第24話石油メジャー
アメリカ石油業界スーパーメジャーの代表達が矢部の話に耳を傾ける。
ジェーンが適切な言葉を選び通訳する。
「膨大な経費を掛けて掘削する原油やシェールガスと違い、水から簡単に水素が抽出出来る。それほど特別な設備は必要とせず、その経費は一般家庭で使う電力程度」
説明を受けた彼らが背中を浮かせない訳がない。唯一、エクソンモービル相談役のジェフという男だけが落ち着かない顔で、説明する矢部の顔を見ていた。
ジェフが立ち上がって言う。
「ちょっと失礼。トイレが近いもので」
ジェフがドアから出ていく。
沢田は何かを感じていた。
壁の向こう側を透視する。ジェフと4人の男がすれ違う。1人の男がジェフを見てニヤリと笑った。
男達の手にはマシンガン。
沢田が走りながら叫んだ。
「みんな伏せて。外から襲撃だ!」
同時に両開きのドアが開きマシンガンの男達が並ぶ。
ボディーガード達が銃を抜くよりも早く、沢田は4人の男達を殴り倒していた。
マシンガンを1ヶ所に集めた。
数人のボディーガード達が駆け寄ってくる。倒れている男達の持っていた拳銃も取り上げている。残りのボディーガード達はテーブルに着いていたクライアントを抱き抱えている。
そこにエクソンモービルの相談役、ジェフが戻って来た。
倒れている男達を見ないようにして言う。
「何があったんだ!」
沢田がジェフに言う。
「知り合いじゃないのか?」
沢田は、外でジェフに笑いかけていた男のポケットから携帯を取り出してジェーンに渡す。
「通話かメッセージの履歴を見てくれ」
ジェーンが履歴を読み上げる。
男の携帯の通話履歴にエクソンモービルのジェフの番号が見つかった。
襲撃した男達とジェフはボディーガードが呼んだ警察に連行されていった。
二階堂は沢田の事を忍者の末裔なのだと説明した。
エクソンモービルのCEOが全員に謝罪して会議は続けられた。
矢部の説明が続く。
「水素は火力発電用から自動車や船舶、航空機燃料まで徐々に利用範囲が広がり、年々原油やシェールガスが締める燃料のシェアを奪って行くでしょう。CO 2や窒素酸化物を一切出さない水素を、まず発電に使うことで世界の環境会議のテーブルにも大きな顔で着けるようになる」
矢部は用意しておいた原稿を参考にしながら30分間、一気に喋った。相手から出るであろう質問の答えもカバーしていたので、話を遮られる事がなかった。
一通りの説明が終わった矢部は、顔に浮き出た汗を拭いて水を飲んだ。
会議室に用意されたスクリーンに水素分離の様子が映し出される。早川が映像を見ながら解説した。
コノコフィリップスのCEOが言う。
「その音声ファイルは幾らで売って貰えるのかね?」
沢田が答える。
「各社から初年度に100ミリオン(約100億円)頂きます。それには装置全体の基本設計図も含まれます」
エクソンモービルのCEO が聞く。
「初年度に100ミリオンと聞こえたが」
沢田が言う。
「2年目からは10ミリオン毎に上がります。最終的に11年目以後は毎年200ミリオンを支払って頂きます」
矢部が続ける。
「水素エネルギーの利用は爆発的に広がります。3年後には化石燃料の必要量は半減する見通しです。今現在、米国では日量2000万バレル近い化石燃料を使っています。単純計算でバレル当たり60ドルとすると1日に1.2ビリオンドル(12億ドル)になります。水素に掛かる年間200ミリオンがどれ程安いかお分かり頂けますか?」
シェブロンのCEO が立ち上がって言う。
「いいでしょう、ウチは契約する。どの様な段取りで進める?」
二階堂が説明する。
「まず、当社の設計図を参考に水素プラントを作って頂きます。出来上がった所で当社から音声ファイルをお渡しします。プラントが各所に出来次第、その数だけを渡します。又、ファイルの音声は通信では使えません。あくまでも原音です。コピーガードが掛けられているので複製は出来ません。お支払はファイルをお渡しする初回に全額を頂きます」
コノコフィリップスのCEO が言う。
「他社には再販出来ないようになっている訳だな」
矢部が答える。
「そうです。そして、ファイルをお渡しする初回の日から丁度1年後に、全ファイルの音声が無効になるようになっています。無効になる前に次年度の更新をして頂ければ問題は有りません」
コノコフィリップスもシェブロンに続いて契約するとの声が上がった。
エクソンモービルの相談役『ジェフ』の事件があったが、オイル業界で修羅場を潜ってきた男達に動じる者は居なかった。
エクソンモービルのCEO も契約の声を上げた。
その場で3社共に仮契約となった。
契約書は日本で作成した物で、東西電力の早川にも、必要事項の漏れが無いかを確認してもらっていた。
日本で最大の電力会社の代表が、環境保護の為に渡米している事も、彼らの信用を得る為に作用した。
元より、格安の資源を得られるなら100億円位は気にも掛けない世界だった。
アメリカの石油スーパーメジャー達との会談は成功に終わった。
二階堂がJIA のロスアンジエルス支局員にエクソンモービルの相談役『ジェフ』を調べさせると、彼が数ヵ所の油田を身内の名義で持っている事が分かった。
彼ら3社が水素を扱う事になると、日本で起こされたテロがアメリカの資金だったとすれば、今後、テロは起きない筈だと二階堂は考えた。正面から敵にぶつかって行ったのは正解だろうと思う。
ホテルに戻り3人は最上のシャンパンで祝杯を上げた。
矢部と沢田の『ハイドロエナジー社』にはメジャーからの大金が入ってくる。
東西電力社長の早川とJIA の2人も、総理の意向を達成した満足感に浸った。
6月19日水曜日AM9:00
日本からの一行が泊まる『ビバリーヒルズ・ウィルシャー』の会議室には昨日契約した3社のエンジニアが来ていた。プラント設計の打ち合わせだった。社長の一声で物事を進めるスピードに日本からの全員が感心する。
矢部とジェーンが相手をする。
沢田、二階堂、早川の3人はシェブロンが廻してくれたリムジンでハリウッドやダウンタウンを見物した。
早川はビバリーヒルズの邸宅を見たいと言ったが、大邸宅の前に行っても、高い塀に囲まれた家を見ることは出来なかった。
エンジニアとの打ち合わせは昼食を挟んで午後5時まで続いた。
プールサイドで寛いでいた3人の所に、打ち合わせが終わり、水着に着替えた矢部とジェーンが合流した。
ジェーンの水着姿を早川と沢田は涎を垂らしそうな顔で見つめた。
デッキチェアに5人で並んで寝そべり今後の話をする。火力発電を皮切りに、最終的には個人が使う自動車も水素を燃料とする物が主流となる。
日本をモデルとして、世界中が原発を止めて水素を使うようになる。
地球が青さを取り戻す・・・
雲の上では天使サイラが彼らを見下ろしていた。
「いいですね。その調子ですよ。貧しい国の事も忘れないように」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます