第19話追跡・パラワン島

6月5日PM8:45 

 沢田は赤い線を追って飛んだ。

 車でプエルトプリンセサへと移動を開始した二階堂とイザベルは沢田の後を追うように海沿いの道路を北上した。

 ブルックスポイントで襲ってきた生き残りの1人からは何も聞き出せなかったので、イザベルが頭を撃ち抜いていた。


 赤い線はブルックスポイントからナラの街を抜けて市内へと延びる。

 空港前を通り過ぎ、街中の大通り、リサールアベニューを左に曲がっている。赤い線は大きな屋敷の中へと延びていた。


 沢田は屋敷を上空200メートルから見下ろした。神経を集中すると、まるでズームアップしたように屋敷の様子がよく見える。敷地内にはマシンガンを持った迷彩服を着た男達が数人いる。建物に目を移して更に集中すると内部が透けて見える。

 沢田は透視が出来る事に気が付いた。内部にも沢山の男達。広い部屋に10数人のゲリラ。マシンガンや拳銃に混じって映画でよく見るRPGも有る。

 誘拐された女子高生たちの姿は見えないが、ここに居るのは間違いないと沢田は確信した。男達を倒すことは出来るだろうが、武器を持ったこれだけの人数だ。戦闘中に人質に被害が及ぶかも知れない危険性を考え、沢田は二階堂達を待つ事に決めた。


 イザベルの運転で海沿いの道を、トヨタ・レボは車体を軋ませてながら走っている。集落を抜ける時は幾分スピードを落とすが、それ以外は100キロ以上のスピードで田舎道を突っ走る。街灯の無い道はヘッドライトが頼りだ。時折出てくるトライシクルやバスをクラクションを鳴らしながら抜き去る。


 二階堂の電話に沢田から連絡が入り、場所が伝えられる。二階堂が説明するとイザベルはすぐに理解したようだった。続けて日本のJIA からも電話が入る。ユキの誘拐が伝えられた。


 沢田は腹が減っていた。リサールアベニュー沿いにいくつかのレストランが見下ろせる。

『待っている間に何か食べよう』

と思ったが財布には日本円しか入っていなのに沢田は気が付いた。イザベルが来れば現地通貨のペソを持っているだろうと思い、一軒のレストラン付近に着地して店員に聞くと、夜11時で閉店だと言われる。仕方なく並びにあったバーに入った。


 テーブルに着いてウェイトレスに食べ物は何が有るかと聞くと、ポークバベキューなら出せると言われた。近くの店からの出前だろう。バーベキューを10本とゴハンを頼む。飲み物を聞かれたのでビールを頼む。ライトかピルセンかと聞かれたが良く分からないので、取り敢えずライトを頼んだ。

 ビールが運ばれると、ママさんらしい派手な化粧をしたオバサンが、店の奥のほうにいたらしい女の子を数人連れてきた。ママさんが沢田に英語で聞いてくる。

「どの子がいい?」

 当たり前という雰囲気で聞くので、沢田は一番若そうな子を席に座らせた。

 タイトミニのドレスから伸びる脚が綺麗だ。

 女の子にもサンミゲルライトが運ばれる。

「コンバンハ ワタシ シェイラ アナタハ?」

 片言の英語。

「俺はジュン。宜しく」

「コリアン? チャイニーズ?」

「日本人だよ」

「ハジメテ ミマスネ・・・カンコウ?」

「まあ、そうだね」

「パラワン ハジメテ?」

「初めてだよ。さっき着いたばかりだ」

「ヒトリ?」

「連れがいるよ。もうちょっとしたら来る」

沢田は二階堂達に居場所を知らせなくてはと気が付いた。電話する。

 すぐに二階堂が出た。バーの場所を説明するが、説明する方もされる方も土地勘が無いので上手く伝わらない。イザベルに代わってもらい、バーの女の子、シェイラに場所を説明して貰った。

