第32話トタルとの会談

6月29日土曜日AM10:00

 フランスの石油メジャー『トタル』との会談は沢田とジェーンの泊まる、フォーシーズンズ・ホテルの会議室で行われた。


 大きな楕円形のテーブルにはオブザーバーとして、大統領と補佐官2人。

 トタル社からCEOと秘書2人、技術担当重役と2人のエンジニア、セールス担当重役、2人のトタル社からの弁護士が沢田とジェーンと共にテーブルを囲んでいる。

 壁際と会議室の出入口にはボディーガードが立っている。


 各々の紹介が終わり、一同は大きなモニターに写し出されるビデオ映像を見ていた。

 水から水素が分解される基本的な説明が終わり、画面にはアメリカのエクソンモービルの水素プラントが映し出される。

 『オオー!』

 と言う、感嘆の声があがる。

 プラントのタンクにはエクソンモービルの大きなロゴと、菱形のマークの中に書かれたハイドロエナジーのロゴが見える。

 映像のナレーションはジェーンがフランス語で入れた物だった。

 

 ビデオの最後は、『エクソンモービル』『シェブロン』『コノコフィリップス』のスーパーメジャー3社によって、3年以内にアメリカの電力の70%が水素発電に置き換えられ、核廃棄物処理に問題を残している原発は無くなるであろうと締めくくられた。


 CO2削減の為に原発を強力に推し進めてきたフランス政府だったが、原発の負の部分から目を背けるしかなかったのは事実だ。


 ビデオが終わるとマクロン大統領が立ち上がって言った。

「我が国の発電を水素に切り替えていこう。計画中の原発の建設は全て中止だ」


 1時間後、トタルCEOがハイドロエナジーとの契約書にサインをした。

 証人には個人としての大統領と弁護士がサインをした。

 契約の内容も金額もアメリカメジャー達と同一だった。


 会談が終わり、会議室から出ていく人を見送る沢田にマクロン大統領が英語で声を掛ける。

「昨日は大変だったようですね」

 沢田は一瞬、大統領が何を言っているのかが分からなかった。

 大統領が続ける。

「マクロンだと言っても警察には、なかなか信じて貰えなくてね」

 沢田は昨日の取調室への電話を思い出した。

「あっ、本当に済みませんでした。お手数を掛けてしまい・・・」

「いや、何より無事で良かった。ああいった外国人を狙った若者達がいるのもパリの・・フランスの恥ですから。3人にナイフで襲われたそうですが、あなたに怪我は無かったのですか?」

 沢田はジャケットに空いた小さな穴を大統領に見せた。

「これだけです」

「身体には?」

「何とも無いです」

「それは良かった。後でジャケットをプレゼントします。滞在はこのホテルでしたね」

「はい、そうですがジャケットはいいですから」

「そう言わずに受け取って下さい」


 マクロン大統領一行とトタル一行は帰っていった。


 沢田とジェーンは会談の緊張から解き放たれ、昨晩と同じレストラン『ラ・ジョージ』でワインの祝杯を挙げた。正方形のテーブルの、ジェーンの隣の辺に座った沢田がキスしようとするが、顔を押し戻される。

「結婚したばかりでしょ」

「おめでとうのキスだよ」

「嘘。唇に向かって来たし」

「バレた?」

「とにかく、仕事は全部上手く行きましたね。お疲れ様でした」

 

