第30話オルセー美術館
6月26日PM8:00
ココパーム・リゾートのレストランで沢田とイザベル、二階堂の3人は夕食を摂っていた。
二階堂が沢田に言う。
「明日は朝食を食べてから11時には出ますからね。チケットを買うんでパスポートを貸して下さい」
「無いよ」
「無いってどういう事ですか!」
「飛んで来たから」
二階堂は頭を抱える。
「どうしますか・・・飛んで帰るか、領事館に言って出国用のパスポートを出して貰うか」
「領事館に言えば間に合うの?」
「飛行機で帰るのなら間に合わせるしか無いですよ」
「じゃあそうしてくれる?」
沢田は言われるままに、名前・生年月日等を紙に書いた。
二階堂は頭を掻きながら席を立った。
部屋に帰った二階堂は日本のJIA事務所に電話し、沢田の臨時出国用のパスポートをセブの領事館に出させ、明日、セブの空港に持って来させる手配を言いつけた。
二階堂がレストランに戻ると2人の姿は無かった。
「全く、勝手なんだから・・・」
独り言を言った二階堂はビールを注文し、1人で飲んだ。
6月27日木曜日
ダナオからのタクシーの中で寝ていた沢田は、セブ空港に到着後も半分眠っているようだった。
イザベルと明け方まで今後の事を話し込んでいたので、寝不足だった。
国際線ターミナルの入り口に領事館の職員2人が緊張の面持ちで立っていた。
どこからの圧力で領事館を動かしたのかは沢田には分からないが、馬鹿丁寧に送り出してくれた。
出国用の一次パスポートを受け取り、問題なくフィリピンエアラインのビジネスクラスに乗ることが出来た。
離陸後、沢田はシートをリクライニングさせ二階堂に言った。
「着陸まで起こさないで」
イビキをかく沢田の顔に二階堂はブランケットを掛けた。
PM8:30
成田に定刻通りに到着した二階堂と沢田は迎えのクラウンの中にいた。運転席にはJIAの男性職員がいる。
沢田が言う。
「どこ行くの?」
「今晩は品川プリンスに泊まって貰います。羽田まで近いので。その前に、沢田さんの家に行きますのでパスポートを取ってきて下さい」
「明日は何時の便?」
「10時55分の便ですがフランスへの荷物の積み込みも有るので朝8時には羽田に行きます」
「実際にチェックインするのは9時でも十分だな」
「まあ、そうですけど。早めにチェックインしてファーストクラスのラウンジでゆっくりするのもいいと思いますよ」
沢田は少し考えて言う。
「今日は自分の家で寝て、明日の朝行くよ、羽田に」
「山武からだと時間が掛かります」
「飛んで行くから大丈夫だ」
「しょうがないな。9時にはJALのチェックインカウンターに行って下さいよ」
「分かってるって。車停めて。ここでいいから」
成田から九十九里方向に向かう一般道で沢田はクラウンから降りた。
二階堂が言う。
「朝、電話しますから。遅刻厳禁ですよ!」
沢田は片手を上げて見せ、飛び立った。
沢田はシロが気になっていたのだ。
隣の家へのお土産を忘れていたのに気がつく。
人目が無いのを確認し、家の前に着地する。玄関ドアを開けると、音を聞き付けたシロが隣の家から吠える。
「帰って来たの?」
「おう。ちょっと待ってろ」
シロは大人しくなる。
家に入った沢田は封筒を見つけ、中に1万円札を3枚入れた。
隣の家を訪ねる。シロを預かって貰ったお礼だと言って封筒を渡した。
沢田とシロは夜の砂浜を走った。
沢田にはシロの声が聞こえる。
「楽しい!やっぱり走るのは楽しい!」
「散歩は連れてってくれたか?」
「2回だけだよ。しかも紐に繋がれてたから走れなかった」
「しょうがないな。腹減ってないか?」
「肉、有るの?」
「冷蔵庫に入ってたと思う。レンジで解凍すれば食べられる」
「食べたい!」
シロは、キッチンの隅で鼻を鳴らしながら牛肉を食べた。
「旨いか?」
「うん。ドックフードは嫌だな。他に無いから食べたけど」
「あのな・・・明日から又、出掛けないとならないんだ」
シロはため息をついて床に伏せた。
「またなの? 何日?」
