第28話新たな力

6月22日土曜日AM8:00

 ベッドで目を覚ましたイザベルは、隣で口を開けて寝ている男の顔を見た。

 間の抜けた顔は決してハンサムでは無いが落ち着きを感じる。肌を合わせた今となっては愛おしささえ感じていた。


 ベッドから起き上がり裸のままバスルームへ歩いた。その後ろ姿は完璧なバランスだ。格闘技で鍛え上げられた筋肉を、柔らかな肌が包み隠している。

 

 イザベルがシャワーを終えて、服を着てバスルームから出てくると、ベッドの上では沢田が目を覚まして座っていた。

 サイドテーブルに置いてあったルームサービスのメニューを見ている。

 イザベルに気がつき沢田が言う。

「おはよう・・・腹減ったな」

「おはよう。私もお腹すいた」

 イザベルは沢田の横に座る。

 沢田がイザベルの肩を引き寄せてキスする。

「イザベルを食べたい」

「沢山食べたでしょ。また今晩ね・・いつまでフィリピンに居られるの?」

「3、4日はいられそうだ」

「日本で忙しいんだね」

「フランスに行かなきゃならない」

「いいなぁ。私もパリに行ってみたい。何しに行くの?・・もし、機密だったらいいけど」

「石油関係の会社とミーティングなんだ。それと、これは秘密だけど、絵を返しに行く。有名な絵が盗まれてたのを日本で発見してね。それをパリに返すんだ」

「どんな絵なの?」

「何だったかな。何とか拾いって言ってたな。俺、絵は詳しく無いから」

「もしかして『落ち穂拾い』? ミレーの」

「それそれ。今、美術館に飾られてるのは偽物で、本物を持っていって分からないように取り替えるんだ」

「沢田さん、凄い事をしてるね」

「俺の事は『ジュン』でいいよ」

「分かった、ジュン」

「それと、イザベルがシャワー浴びてる間に考えてたんだけどね。フィリピンの送電の事だけど、フランスの件が終わったら、中国政府と水素を絡めて掛け合ってみるよ。連中も喉から手が出る程、クリーンなエネルギーが欲しい筈だから」

 イザベルは何も言わずに沢田に抱きついた。


 朝食をルームサービスで終えた2人は沢田の能力について話した。

 イザベルが言う。

「念力が使えて空を飛べるんでしよ。もし敵と戦ったとしたら、何か飛び道具が欲しいわね」

「映画みたいに目からレーザー光線が出るとか?」

「そうそう。ドラゴンボールっていうアニメーション知ってる?」

「知ってるよ。日本のアニメだから」

「そうか。あれの『カメハメハ』みたいなの出来ないかな」


 沢田はイザベルに言われるがままに、神経を集中し、いろいろな事を試した。物を凝視しても目からは何も出ず、下腹に力を入れて『カメハメハ』を打とうとしても屁が出るだけだった。

 真剣な目で見ていたイザベルは笑い転げる。


 諦めてテーブルの上にあったグラスを念力で取ろうと手を伸ばして意識を集中するとイザベルに止められる。

「まって。今、グラスを取ろうとしたでしょ。ジュンの手が光ってた。物に集中するんじゃなくて、自分の手に集中してみて。力を手に貯めるの。それを一気に放出出来たら凄いかも知れない」

「やってみるか」

 沢田はグラスに向けて手をかざし、意識を自分の手に集中した。手が暖かくなり光ってくる。更に集中すると、かざしている右手が白く光り輝いた。

 イザベルが叫ぶ。

「リリースして!」

 沢田はグラスに向けて力を放った。

 前に突き出した右手から光の玉が飛び出る。

 手が向けられたグラスだけでなく、テーブルも跡形も無く消え去った。

 舞い上がっていた埃が収まると、その後ろの壁に穴が開き廊下が見えていた。

 数瞬の沈黙の後、2人は抱き合った。

 沢田が壁を指差して言った。

「ヤバイね、これ」


 沢田とイザベルはハイウェイを北上していた。観光ボートのターミナルになっているホンダベイを通り過ぎ、スイフトを運転するイザベルはカーステレオから流れる曲に合わせて歌っていた。開け放たれた窓から流れ込む風がイザベルの髪の毛をなびかせる。