 電話を切ってシェイラが言う。

「ガールフレンド マッテルカ?」

「仕事仲間だよ。他の日本人も来る。あと1時間くらいかな」

「カラオケ ウタウ イイヨ 1キョク 5ペソ」

 いきなり話題を変える。

「歌ってよ。後で清算するときに金払うから」

 シェイラは5曲を立て続けに歌った。それほど上手くはなかった。

「上手いね。何で歌手にならなかったの?」

「ハハハ ウマクナイ シッテマス・・・アナタ トシ イツク?」

「俺は54歳。きみは?」

 沢田は5歳サバをよんだ。

「18 イマ ダイガク イテマス」

 他愛もない話が続いた。運ばれたバーベキューを2人で食べていた。


 11時を回って二階堂とイザベルの乗った車が店の前に来る。車から降りてきた二階堂に沢田が言う。

「早かったな」

「滅茶苦茶飛ばすんで生きた心地がしなかったです」

 イザベルが清算を済ませ、戻ってきて沢田に言う。

「このバーで1200ペソって、何本飲んだの?」

「俺は1本しか飲んでないけど、女の子がね・・・相手してくれたから」

 イザベルはため息をついて車を指さす。

「行きましょ。近いんですよね?」

 別れ際にシェイラが電話番号を書いた紙を沢田に渡した。沢田はポケットに紙を突っ込み何食わぬ顔で後部座席に乗った。沢田が言う。

「大きな屋敷の中で、庭に数人、家の中に十数人がいるよ。武器は山盛りだ。たぶんRPGまで有るな」

 イザベルが目を剥く。

「見てきたの?」

「見えたんだ」

 二階堂が沢田に言う。

「もしかして、透視ですか?」

「そう言うのかな。上から見たよ。取りあえず俺が庭に降りて、外にいる連中を片付けて門を開けるよ」

 二階堂が助手席から振り返って言う。

「後ろにさっきの連中が持ってたAKを2丁積んであります。俺たちの武器はたかが知れてるけど」

 イザベルが言う。

「軍はすぐには来れないし、警察を呼びましょうか・・・あまり頼りにならないけど」

 沢田が答える。

「人が入り乱れると敵が分からなくなりそうだから、3人だけでやろう。俺は連中をやるのに集中するから、その隙に救出してくれ」

 イザベルと二階堂は頷いた。

 二階堂は車の後部座席に移動して荷台からAKを取って確認する。2丁とも残弾が数発になっていたようで、弾倉を奪ってきた他の物と交換している。発射速度が遅いとはいえ、フルオートで撃つと3秒で30発の弾倉は空になる。

 AK47は1947年に旧ソビエト連邦のミハエル・カラシニコフ氏が設計した銃で、過酷な環境でもトラブルを起こさないことから、東側の国の軍隊や武装勢力などに用いられ、世界で最も成功した銃としてギネスブックにも登録されている。設計者の名前で『カラシニコフ』とも呼ばれている銃だ。


 イザベルは自分のバックに入れていた拳銃の弾倉を確認している。それを見た二階堂が言う。

「ベレッタM9か。いい銃だ」

「私はグロックよりこっち。重いけど」

 イタリア製のベレッタM9は日本では慣習的にM92と呼ばれている。9ミリパラベラム弾を15発装弾でき、トラブルの少なさと扱いやすさで世界中の軍隊や警察で採用されている。


 更にイザベルが自分のバックから2本のナイフを取り出して、1本を二階堂に渡す。刃渡り20センチ近い刺殺用のナイフだ。


 屋敷の近くに車を停める。沢田が飛び立った3分後に、2人は屋敷の門の見える位置で待つ事になった。


 沢田が車から降り、音もなく飛び上がった。高度100メートルで屋敷の上に制止して状況を確かめる。2時間前と同じだった。4人の庭のゲリラ達は、置かれた椅子に座って寝ている者が2人、立ってタバコをふかしている者が2人だ。銃を手にしている者はいない。沢田は、並び立って屋敷の方を見ている2人の後ろに静かに降りた。それぞれの首に後ろから手を回し、顎を掴んで思い切り捻った。

『グキッ』という鈍い音がして2人は崩れ落ちそうになる。沢田が2人の身体を支えて地面に静かに寝かせる。椅子で寝ていた2人も同じように始末する。


 沢田は門に走り寄り閂を外し、音を立てないようにそっと門扉を開けた。人一人が通れる隙間が出来、二階堂とイザベルが走り込んで来る。

 2人の顔が緊張で引き締まっているが、平静な呼吸をしている。流石に鍛えられていると沢田は感心した。


 沢田の透視によると、屋敷内にはリビングに10人。2階の寝室に4人。誘拐された女子高生の姿が見えないので地下に部屋があるだろうと見当をつける。

 リビングではゲリラ達は酒を飲んでいる。誘拐に成功し、安心しているのか。

 テーブルの周りに沢山の銃が置いてあるが、銃を手にしているのは1人だけだ。手入れをしている。

 踏み込んで念力で動きを止めてしまえばいいが、一度に全員の動きを止められるか分からない。動けるやつらを二階堂とイザベルが始末するしかない。


 3人は玄関ドアへと息を潜めて歩いた。


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