第27話マクロン大統領

6月21日PM7:00

 二階堂は首相官邸で安部総理と向かい合っていた。

 総理はフランスのエマニュエル・マクロン大統領との電話が終わった所だった。

 ミレーの名画『落ち穂拾い』返還の話だ。マクロン大統領も贋作だとは知らなかった様で、オルセー美術館の館長に問い合わせて初めて事の真相を知って驚いた。

 展示されていた絵が贋作だとは公には知らせずに、秘密裏に本物と入れ替える事になった。


 安部総理は、絵を取り返した2人がパリに返却に行き、その際にエネルギー政策の会談を行うように要求し、マクロン大統領は快く受け入れた。

 殆んどゼロコストの水素エネルギーに興味を持ったのだ。


 フランスの歴史上、最も若い39歳で大統領になり、現在41歳のマクロン大統領は柔軟な頭を持っていた。

 6大石油メジャーのひとつ、フランスの『トタル』代表との会談を取り付ける事を約束して電話は終わっていた。


 二階堂が言う。

「総理、有り難うございます」

 総理がミネラルウォーターを一口飲んで言う。

「確か、フランスの電力は原発の比率が高いよね」

「はい。77%の電力が原発による物と言われています」

「8割近くか。マクロンが本当に環境保護に関心を持っていれば水素発電への転換を考えるだろうな」

「そう思います」

「原発に頼りきっている危険性も分かっている筈だが」

「直ぐに現地のJIA 支局員が原発の抗議運動を起こします。続けて核廃棄物の行方を追った記事を新聞に出します」

「そこに脱原発、水素発電の話を持っていくと言うことだな」

 総理は二階堂の肩を叩いて言った。

「頑張ってくれ。ハイドロエナジーが利益を上げるほど日本の税収も増える。フランスへの燃料供給で日本の税収が増えるなんて想像も出来なかった話だ」 

「メジャーが相手なので、アメリカのメジャー達と同条件での契約が出来れば大成功です」


 JIA事務所に戻った二階堂はフランスのパリ支局員に原発抗議運動の開始を指示した。抗議団体に少しの知恵と資金を与えれば、活動は直ぐに盛んになる。

 同時にJIA支局員が、核廃棄物処理の問題点をパリ大学の教授に洗い出させて、大急ぎで論文にまとめて貰う。これには金は掛からなかった。教授の弱味を見つけた局員のお手柄だ。仕事は出来るが、女にはだらしない教授だった。


 フランスへの絵画返還は6月28日金曜日と決まった。



 沢田は那覇の国道58号線沿いのA&W で2個目のハンバーガーに噛りついていた。目の前のテーブルには螺旋状に丸まったカーリーフライとルートビアが載っている。

 ウェットスーツの上半身を脱いでいる。下に着ていたTシャツと、下半身はウェットスーツとスニーカーのままだが、気にも掛けない。

 カーリーフライも食べ終え、ルートビアを飲む。 

 A&Wはアメリカのバーガーチェーンだが、基地の街、沖縄では一般的になっている。

 ドクターペッパーのようなルートビアも人気がある。


 食事が終わった沢田はトイレを済ませて再び飛び立った。


 沖縄までの2000キロ弱は1時間も掛からずに飛んでいた。更にパラワン島までは約2000キロだ。


 沢田が時計を確認すると午後8時前だった。約束の9時前後に到着出来そうだと思い、上昇しながら笑みを浮かべた。


 高度を7000メートル以上に上げる。気圧が地上の4割程に下がる。沖縄で23度だった気温がマイナス18度に下がる。気温が下がると気体は小さくなる。ウェットスーツの生地には小さな気泡が含まれている。そのままの気圧で気温が下がればスーツの生地は薄くなるが、気圧が極端に下がっているので、5ミリの生地は地上に居る時よりも膨らんで厚くなっているようだ。


