第35話孤児院のイザベル
7月4日木曜日AM10:30
ヨーロッパからの石油メジャー3社のエンジニア達は、JAREの水素プラント3ヶ所の最後の場所で写真を撮っていた。
6人のエンジニアは各々の言葉で相方と話していたが、全員が満足げな顔をしている。
明日の朝、羽田からシェルのプライベートジェットで帰国する。
通訳で彼らに同行していたジェーンも役目を殆んど終えていた。
フランス『トタル』のエンジニアに口説かれて疲れてはいたが、明日で解放されると思うと自然と明るく振る舞う。
随時、二階堂に報告の電話を入れていた。二階堂を経由して、彼らの動向は安部総理にも伝わる。
茂原市のゴルフ場には『ハイドロエナジー』の看板が立てられていた。
昨日、土地取引が終了し、ゴルフ場はハイドロエナジー社の所有地になっていた。
ゴルフ場の15番ホールを黄色のFJクルーザーが走っている。
運転席には沢田。助手席にはシロが座っていた。
コースの一番高い部分のグリーン近くに車を止める。
運転席から降りた沢田はゴルフ場を見渡して背伸びをした。
シロは助手席から降りて沢田を見上げて言う。
「広くて綺麗だね」
「ここに家を建てて住むんだ」
「そうなんだ・・・海もいいけどね」
「そう言うな。一日中走り回れるぞ」
「いいね。でも一人は嫌だな」
「沢山の社員達と住むんだよ。俺が出掛けてても遊んでくれる人がいるさ」
「・・・」
シロはグリーンから走り降りて行った。沢田が後を追いかける。
絡み付く様に2人は走った。
12番ホールのフェアウェイ上で沢田とシロな寝転がった。
ゴルフ場に住むなどとは少し前まで考えてもいなかった。
突然シロが林の方に向かって走り出した。沢田がシロの行く手を見ると鹿が2頭歩いている。
シロに気がついた2頭の鹿は林に逃げ込み、その向こうのフェンスを飛び越えて出て行った。
シロは楽しそうだ。沢田の元に戻ってきて言う。
「今の何?大きい動物だね。友達になれるかな」
「今度会ったら話してみろよ。いきなり追いかけちゃ駄目だ」
「そうするよ」
沢田がシロを連れて事務所に戻ると二階堂が設計士を連れて来ている。
大手ゼネコンの1級建築士だと言って名刺を渡してくる。沢田も副社長の名刺を渡した。
地上8階地下1階建ての60戸が2棟と発電所。2棟は100メートルの間隔を開け、中央にスポーツジムや集会室が入った2階建て。その屋上にヘリポートを作る。
外壁と屋上は通常のマンションの5倍の強度で設計するので、ゲリラが使うRPG程度では破壊は不可能だと言う。
120戸の住居は間取りを5パターン用意して住む人に選んで貰い、内装は注文に応じると言う事だ。
建築士が説明を続ける。
水素発電所は最大出力2MKWの物を建設する。120戸全部の住人が5KWの電力を一斉に使っても0.6MKWなので十分過ぎる。
夜間には敷地内をくまなく照らす照明を設置し、敷地を囲うフェンスを頑丈な物に換える。
敷地内の約1ヘクタールに残る林を伐採しゴルフコースへの野生動物の被害を防ぐ。
沢田が言った。
「林はそのままでいいよ。全部を人工的にするのは嫌だな」
シロと鹿の事を考えていた。
建築士が答える。
「そうですか。それは後になってからでも必要だったら言ってください」
沢田の横に座っていたシロが沢田の考えを読み取って言う。
「シカって言うのか。あの大きい奴は。片方はツノが有ったな」
「お前は犬以外とも話せるのか?」
「猫とは話せたよ」
「そうか。俺にはお前の言葉しか分からないや」
「つまらないね」
「そうでも無いけどな」
建築士との打ち合わせが終わり、沢田と矢部に二階堂が言う。
「石油6大メジャーとの契約は殆んど完了ですね。次は世界で3番目に原油の消費量が多いインドを攻めたいと思っています。インドが水素発電に転換すれば、原油消費量が2番目の中国が黙っていないです。中国とは通常の契約だけでなく何かを条件に出来ると思いますので後にしましょう」
沢田はフィリピンの送電事業の事を言った。
二階堂はニヤリと笑って頷いた。
7月5日金曜日