 

 ホテル『レジェンド』には部屋の修理代として15万ペソ(約33万円)を沢田がカードで払ってきた。


 ロハスの街の手前で右側に広がるビーチにスイフトを乗り入れる。

 手着かずのビーチに椰子の木が生い茂っている。

 イザベルが言う。

「ここで、さっきの光の玉の練習をしましょう」

 椰子の木立の中に2人は入り込み、光の玉のコントロールを練習する。

 焦点は狂わなかったが力加減が難しかった。


 1時間の練習の後、椰子の実一個だけを落とせる様になった。瞬間的に集中する事も出来た。

 力加減せずに光の玉を海方向に撃つと、その間の椰子の木が全部倒れた。

 飛びながら光の玉を撃つ練習もした。最後には上空から斜め下に見た椰子の実一個を撃ち落として練習を終えた。沢田は空腹で砂浜に座り込んだ。



6月23日PM4:30

東京・赤坂

 JIAの事務所ではジェーンがフランスのマクロン大統領補佐官と電話で話していた。

 補佐官は水素の話を電力会社ではなく石油会社に持っていく決断は正解だと言った。『トタル』のCEOが会談に出てくる事になっていた。


 会談の日程は6月29日に決まった。28日に到着し、絵画の返還をする翌日だ。


 パリの空港には絵画運搬を含めて、政府車両が迎えに来ると言う。

 

 フランスへの国際電話を終えたジェーンは、すぐに別の場所に電話する。

 東洋旅行社。政府要人も使う、主要取引先とは24時間対応の旅行社だ。使うエアラインは主に日本航空、JALだ。倒産の後、政府に税金によって建て直されてから、無理が効くようになっていた。


 6月28日、羽田空港からパリのシャルル・ドゴール空港。戻りは7月2日。予備の日も考えて4泊の日程だ。

 往路は絵画の運搬も含めてファーストクラスで帰路はビジネスクラスを押さえた。通常運賃だと1人分で180万円以上するが、2人分で250万円になった。絵画の運搬は航空機用の梱包も含めて200万円だった。経費は政府の機密費から出る。

 ホテルはフランス側が用意するとの事なので任せる事にした。

 

 JIA事務所の別の電話では、二階堂がイギリスに戻ったMI6 のテイラーと話をしていた。フランスにも諜報機関のDGSE(対外治安総局)があるが、JIA、CIA共に繋がりが密では無い。

 ドーバー海峡を挟んでの隣国の諜報機関であるMI6のテイラーから各種の情報を集めていた。


 ジェーンと沢田がパリに入ってからは、JIAとMI6の支局員が影になり2人を警護する事になった。

 フランスの石油メジャー『トタル』との契約が済んだ後にイギリスにも話を持っていく条件だった。双方に利益が有る。

 イギリスの『BP』が水素に手を出せばオランダの『シェル』も追随するのは間違い無いだろう。


 世界の石油6大スーパーメジャーが千葉県の小さな研究所だった『ハイドロエナジー』に頭を下げる。そう考えただけで二階堂は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 二階堂には、数日前に沢田と矢部から、ハイドロエナジー社に役員待遇で相談役として迎えるとのオファーが有った。立場を明確にしたかった二階堂は、それを総理に相談し、総理は快諾した。

 二階堂はJIA局長とハイドロエナジー役員と言う二足のわらじを履くようになっていた。


 予算の少ないJIAの給料は年棒で800万円だったが、ハイドロエナジーの役員報酬は年棒で1000万円とボーナスを約束された。JIAの給料でも仕事を楽しんでいた二階堂には不足は無かったが、いきなり収入が倍以上になるのは魅力だった。

 そして仕事内容も今までに輪を掛けてダイナミックになる。


 電話を切った二階堂はジェーンに向かって言う。

「全てオーケーだ。パリではどんな邪魔が入るか分からないからな。原発推進派が力を持っている国だから」

「大丈夫です。環境の為にも成功させないと。『正義は勝つ』って二階堂さん、いつも言ってるでしょ」


ジェーンは沢田の顔を思い浮かべた。

『しっかりと働いてくれればいいけど』


 

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