 マニラの有るルソン島を通過し、高度を下げる。パラワン島が見えてくる。南北に細長い島の東側の中心部がプエルトプリンセサの街だ。


 イザベルのホテルはすぐに見つかった。メインストリートのリサールアベニュー沿いの小さなホテルだった。


 沢田はフロントで部屋番号を聞き3階のイザベルの部屋に行く。

 ドアをノックすると、タガログ語が返ってくる。

「シノ?(誰)」

「沢田だよ」

 ドアが開き、そこには短パンにTシャツ姿のイザベルが立っていた。

 イザベルの目には、下半身がウェットスーツ姿の沢田が映る。余りの滑稽な姿にイザベルは笑いだした。

「その格好は何ですか?」

「日本から飛んで来たからね。これが一番飛びやすいと思ったんだ」

 沢田を招き入れ、用意してあったジーパンとTシャツを渡した。

 バスルームで着替えた沢田が出てくる。

「ちょっと大きいけど十分だ」

 ジーパンの裾を折り返していた。

 2人は窓際の小さなテーブルに向かい合わせに置かれた椅子に座った。

 沢田が窓の外を見て言う。

「見張られてる」

 イザベルは窓の外を見るでもなく言う。

「やっぱり。ここ1週間位、ずっと誰かに着けられてるの。姿を確認出来ない。相手はプロね」

 沢田は窓から顔を出して外を眺める振りをした。

 通りの反対側、50メートル程離れたバンから気配を感じる。顔を反らして目だけでバンに集中する。

 高倍率のズームレンズをズームアップするようにバンが視界一杯に見えてくる。バンの荷台部分から双眼鏡を使って沢田を見ている男を見つけた。

 双眼鏡を顔から離した時に男の顔が見える。

 沢田が言う。

「東洋人だ。日本人か中国人。あるいは韓国人」

 イザベルが言う。

「見えるの?」

「ああ、見えるよ。何をしてるのか聞いてみよう。俺が出た3分後に来て。ホテルを出て右に50メートル位先のバンだから」

 イザベルの返事を待たずに沢田はドアを開けて出ていった。


 ホテルを出て、沢田は何食わぬ顔で歩いた。バンまであと10メートルというところで中にいた男が運転席に移るのが見える。

 バンのエンジンが掛かり、発進しようとする。沢田はバンの後ろのバンパーに手を掛けて持ち上げた。

 後輪が空転する。運転席の男を念力で操る。アクセルペダルから足を離した男を、そのまま後部座席に移動させる。

 沢田が掴んでいたバンパーを投げ出すように離すと、後輪が地面に接地しエンジンが止まった。

 バンの横に回り込みスライドドアを開ける。中の男が何か喚いている。中国語のようだ。

「殺すぞって言ってるわ」

 沢田の横にはイザベルが立っていた。

「中国語解るの?」

「少しは解るわ」

 イザベルは男に尋問している。中国語だ。

 沢田が空腹の為、念力が解けてしまい、男は前方の運転席に上半身を乗り込ませた。振り返った男の手には銃が握られている。

 銃がイザベルに向けられる前に男の眉間に穴が空いた。

 イザベルの手にも銃が握られていた。


 銃声で周りには人だかりが出来ていた。直ぐに警察が来て、バンの中を調べ、イザベルに事情を聞く。


 沢田は人だかりの中からその光景を見ていた。

 警察官がイザベルを車に乗せようとした時にMP(軍警察)の車両が数台到着した。10数人のMPの中で偉そうな男がバンの中を見て、イザベルの腕を両側から捕まえている警察官の方に歩いて行く。

 イザベルのすぐ前に立ち、彼女に敬礼して警察官に言う。

「手を離しなさい!彼女は軍の司令官だ」

 若い警察官は弾かれた様に手を離したが、年嵩の1人はイザベルの腕を掴んだままで言う。

「司令官だろうと何だろうと殺人の容疑者なんだ」

 MPの男が怒鳴る。

「中国のスパイを始末してくれたんだ。警察署に帰って調べてみろ。手配のリストに載っている危険人物だ。あんたが射殺した事にしてもいい」


 警察から解放されたイザベルはMP の男と簡単なやり取りをして人混みへと歩いて行った。

 沢田の横を通り過ぎる時に言う。

「レジェンドホテル」


 イザベルは自分のホテルへと歩いて行った。


 30分後、沢田とイザベルはレジェンドホテルの一室で向かい合っていた。

 プエルトプリンセサでは昔から有名なホテルだ。

 イザベルは沢田のウェットスーツも持ってきていた。

 イザベルが言う。

「今、動いているNPAの連中は中国の資金で活動しているような気がしてたけど・・・」

 沢田が言う。

「その通りだったみたいだな」


 その晩、2人は水素発電の話題で深夜まで話し込んだ。フィリピンにこそ必要な発電だという意見が一致した。

 

 1つしかないキングサイズのベッドでお互いの生い立ちの話しが終わった後、2人は抱き合った。


 沢田はユキを失って以来初めての、イザベルには大学時代のボーイフレンド以来初めての相手だった。


 

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