第21話海堂邸

6月6日AM6:30

 衆議院議員、海堂邸のドアに沢田が手を掛けた。鍵が掛かっている。

 念力で解錠し、そっとドアを開けて中に入る。ジェーンも後に続いた。

 広い玄関ホールの先、5メートル位のところにガラスが嵌め込まれたリビングへのドアが見える。

 中から男達の話し声が聞こえる。沢田はガラスの部分から中を覗いた。

 10人は座れるソファーに2人の男が座っていた。1人はキッチンにいる。

 念力で2人の男を止めて沢田は中に入った。ソファーに駆け寄って2人の首を捻る。

 キッチンにいる男の声。

「フィリピンの方とは連絡が付いたのか?」

 沢田は男の後ろに立っていた。キッチンに有った包丁を男の首に当てて言う。

「もう、連絡はつかないよ」

 男は手に持っていたマグカップを落として硬直した。包丁を持っている沢田の手首を掴む。首からは血が滲み出ている。男が言う。

「誰だお前は・・・ここが誰の家か分ってるのか!」

「海堂センセイだろ。そのセンセイは何処にいる。地下か?」

「知らん・・・」

 首に当てた包丁を少し引く。首から血が飛び出る。男の目にも自分の首から噴出した血が見える。沢田が言う。

「知らない奴に用は無いな」

 沢田が包丁の手に力を入れると男は慌てて言った。

「地下だ! 地下室にいる」

「誰が一緒だ?」

「先生と、外人が2人と女だ」

 沢田は手に持った包丁を一気に横に引いて男から手を放す。血が噴出する首に手を当てた男は数歩前に歩いて倒れた。


 ジェーンがリビングの壁の一部を指さしている。隠しドアになっている様だ。ドア部分横の壁紙のかすかな擦れた跡から発見していた。

 ドアを開けるスイッチが何処かに有る筈だ。沢田はドアに意識を集中する。横に掛かっている額縁の裏にスイッチを見つけた。

 電動のドアが少し押し出されて横にスライドする。地下へと続く階段が伸びる。

 ジェーンが言う。

「ただの地下室じゃないです。シェルターですよ」

「核シェルター?」

「たぶん、核攻撃に対応してるんだと思います」

 2人は階段を下りていく。30段以上の階段だ。地下2階分の深さだろうと沢田は考えた。突き当りにドア。分厚いドアだが沢田の目には中が見えた。

 コンクリートの床にユキが座っている。ジーパンに長袖のTシャツ。足には鎖。

 部屋の奥には絨毯が敷かれ、豪華なソファーが有り、奥には簡単なキッチンや寝室まで有る。ソファーにはこの家の主と思われる覆面を被った男と写真で見たテロリストのシャドウ。シャドウの横に白人の女。武器はシャドウの前に置いてある拳銃だけだ。

 沢田はおもむろにドアを開けた。海堂の怒鳴り声。

「何だ! 何かあったのか?」

 沢田が地下室に一歩入る。シャドウが銃に手を伸ばすが念力で止める。

 立ち上がった海堂が怒鳴る。

「誰だ、お前は!」

「煩いんだよ海堂さん。人をこんな地下室に閉じ込めやがって」

 沢田はソファーに走り寄り、海堂の顔を殴った。鼻が陥没した海堂は血を吹き出しながら後ろに飛んだ。銃に手を伸ばそうとしたまま止まっているシャドウの腕を折る。

 信じられないと言った顔のままでシャドウが叫ぶ。

「ワッ ザ ファック!」 

 ジェーンはユキの足に着けられた足枷を外しに掛かっている。

 沢田がシャドウの隣にいた白人女の前に立った時にユキが叫ぶ。

「ダメ!」

 白人女、テロリスト『ビー』の手に何かのスイッチが握られていたのを沢田は気が付かなかった。

 ビーの指がスイッチを押す。

『ボムッ』

 鈍い音が響く。ユキに着けられた首輪が破裂した。ユキが首から血を流しながら倒れた。沢田がユキに走り寄る。

 ユキの虚ろな目が沢田を見上げた。

「ユキ・・・しっかりしろ。今、病院に連れてくからな」

 ユキが声にならない程かすれた声で言う。

「いもうとは・・・」

「大丈夫だ。ユキの家族は保護されてる。心配するな」

 ユキの目の焦点がずれてくる。唇が動く。

「ジュン・・・」

「なんだ?・・・家に帰ろうな。一緒に帰ろう」

 ユキの目の光が消えた。沢田はユキを抱きしめたまま動けなかった。

 涙も出ない程の喪失感が沢田を包み込んでいた。

 音も聞こえない。静寂・・・・。

 