 2人の元に白髪の紳士が近寄ってきて沢田に声を掛ける。

 ジェーンが通訳する。

「服の採寸をしたいって。マクロン大統領に言われて来たんだって」

「本当にプレゼントしてくれるのか」


 食事を終えて3人で沢田の部屋に移った。沢田はパンツ一枚の格好で指示に従う。30箇所以上のサイズを測り男は帰って行った。

 ジェーンが言う。

「明後日には出来上がりを持って来るって。日本に帰る前日ね」

「早いな・・・ちょっと疲れたから昼寝でもするか。一緒に寝る?」

「ダメです。明日と明後日はトタルが観光に連れてってくれるって。今日は部屋でゆっくりして下さい」

「1人で?」

「そうです!」


 ジェーンは自分の部屋に帰った。

 午後4時に叔母かホテルに訪ねて来る事になっていた。ジェーンの若くして亡くなった父親はフランス人だった。


 部屋で1人になった沢田は日本の矢部に電話し、フランス『トタル社』との契約が上手く行ったと伝えた。

 電話で矢部の声が響く。

「また、100億円入って来ますね!」

「7月2日に予定通り帰るけど、トタルの技術者が一緒に来るみたいだから、設計のデータを用意しておいて。JARE のプラントも見たいらしいよ」

「そのJARE ですが、3箇所とも今日から運転を開始してます。うちの技術者が張り切ってますよ」


 電話を終えた沢田は時計を見た。

 午後3時だ。小さな穴の空いたジャケットを着て、沢田は外に出た。

 シャンゼリゼ通りの角に有ったルイ・ヴィトンに入り、大きめのボストンバックを買った。

 デザインがいろいろ有ると言われたが、一番丈夫な物と言うと、オーソドックスなデザインの茶色の物を薦められた。

 バック1つで3000ユーロもしたが、長く使えると考え、カードで支払った。セブにいるイザベルにも何か買って行こうかと考えたが、無駄遣いだと言われそうな気がして止めた。

 矢部の妻の房江に小さめのショルダーバッグを買った。オーソドックスな茶色の中に赤が取り入れられ、新しいデザインだと言う。2200ユーロだった。

 店員は大袈裟な箱に各々のバックを入れようとするが、ショルダーバッグだけを箱に入れて貰い、その箱をボストンバックに入れて店を出た。 


 沢田は一旦ホテルの部屋に荷物を置き、再度ホテルを出た。ホテルのロビーでジェーンと初老の婦人が話しているのを目にしたが、見つからないようにホテルから出た。


 沢田は裏のマルソー通りに回り込み立ち止まる。人通りが途切れるのを待って飛び上がった。一気に高度を500メートルに上げる。


 パリの街並みが一望できた。

 南西方向にエッフェル塔が見える。

 塔の上を一回りしてセーヌ川に沿って飛ぶと、自由の女神が見えた。沢田の目には随分と小さかった。

 西に向かうと眼下に森が広がる。ブローニュの森だ。森の上を一回りしてホテルに戻って来た。

 

 午後7時。ラ・アベニューというフランス料理の店に沢田とジェーン、ジェーンの叔母で来ていた。

 周囲は、ファッション業界の本拠地らしく、着飾った人が多かった。


 外に置かれたテーブルは雰囲気も良く、ジェーンと叔母の話題は尽きる事が無かった。話題が沢田に移ると2人は涙を流して笑った。2人のフランス語の会話は分からなかったが沢田も笑った。それを見て2人は更に笑った。


 叔母はゆっくりとした英語でジェーンの生い立ちを沢田に話した。

 フランスに住んでいたジェーンが12歳の時に父親が病気で亡くなり、日本人の母親と日本に移り住んだ。

 母親の両親はフランス人との結婚に反対していて、駆け落ちの様に日本を出たのだが、娘を連れて帰国した母子を両親は受け入れた。

 亡くなった父親の十分な年金が有った為に生活には困らなかった。

 ジェーンはアメリカンスクールに入り、完全な英語環境で学校生活を送り、家では母親の日本語教育で言葉には不自由しなくなった。


 JIAの職員になっている事まではフランス人の叔母は知らなかった。

 商社で働いているとジェーンは告げていた。ジェーンの日本の祖父母もそう思っている。家族で知っているのは母親だけだった。


 食事が終わり、叔母をタクシーに乗せて送り出し、沢田とジェーンはホテルへと歩いた。

 



 


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