第22話アメリカとの喧嘩

2019年6月8日土曜日

 ハイロドエナジー社では水素の製造が再開されていた。

 矢部は朝礼で社員を前に、自社のテクノロジーが数年後には世界のエネルギー事情を変えると言い、社員を鼓舞した。

 沢田は複雑な思いでそれを眺めていた。敵が全部片付いた訳では無いと感じていた。

 総理が言っていたように世界中から邪魔する者が出てくると考え身震いした。


 二階堂は沢田のFJクルーザーをJIAが所有する工場に持ち込んでいた。埼玉県戸田市の大宮バイパスから少し入った場所だ。近くにはターボチャージャーで有名なHKSも有る。

 メカニックと話し合った二階堂はFJクルーザーのV型6気筒の4Lエンジン、1GR-FEにスーパーチャージャーを装着することにした。メーカー発表のエンジン出力は276馬力でトルクは38,8キロを4400回転で発生することになっている。

 試しにシャシーダイナモで計測すると、馬力が250馬力、トルクが37キロを4400回転を出していた。

 悪くない。いい状態のエンジンだとメカニックが言う。


 街乗りで使い難くならないようなパワーアップを注文した。

 ぶつけられた後部バンパーは傷が付いただけだったので無視する。沢田も気にしていなかった。

 もしもの時に備えての準備をしておきたいと二階堂は思っていた。昨日のような車への襲撃も、次にいつ起こるか分からない。


 

 火力発電会社『JARE』が所有する26か所の発電所のうち、水素発電が行われている施設を3か所選び、改修が行われた。

 LNGからの水素の分離工程が必要なくなり、新たな水素プラントから送られてくる水素を燃焼させるので、既存の施設の改修はそれほど時間が掛からなかった。水素プラントの設計にはハイドロエナジーの技術者が送り込まれている。すでにプラントの基礎工事が始まっていた。

 3ヶ所共に警備は厳重にしている。



6月14日金曜日AM7:00

 沢田はシロと砂浜を走っていた。

 毎日、走り回る事で悲しさを紛らわせているようだ。

 シロが砂浜に座り込んで言う。

「疲れたよ。帰ってゴハンにしようよ」

「そうだな。お前は毎日肉で飽きないのか?」

「飽きないよ。たまに野菜も食べてるし」

「そんならいいけどな・・・帰るか」

 

 シロは少し温めた牛肉を、沢田は納豆に魚の干物を食べた。インスタントだが味噌汁も忘れない。

 朝食を終えてソファーに寝転がる。

 珍しく停電していた。

 銃弾で穴だらけにされた壁と、自分が壊した屋根は大工に頼んで直してあった。80万円も掛かってしまったが、2階に置いた金庫には、まだ2000万円以上が入っていた。銀行には4億円が残っている。


 沢田がユキの事を思い出していると二階堂から電話が掛かってくる。

「今、家ですか?」

「そうだよ。何かあった?」

「東西電力の姉崎と袖ケ浦がやられました。爆弾での同時テロです」

 両方ともが石炭と原油がメインの旧式の発電所だが、それぞれが360万KWの大型の発電所だと言う。

「そのせいで停電か。犯人は?」

「両方とも武装した3人が押し入って自爆です。制御室が完全に破壊されて使い物にならない様です」

「どこの連中だ?」

「アルカイーダから犯行声明が出ています」

「今度はイスラム過激派か・・・要求は?」

「中東の民を殺す水素発電を止めろという事です」

「まあ、分かるな。油が売れなくなったらラクダと砂漠の生活に戻らなきゃならないから、必死だろうな」

「沢田さん、呑気な事を言わないで下さい。日本がテロの標的にされてるんです」

「日本もアメリカ並みに危険になってきたか」

「アメリカに向けてのテロ攻撃よりも向こうは真剣です。アメリカの場合は原油生産のライバル国としてですが、日本の場合は原油の必要量を根本から減らしてしまう水素ですから」

「確かに。中東の産油国はテロリスト連中にいくらでも金を出すか。向こうにJIA の人間は居ないのか?」

「ウチのエージェントがサウジ、UA とクウェートにいますが、いつも歩調を合わせてくれるCIA の動きが不自然なんです」

 沢田は考えた。

「二階堂さんよ。アメリカがテロに絡んでるって事か?」

「原油の需要が減れば価格が下がります。そうなれば米国産の原油はコスト的にやっていけないです。コストの安い中東の原油の供給量が増える」

「全体的な需要が減っても、完全に原油が要らなくなるわけでは無いから、中東の被害は少ないと」

「そう考えられます」

「アメリカがテロリストを動かすのか?」

「CO2の削減にも応じない国ですから、自国の経済を守る為なら何をやるか分からないです」

「アメリカが関与している証拠は、まず、見つけられないだろうな・・・」

「テロの資金がアメリカから出ている場合でも、当然、第3国を経由しているでしょうから不可能でしょう」

 二階堂の苦悩の声だ。

 沢田が言う。

「アメリカと喧嘩か・・・」

「喧嘩をせずに収める方法を模索しています。いくつかアイデアが出ていますので、少し待って下さい。『JARE 』の発電所だけでなく日本中の発電所の警備は自衛隊を動員する事になりましたから」

「水素への転換工事は?」

「予定通り進めます。それと、後で車を持っていきます」


 電話を切った沢田はテレビを点けた。ニュースでは、失踪した海堂議員と暴力団との繋がりが見つかったと報じていた。


 昼食を終えて沢田が庭を掃除していると、そばで見ていたシロが吠える。

 沢田が顔を上げると、FJ クルーザーが家の前に止まった。

 二階堂とジェーンが降りてきた。

「沢田さん、予想以上の仕上がりですよ。乗ってみて下さい」

 沢田は運転席に座り二階堂が助手席。ジェーンはその場に残ったので、沢田はシロに言う。

「仲間だからな。吠えたり噛んだりするなよ」

「分かってるよ。バカにするな」

 シロはジェーンに尻尾を振って見せた。


 FJ クルーザーは車体が軽くなったように軽快に走った。アクセルを踏んだだけ瞬時に力が涌き出る。

「いい感じたな。何をしたんだ?」

「スーパーチャージャーを付けました。実測の馬力が250だったのが305馬力になって、4400回転でトルクが37キロだったのが1500から4500回転の間で50キロ以上です。足回りはショックアブソーバーを代えてます。それと、ホイールをアルミに代えてます。目立たないように黒にしました」

「凄いな」

「ガソリンはハイオクのみで、3割り増しで喰いますけど」

「エコに反するな」

「その内、水素で動かしましょう」


 沢田と二階堂が家に戻り、ジェーンと3人でテーブルを囲んだ。

 二階堂が切り出す。

「アメリカ政府ではなく、石油会社を説得しましょう」

 沢田が言う。

「俺たちで説得するのか?」

「日本政府がアメリカ企業と話し合いをするとなると、手間が掛かるし邪魔も入るでしょう。JIA が動く事に関しては総理の希望でもあります」

「随分と信用されてるんだな」

「一応、難事件の解決もしていますから。沢田さんの事も話してあります」

「ふーん」

 二階堂が乗り出して言う。

「総理がまた、沢田さんにも会いたいと言っているのですか、これからどうでしょう」

「これからか・・・スーパーのトウズに牛肉を買いに行かなきゃならないんだよ」

「沢田さん!」


 沢田が運転するFJ クルーザーに二階堂も乗り、ジェーンは沢田が使っていたJIA のクラウンを運転して総理官邸に向かった。

 沢田はジェーンを助手席に乗せたかったが、意見は聞き入れられなかった。



 

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