第31話 凱旋門

6月28日PM6:30

 沢田とジェーンはパリ8区、ジョルジオ・サンク通りの『フォーシーズンズ・パリホテル』にチェックインしていた。

 オルセー美術館の計らいでジュニアスイートが2部屋、4泊取られていた。


 ホテルのバーで2人は向き合って座っていた。

 ジェーンが言う。

「お願いしますから仕事の前は飲まないで」

「酒は抜けてたよ」

「嘘を言っても顔を見れば分かります。匂いもするし」

 ウェイターが歩いてくる。

 沢田が言う。

「ワインをグラスで。ジェーンも飲むよね? 仕事は終わったし」

 ジェーンは呆れて答える。

「頂きます!」

「じゃあボトルで」

 ジェーンが言う。

「グラスで2つ!」 

 ウェイターが沢田にワインリストを見せ、グラス売り出来る部分を指差す。上から値段の高い順に並んでいる。沢田は一番上の赤ワインを指差して『2つ』と言った。

 グラス1杯で50ユーロもするワインだったが気にしない。請求はパリ市へ行く。立ち去ろうとするウェイターにチーズの盛り合わせも頼んだ。


 午後7時半。沢田は、ほろ酔い気分でホテルから出掛けた。結局グラスに3杯のワインを飲んでいた。ジェーンには部屋で休むと言ってあった。


 ジェーンは自分の部屋で水素関連のプレゼンテーションの復習をしている。


 目の前のジョルジオ・サンク通りを左に歩くと、直ぐにシャンゼリゼ通りに出る。

 交差点の角に『ルイヴィトン』の店が沢田の目にはいる。

 シャンゼリゼ通りに出て片側5車線の道路の先を見ると凱旋門が見える。


 沢田はシャンゼリゼ通りを1人で散歩する事にした。夕食は9時からとジェーンと約束していた。


 ブランドショップやBoss、Nespresso 等と言う日本でも見たことがある看板も目にする。


 10分も掛からずに凱旋門の有る『シャルル・ド・ゴール広場』に出た。

 凱旋門の周りを沢山の車が反時計廻りに廻っている。12本の道路がシャルルドゴール広場に接続されており、凱旋門の周りを回って目的の方向へ出ていく。ランナバウト式と言うやつだ。


 沢田は車の切れ目を見つけて素早く中央の凱旋門側に渡った。

『エトワール凱旋門』を見上げる。

 新古典主義と言われる建築様式の建造物を見入った。

 ナポレオンが建造を命じた事は沢田も知っていた。

 

 沢田は突然2人の男に両側から挟まれた。男の手を見ると、ナイフを沢田の腹に当てている。10代とも見える若い連中だ。1人の男が英語で言う。

「マネー!」

 もう1人が言う。

「チャイニーズ?ジャパニーズ?」

 沢田は面倒になり2人を殴り倒した。その時脇腹に何かがぶつかって来た。見ると別の男が沢田の脇腹にナイフを突き立てている。

 突き立てたナイフが曲がっていた。

 その男も殴り倒して自分の服を見ると、スーツのジャケットが少し切れている。

 ナイフはスーツを切ったが身体には刺さらなかったのだ。

 倒れている3人は気を失っているだけで息は有った。


 駆け付けた警察官達に沢田は囲まれた。銃を向けられる。フランス語で何か言われるが分からない。

 取り敢えず手を挙げた。

 通報したと思われる女性が何かを警察官に話すと警察官達は銃を下げて、倒れている男達の状態を診た。


 沢田は警察署に連れて行かれた。


 警察署の取調室で2人の警察官が沢田に向かい合う。1人は私服で偉そうにしている。警部だと言う。

 警部が沢田に言う。

「目撃者がいたから、あなたが襲われたのは確かな様だが、彼らは相当な怪我だよ。1人は前歯が全部無くなっている。あんた、ボクサーなのか?」

「空手だよ」

 日本人なので簡単に信じて貰えた。

「フランスに何をしに来た?観光か?」

「まあね」

「正当防衛なので、直ぐに釈放したい所だが、連中の1人の親が傷害で訴えると言ってるんだよ。明日、他の目撃者の証言も整理して釈放出来ると思うから、一晩だけ泊まって行って貰おうかな」

「それは困ったな。電話してもいいか?」

 沢田は了解を取って二階堂に電話した。ジェーンに言うと小言が煩いと思ったのだ。

 二階堂に説明する。電話の向こうでは二階堂が笑って言う。

「相手は大丈夫なんですか?」

「俺の無事は聞かないのか?」

「聞きませんよ。不良共も命が有って良かった」

 沢田は警察署の電話番号と担当の刑事の名前を教えて電話を切った。


 5分後に取調室の電話が鳴った。

 担当の刑事は話し初めて直ぐに立ち上がった。何か緊張して話している。

 電話を切ると沢田に引き吊った笑顔を向けて言う。

「ムッシュ・・・」

 沢田が聞く。

「誰から?」

「マクロン大統領からです、ミスター沢田。失礼しました。直ぐにホテルまでお送りします」


 沢田がホテルのエントランスで警察の車から降りると、ジェーンが立っていた。

 腰に手を当てている。怒っているようだ。

 沢田が言う。

「あれっ。9時過ぎちゃったね。ゴメンゴメン。お腹空いた?」

「もう、部屋で休むって言ってたじゃないですか。二階堂から全部聞いてます・・・食事にしましょう」


 2人はホテル内の『ラ・ジョージ』と言うレストランで、ジェーンの選んだディナーコースを楽しんでいた。

 沢田がジェーンに言う。

「旨いな。これが地中海料理って言うのか?」

「パリで有名な店なんです」

「皿がデカイな。料理の割に」

 ジェーンは思わず笑ってしまった。

 このレストランには何度かランチで来たことが有ったが、『皿が大きい』と言ったのは沢田が始めてだった。

「盛り付けが綺麗でしょ。他のテーブルを見て。料理の写真を撮ってる人もいる」

 沢田が店内を見渡して言う。

「宮殿の中みたいだな」

「雰囲気もいいでしょ。私はディナーで来るのは始めて。高いから」


 コースの最後にデザートのジェラートとコーヒーがテーブルに置かれた。

 沢田はコーヒーには手を着けずにグラスに残っていたワインを飲み干した。ワインボトルを見ると空になっている。

 ジェーンが沢田に聞く。

「相手は酷い怪我したの?」

「前歯が無くなる位だよ」

「それって大変な事よ」

「俺だって刺されたんだよ」

 沢田は思い出すようにジャケットの穴をジェーンに見せて言う。

「これ、目立たないよね。この穴」

「そこを刺されたの?」

「そうなんだよ、酷いだろ。シャツも少し切れてる。シャツは替えが有るからいいけど」

 沢田はジャケットの内側から、自分の指を穴から出して見せている。

 ジェーンは笑いながらコーヒーを飲んだ。


 

 


 


 

 

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