「4泊で行ってくる。4回寝て、起きた日に戻ってくる。矢部さんがシロを預かってくれるけど、いいか?」
「しょうがないな。隣の家でいいよ。他の犬がいるから楽しいし。あいつらに、やってはいけない事を少しずつ教えてるんだ」
「先生だな。偉いぞシロ」
「帰って来たら毎日肉だからね」
「分かってるよ」
6月28日金曜日AM8:00
沢田はシロとの散歩を終えて、牛肉を食べさせて隣家にシロを預けに行った。3万円が効いたのか、笑顔で了解してくれた。
ボストンバックに下着類やシャツの着替えを入れ、スーツを着た。パスポートを確認し財布と一緒にポケットにしまう。洗面用具はホテルに有ると思い持っていかない。
シロの肉と一緒に解凍してあった肉だけを軽く焼いて食べる。羽田まで行けば何か食べられると思った。
コーヒーを飲んでいるとスマホが鳴っている。ディスプレイにはAM9:00と時刻が表示されていた。
沢田が電話に出る。
ジェーンの声。
「今、何処ですか? 8時前に二階堂さんが電話しても出ないって言うし。チェックインの時間ですよ」
「もうすぐ着く。あと10分」
「分かりました。チェックインカウンターで待ってます」
沢田はボストンバックを持ち、戸締まりを確認して飛び上がった。
シロが隣家の庭から上を見上げて吠える。
「早く帰ってきてね」
ジェーンは沢田への連絡が付いた事に安心し、二階堂に電話する。
「あと10分で沢田さんと合流します。荷物は大丈夫ですね?」
「大丈夫だ。政府扱いの荷物だから税関も問題なかった。向こうでの受け取りも心配ないよ」
更に万が一の場合の、CIAと共同で使うセーフハウスの住所を確認した。
ジェーンが電話を終えて振り向くと沢田が立っていた。
ジェーンが笑い出す。
「その頭、どうにかなりませんか?」
沢田の少なくなり掛けた10センチ程の長さの髪の毛が爆発したように立っていた。
JALの個室のようなファーストクラスで快適な時間を過ごせたジェーンは、着陸の1時間前と言うアナウンスを聞き席を立った。
沢田の席を訪ねる。沢田はフラットに倒したシートで寝ていた。前のテーブルにはワインの小瓶が3本、空になって置いてある。
ジェーンはCAのセクションに行き、沢田にアルコール類をこれ以上出さないように頼んだ。
JAL機は定刻通り15時40分にシャルルドゴール空港に着陸した。
イミグレーションを過ぎ税関を出ると、スーツ姿の女性がジェーンに声を掛けてくる。出迎えだ。
出迎えにはオルセー美術館の館長と警備の3人が一緒だった。
更に別の4人が国際貨物口で荷物を受け取っていた。
外に出ると黒塗りのシトロエンC6が3台とメルセデスのバンが待っていた。荷物はバンに、沢田達はシトロエンで空港を離れた。
行き先はオルセー美術館だ。
通常は午後6時閉館の美術館も今日は5時で閉館すると館長が言う。
フランス語で話す館長の言葉をジェーンが沢田に通訳した。
沢田は、あまり喋るなとジェーンに言われていた。アルコールの匂いが酷いと言われた。
空港からオルセー美術館までは南西に約25キロ。普段なら渋滞によって1時間半以上の道のりだが、警察のオートバイ4台による先導で1時間も掛からずに到着した。
『落ち穂拾い』の贋作が展示スペースから降ろされ、入れ替わりに日本から持ってきた本物が展示される、
作業が終わると館長は大きなため息を吐き出し、涙目で沢田とジェーンに握手を求めた。
館長は2人を夕食に誘ったが、ジェーンが言った。
「何処から誰に見られているかも分からないので、荷物を持ってきた日本からの2人と夕食を共にするのは、いい考えではないです」
館長がジェーンの手を握って言う。
「感謝しても仕切れない。本当にありがとう」
と言ってジェーンの頬にキスをした。ボーッと見ていた沢田も館長に抱き寄せられてキスをされた。
『キスしてくれるならジェーンのキスがいいな』
アルコールの残る頭で沢田は思っていた。
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