第20話救出
6月6日 AM0:20
プエルトプリンセサ、NPAのアジトとなる屋敷のドアに沢田は手を掛けた。
外にも仲間が居たので鍵は掛かっていない。振り返り二階堂とイザベルに頷いて見せる。一気にドアを開けて中に飛び込む。2人も沢田に続く。
中にいた10人のゲリラ達の目が、飛び込んできた3人に注がれる。沢田は両手を『止まれ』と言うように前に突き出して念を送った。男達の動きが止まる。
銃を手入れしていた一人の男は沢田に銃を向ける途中で止まっているが、数人がかろうじて動いている。
二階堂とイザベルが、動いている数人の男から胸にナイフを突き刺して回る。全員の息の根を止めた。
沢田が声を潜めて言う。
『上の4人を殺ってくる。たぶん人質は地下だと思うけど待っててくれ』
2人の答えを待たずに沢田は階段を上がった。
ドアが4つ並んでいた。一つの寝室らしきドアを見つめると中が見えてくる。6台並べられたシングルベットに4人の男達が寝ている。
ドアを静かに開けると1人の男が首をもたげて沢田を見た。念力で止まってもらう。近づいて首を捻る。他の3人の首も捻る。2度と起きてこない。
沢田は階段を静かに駆け下りた。地下への階段の途中、踊り場で二階堂が手招きする。二階堂の隣に移動して更に階段を下りた先を見るとドアがある。イザベルが耳を着けて中の様子を探っていた。沢田はドアの前まで行き、中を注視する。
普通のドアではなく防音仕様の厚いドアだったが、沢田の目には中がはっきりと見えた。入って左側に鉄格子が嵌め込まれた牢屋が有り、その前は奥行き10数メートルの射撃場になっていた。手前に射台が2台あり、突き当りには紙の標的が2枚貼られていた。
射台の手前に小さなテーブルに向かい合って2人の男が座っている。横にはAKが置かれている。1人はタバコを手にし、もう1人は酒を飲んでいる。
牢の中では2人の人質になっている女子高生が手を繋いで横になっている。
沢田は中の様子を横の2人に伝えて言う。
「どうって事ないな」
沢田は無造作にドアを開けて2人の動きを止めた。近づき首を捻る。
テーブルの上に置いてあった鍵を二階堂に投げる。
牢の鍵を開けてイザベルと二階堂が2人の女子高生を元気づけた。
牢屋から2人の人質を救出し、イザベルは車の中で沢田と二階堂を待った。
2人は屋敷の中を探り、5基のRPGと金庫から現金5万ドルを押収した。今後の計画書の様な物は発見できなかった。
RPGと現金を抱えて2人は車に戻った。走り出した車の中で二階堂が沢田に言う。
「沢田さん。ついさっき日本から連絡が入ったのですが、ユキさんが拉致されました」
驚いた沢田は二階堂の襟首を掴んで叫ぶ。
「いつ!ユキはいつ拉致されたんだ!」
「正確な時間は分かりませんが、数時間前と思われます」
「今すぐ日本に戻るぞ」
「ヘリでマニラまで戻っても、この時間だと朝まで待たないと国際線が有りません」
「飛んでいくよ」
「3000キロ以上有るんですよ。そんな長距離無理です!」
「無理だかどうだか、やってみなきゃ分からないだろ」
5人を乗せた車は襲撃したアジトから少し離れたホテル『レジェンド』に到着した。
少女達にルームサービスで食事を取り部屋で休ませる。
沢田も300グラムのステーキを2枚食べて腹を膨らませた。さらにサンドイッチを包ませて持っていく。
ホテルのエントランスまで二階堂と出る。二階堂が沢田にメモを渡して言う。
「JIAの電話番号と住所です。私の方からも連絡しておきます。奥田と言う者がこの件で動いていますので詳しい状況を聞いて下さい。私も明日、少女達と一緒に日本に戻りますので」
「分かった、ありがとう」
沢田は大きめのウェストバックにサンドイッチと貴重品を入れて周りを見渡す。人目が無いのを確認して飛び立った。
6月6日AM1:30
沢田は高度を1000メートルに上げて北北東に向かった。パラワン島を下に見ながらだ。
もの凄い風圧だ。スピードが出ている。すぐにエルニド、コロンと飛び越える。ミンドロ島を超えるとすぐにマニラだ。
約700キロを飛んでいる。時計を見ると午前2時20分だった。700キロを50分。時速で約840キロ。まだ飛べる。マニラを通り過ぎてルソン島の北の端、サンビンセンテという町に着地する。1200キロを飛んでいた。時間は午前2時50分だ。
ウェストバックの冷え切ったサンドイッチを食べる。味は分からない。ただ胃に詰め込む。飲み物を買いたいが、こんな時間に開いている店は無い。少し歩くと井戸を見つけ、水をくみ上げて飲んだ。
