校に入って勉強させるのが一番だ」


 ニューデリーに戻り、大統領付きの弁護士に相談する。

 外国人が親代わりになるのは難しいのだ。


 20分ほどを掛けて2箇所に電話した弁護士の政治力によって、二階堂が保証人兼親代わりとして認められ、全寮制の学校に入学が許された。


 二階堂が弁護士にお礼として1000ドルを差し出すと、10枚の100ドル札は瞬間的に消えた。


 学校の費用は二階堂が日本から学校に送金する事になった。

 取りあえずの寮費500ドルを学校に渡し、サーシャには必要な物を買うために500ドルを渡した。


 これは幾らなのかと聞くので約35000ルピーだと二階堂が言うと、サーシャは手の中の5枚の100ドル札を見つめた。

 サーシャには生まれて初めて目にする大金だった。


 明日は通訳の女性が、サーシャと買い物に行き、学校で必要な物や服を買い揃える。


 サーシャは今日から学校の寮で寝る事になる。サーシャの部屋を親代わりの二階堂とジェーンが見に行くと、ベッドとエアコン、机が有り快適に過ごせそうだった。


 別れ際にサーシャは二階堂に抱きついて礼を言った。 

 二階堂は言葉に詰まったが、サーシャを抱き締めて言う。

「俺の事を父親と思ってくれていい。困った事が有ったら連絡しなさい」

 そう言ってメールアドレスと電話番号、それに自分の名前をメモ帳に書いて渡した。

 サーシャはメモ帳と二階堂の顔を交互に見て言った。

「ニカイド・・・マイ ダディ」


 二階堂は通訳の女性にも300ドルを渡して言う。

「頼んだよ。時間が出来たら様子を見に来るよ」

 

 サーシャにとって、産まれて初めての学校だった。

 読み書きが殆んど出来ない彼女にとっては大変な毎日が始まるのだろうが、サーシャの顔は興奮に輝いていた。


 義務教育となっている初等教育8年間を14歳でスタートする。

 


翌7月7日 日曜日

 二階堂とジェーンは、2人が未だに帰国していないのを知った石油会社役員と昼食を共にした。

 ムハンマドという名前の彼は、ヒンズー教徒が多いインドでは少数派のイスラム教徒だった。

 彫りの深い顔立ちに輝く濃いグリーンの眼は、二階堂に遣り手を思わせたが、微笑んだ顔は暖かく、イスラム教の元となったモハメッドもこんな笑顔を見せたのではないかと想像させた。


 直感的に『この男は信じられる』と思った二階堂はサーシャの事を話した。


 ことの成り行きを聞き終わったムハンマドは二階堂とジェーンの手を取って言った。

「ありがとう。インドの少女を救ってくれて感謝します。もし良ければ、私もその少女の身元保証人の一人に加えて貰えないか?」


 昼食後、二階堂とジェーンは、ムハンマドの社の顧問弁護士を訪ね、彼がサーシャの保証人となるのに必要な書類にサインした。親代わりの二階堂のサインだ。


 今後、サーシャの学校の費用などは全てムハンマドが払うと言い、いつでも様子を見に日本から来てくれと言われる。


 日曜日に無理やり開けさせた弁護士事務所を出て、ムハンマドの家に2人は招待された。

 大統領の邸宅に引けを取らない豪邸に二階堂とジェーンは驚いた。

 サーシャの学校に掛かる年間約100万円等は彼のポケットマナーに過ぎないと納得する。


PM 8:20 デリー発成田行きのJAL機でインドを離れる。

 二階堂は、搭乗口まで通訳と一緒に見送ってくれたサーシャの顔を思い出していた。

『元気で頑張れ』

 別れ際には、それしか言えなかった。


 

 

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