 肩を揺すられる。沢田が顔を上げるとジェーンの目が沢田を見つめていた。

「ユキさんと帰りましょう」

 ユキの鎖はジェーンの手で外されていた。沢田は、一度ユキを寝かせてソファーの方を見た。シャドウとビーはジェーンに眉間を撃ち抜かれて倒れていた。


 沢田は、1階のリビングでソファーにユキを寝かせ、見つけてきた救急箱から出した包帯を首に巻いた。ジェーンから連絡を受けた2人のJIA職員が室内を動き回る。

『掃除係』と呼ばれる遺体処理係も来て、屋内の遺体を運び出し、庭に止められたバンに積んでいく。

 沢田は膝に抱いたユキの顔に飛び散った血を拭いていた。


 6月7日 AM10:00

 山武市葬祭場。

 祭壇には菊の花が溢れんばかりに飾られ、中央にユキの写真と棺が置かれていた。

 ユキの父親は唇を噛みしめて、涙目で沢田を見た。沢田が言う。

「私と知り合ってさえいなければ、こんな事には・・・」

 父親の浩司は無言だ。沢田の隣に立った二階堂が言う。

「私達も力を尽くしたのですが・・・申し訳ないです」

 妹のナオミが沢田に言う。

「テロリストから助けようとしてくれたんでしょ。テロリストは死んだんでしょ」

 二階堂が答える。

「連中は全員、沢田さんが」

 母親の雅江が沢田に言う。

「人殺しなのね・・・あんたも死ねばよかったのに」

 

 深々と頭を下げて、沢田と二階堂は葬祭場を後にした。

 沢田達を追ってきた矢部が声を掛ける。

「沢田さんは出来る事をやったんだ。忘れろと言っても無理だろうけど、あなたはベストを尽くしたんだ。ゆっくり休んでくれと言いたいけど、明日から操業を再開したい」

「分かってる。明日の朝には音声データを持って出社するよ」

 矢部夫妻と社員はその場に残った。

 ユキの家族には政府から5000万円の補償がなされた。



 二階堂の運転するFJクルーザーで沢田は首相官邸に向かった。

 東金インターから京葉道路に接続する東金道路に乗る。助手席の沢田はシートバックをリクライニングさせて空を見ていた。

 二階堂も無言だ。淡々と東京に向かって走る。

 突然、大きな音と共に衝撃が来る。FJのテールが左に流れるが、二階堂の適切なカウンターステアで車の姿勢は元に戻った。アクセルペダルを踏み込みながら二階堂が叫ぶ。

「襲撃です!」

 沢田が後ろを振り返ると、黒のフォード・エクスプローラーが斜め右後ろの追い越し車線を追ってくる。沢田が叫ぶ。

「奴らの仲間か?」

「それしか無いでしょう!」

 沢田は助手席の窓をイッパイに開けて乗り出した。二階堂に叫ぶ。

「右車線に行ってくれ!」

 エクスプローラーがFJの真後ろになり接近してくる。向こうの方がパワーが有る。

 沢田はエクスプローラーに向かって腕を伸ばして念を送る。

 突然コントロール不能になったエクスプローラーは左車線を越えてガードレールを突き破り、山肌に激突した。


 助手席に座りなおした沢田に二階堂が言う。

「連中の生き残りですかね」

「だろうな」

「この車、もうちょっとパワーが欲しいですね」

「普段は十分だけどな」

「ちょっと改造しましょうか」

「任せるよ」


 沢田達は、首相官邸で安倍総理に労いの言葉を掛けてもらい、音声データを返してもらった。

『JARE』の社長2人も官邸に呼ばれており、沢田の手を取って礼を言い、水素エネルギーへの転換を約束した。全てが沢田には空しく聞こえた。

『孫娘2人よりユキを救いたかった』

 それが沢田の本音だった。


 官邸を出た二階堂は沢田のFJクルーザーに乗っていった。沢田は用意されたJIAのクラウンを運転して山武市のハイドロエナジーに向かった。


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