午前3時20分、再び飛び上がる。イザベルに貰った小型のコンパスが役に立つ。北北東に向かい高度を3000メートル近くまで上げる。空気が3割程度薄くなった分、スピードを出せる。1時間後には沖縄が目に入る。さらに飛ぶ。ユキの顔を思い浮かべて歯を食いしばる。
沖縄を過ぎてすぐに限界が来た。高度が下がってくる。着地したのは奄美大島だった。
午前4時30分。約1500キロを飛んだ。時速1200キロ以上、マッハ1で飛んでいた。
コンビニの近くに着地し、食料を調達する。弁当を温め、カップヌードルにお湯を注いで貰って無心に食べる。
スマホのグーグルマップで東京までの距離を調べる。約1400キロ。
二階堂が教えてくれた番号に電話する。3コール目で相手が出た。
「JIAです」
女の声。
「沢田と言います。奥田さんを」
「私が奥田です」
「あと1時間ちょっとでそっちに着けると思うので、ユキの情報を集めて置いて下さい」
「分かりました。沢田さんはどうやって・・・」
沢田は電話を切った。説明している暇は無い。
高度を上げる。約4000メートル。地上で24度あった気温が0度になるが沢田は寒さを感じなかった。ただ、空気が地上より4割近く薄いので酸素が不足する。
1気圧下では21%の酸素が空気というガスに含まれている。酸素分圧が0.21気圧という事だ。気圧が4割下がると酸素分圧が約0、12気圧になってしまう。激しい運動が出来ない状況だ。
高高度の登山で『無酸素登頂成功』などと『無酸素』が強調されるのはその為だ。ちなみに高度8000メートルでは気圧が地上の40%を切ってしまう。酸素分圧が約0.08気圧になり、その状態が続くと通常は死に至る。
6月6日木曜日AM6:00
高度を500メートルまで下げた沢田の目に、右前方に東京タワーが見えた。赤坂の裏通りに着地する。教えられたビルはすぐに見つかった。首相官邸から遠くない。
指定された部屋を訪ねる。ドアを内側から開けたのは青い目の美人だった。動きやすいルーズなパンツスーツを着ているがスタイルの良さは隠しようが無い。
「沢田さんですね。奥田ジェーンです。ユキさんの捜索を担当しています」
フランス人とのハーフだと言うが、綺麗な日本語を話す。
ジェーンの話によると、JIAは下部組織の公安警察を総動員して、ユキの居場所の検討をつけていた。
世田谷区弦巻、衆議院議員である海堂宅で、職員が捜査令状を取りに裁判所に出る所だった。
沢田が言う。
「令状は要らない。これから行く」
「分かりました。強襲ですね。習志野空挺も用意が出来ています。声を掛ければ30分で現地に着けます」
「いいよ。俺の女は俺が救う」
数秒の沈黙の後、ジェーンが言った。
「分かりました。お供します」
2人のJIA職員と共にジェーンは武器の用意をする。3人とも拳銃はグロック17だった。軽量で9ミリ弾を17発弾倉に込められる。
20分後、4人を乗せた目立たない3500ccの黒いアルファードは世田谷通りを走っていた。ジェーンが運転し、沢田は助手席に座っている。
後部座席の2人は荷台から自動小銃を取り出す。自衛隊では特殊小銃と呼ばれているドイツのH&K(ヘッケラー&コッホ)社のHK416だ。5,56ミリのNATO弾を使う、銃身長が短いモデルで狭い場所での使用を考えられていた。
アルファードは世田谷駅前の交差点を左折し駒沢公園通りに入る。右側に有る世田谷病院を通り過ぎてすぐのコインパーキングに駐車した。
ジェーンが言う。
「ここからすぐの場所。見に行きますか?」
沢田とジェーンは海堂邸の見える場所に立った。敷地は塀に囲まれている。
建物に意識を集中する。二階堂から沢田の能力についての説明を受けていたジェーンは黙って沢田を見ている。
『こんな冴えない男が、本当に二階堂が言っていた力を持っているのか』
ジェーンは半信半疑の目で沢田を見つめた。沢田がジェーンを見て言う。
「1階に3人。2階は無人。家主の家族は居ないようだ。ユキの姿は見えないが気配を感じる。多分地下だな」
「分かりました。突入しますか?2人を呼んできます」
「いや、いいよ。キミが取りあえずバックアップで付いてきて。グロックは持ってるよね」
「持ってるけど、2人だけで・・・」
沢田は門に向かって歩いていた。ジェーンは慌てて後を追う。門の前に立った沢田は念力で解錠し門扉を少し開けた。2人は門の内側に身体を滑り込ませ、植え込みの陰に隠れる。
ジェーンは上着に隠していたホルスターからグロックを抜き、スライドを引いてチェンバーに弾を装填した。
玄関ドアまでは約20メートルだ。
沢田が言う。
「行くぞ」
スタスタと歩く沢田の後をジェーンが追った。
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