ヨーロッパからのエンジニア6人を送りだし、二階堂とジェーンはインドへ向かった。
沢田はセブへと飛んだ。
インドには数社の石油会社があるが、その殆んどが国営、又は国が株式の半数以上を保持している準国営企業だ。
沢田とジェーンがフランス滞在中に既に二階堂はインド政府との交渉を開始していた。
今回は到着翌日に、政府の役人と各企業の代表と会談する運びになっていた。
首都デリーの『インディラ・ガンディー国際空港』には国旗を掲揚したリンカーンのリムジンが迎えに来ていた。走り出したリムジンは、前後を軍の車に守られている。
政府要人待遇で二階堂とジェーンは迎えられた。
沢田は革のジャケットとパンツを着て飛んでいた。
高度13000メートルまで上がると地上よりも78度も気温が下がる。
革の服は上空では凍りつくが、高度を下げて気温が上がると柔軟性を取り戻す。動物の革は大した物だと沢田は感心した。
気圧は5分の1以下だが、飛行の最大の敵である空気抵抗も低い。
20分は気を失わずに飛べる。
たまに高度を下げて血中酸素濃度を上げてから高度を再び上げる。
セブには約1時間で到着した。平均でマッハ3が出ていた事になる。
午前11時。セブ島、ダナオの浜辺に着地し、沢田は海に面したイザベルの家を訪ねる。
中にいた母親が抱きついてくる。
何かを言うが良く分からない。
うろ覚えのタガログ語で聞く。
「ナサアン シ イザベル (イザベルは何処?)」
母親が指を指す。
「ドオン マラヨ(あっち、遠いよ)」
話にならない。母親を連れ出してトライシクルに乗った。
トライシクルが着いたのは古い公民館のような建物だ。
中へと歩く母親に沢田は付いて行く。子供達の声が聞こえてくる。
更に中へと進む。大勢の子供達の中にイザベルの姿が見える。
教室の様な建物だ。
細長い座卓が並び、子供達が床に座って前を見ている。見ている先にイザベルの姿。
黒板には英単語が書かれていてイザベルの後に子供達が発音する。
沢田は母親と並んで、暫く様子を見ていた。
イザベルの顔は生き生きと輝いていた。
子供の1人が沢田の姿を見つけ隣の子に教える。次第に教室がざわつき始めて、イザベルが沢田と母親の姿に気がついた。
沢田に歩み寄ったイザベルは抱きついた。子供達が一斉に囃し立てる。
イザベルと沢田は授業時間が終わって海沿いの道を歩いていた。
沢田が言う。
「孤児院に行ってるとは思わなかったよ」
「前からセブに帰ってきた時に、一度は行ってたの。お菓子なんかを沢山持って」
「孤児院では子供達はお菓子を食べられないのか?」
「そんな余裕無いわ。厳しい時は1日2食にしたり、お粥にして米の量を嵩増して食べさせてるって」
「孤児院の予算はどうなってるんだ?」
「有志の寄付だけ。政府からは1ペソも出ないの」
「俺達が寄付しよう」
イザベルは沢田に抱きついた。
そのまま2人は両替商に行き、沢田が持ってきていた100万円をペソに両替した。46万ペソになり、イザベルに全部渡した。
「寄付の仕方は任せるよ。取り敢えず、お菓子を買って持って行ってやろうよ」
イザベルと沢田はマーケットで沢山のお菓子を買って孤児院に戻った。
子供達の前でイザベルが沢田を子供達に改めて紹介した。
お菓子は沢田からのプレゼントだと言う。
沢田は一躍子供達の人気者になった。
孤児院の院長に、イザベルが沢田からだと言って10万ペソを寄付する。
スタッフの人件費を払うのが遅れて大変だったらしく、院長は沢田の手を額に押し付けて感謝した。
毎月10万ペソを寄付出来る予定だとイザベルが言うと、院長は涙を流した。
天使サイラは遥か上空から2人の様子を見ていた。
「いいですね。分け合う気持ちが大切です」
宇宙船ミルキー号からも銀河系の神であるミルキーが、サイラが力を与えたメシア、沢田を見下ろしていた。
「持つ者が持たざる者を助けるのは当たり前です」
メシアとなった者には神は厳しいのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます