第18話黒幕

 火力発電会社『JARE』の社長室では2人の代表取締役、東西電力社長の早川と中央電力社長の小野が顔を付き合わせていた。


 『JARE 』の経営は極めて順調だ。利益を倍に押し上げる安価の水素は魅力だったが、目に入れても痛くない程に可愛いがっていた孫娘とは引き換えに出来ない。

 今のままでも『環境に配慮したエコなエネルギー』を提供すると言うスローガンが一般に浸透している。

 2人の意見は一致していた。

『今回のは見送ろう』


 早川のデスクの電話が鳴った。秘書の声が総理からだと告げる。

「総理、ご迷惑をお掛けします」

 安部総理が答える。

「全力をあげて救出しますので、落ち着いて下さい。誘拐犯から連絡が有ったら従う振りをして、こちらにも連絡を下さい」

「分かりました」


 すぐに次の電話が入る。秘書からの取り次ぎに小野が出た。

 相手は衆議院議員の海堂だった。

「海堂先生・・・」

「小野社長。久しぶりですね。忙しそうで何よりだ」

「ご無沙汰していまして。先生も御活躍で」

「実は、今日電話したのはですね、新東京石油の常務から、お宅が9月からの取り引き量を減らす予定だと聞いたものでね。もし、他社が競合しているとしたら、ちょっと問題なんでね」

「先生、それはただの噂に過ぎません。原油とLNG のバランスが多少変わるかも知れないと言っただけで、これまで通りに取り引きは継続していきます」

「だったらいいんです。いろいろな噂が飛び交う業界ですからね。じぁ、又銀座あたりで会いましょう」

「ご都合をお知らせ頂ければ、何時でもこちらで一席用意させて頂きますので」

 電話を切った小野は椅子に座り込んで早川にやり取りの内容を説明した。

 水素の格安での入手が無理になると、化石燃料の安定入手が命綱だ。危ない橋は渡れない。


 脱原発と環境保護の声が大きくなる中で、石炭の使用を減らしてLNG に移行し、CO2と窒素酸化物の排出低減に努力してここまで来た。

 東西電力の早川にしても、震災で大被害を受けた原発が世界的な非難を受け、地に落ちた企業イメージを回復するのに8年も掛かっていたのだ。



 誘拐された早川真奈美と小野美咲の2人がワゴン車から降ろされた。周りを見ると高い塀に囲まれた屋敷の庭だった。

 2人はプエルトプリンセサ空港の滑走路南側、バンカオバンカオという所の屋敷に連れてこられていた。

 

 屋敷の地下室は完全な牢屋になっており鉄格子の中に2人は入れられた。

 外には迷彩服のパンツを履いた、まだ10代に見える男がAK47を抱いて椅子に座った。

 真奈美が言う。

「大丈夫。絶対に助けに来るから」

 美咲が頷く。

「お金でしょ。お金を渡せば直ぐに帰してくれる。おじいちゃん達が何とかしてくれるよね」

 2人は『JARE 』発足のパーティー等にも両家族で出席し顔を会わせている。ファミリーに莫大な財産が有ることも知っていた。



東京・世田谷。

 衆議院議員、海堂の家に居るシャドウにフィリピンからの連絡が入る。電力会社社長の孫娘達の確保に成功したという知らせだ。

 横で聞いていた海堂が言う。

「ふたりの娘を誘拐するアイデアを出したのは俺だと言うことを忘れないようにな」

「心配するな。5億はあんたに渡すよ」

 シャドウは、音声ファイルの件に失敗しても無駄働きにならないよう『JARE 』の社長2人から身代金を取る予定だった。金額は10億円ずつ。20億円のうち5億円を、アイデアを出して場所を提供している海堂に。フィリピンのNPA に5億円。自分の組織『セイント』に10億円だ。ファイルの一件が成功すれば合計20億円になる。

 「いつ頃までに終わらせる予定なんだ?」

 海堂が、聞いてきた。

「すぐに終わるさ」

 シャドウは海堂の突き出た腹と欲に駆られた顔を見て心の中で笑った。

『腐った政治家』を見つけるのは裏社会に精通するシャドウにとっては簡単な事だった。


 2人は再び地下へと降りた。海堂がユキの前に出る時はいつも顔を隠すマスクを被っていた。

 鎖に繋がれたユキが起き上がって睨む。シャドウが言う事を海堂が通訳する。

「ウチのメンバーが何人も死んでいる。沢田は何者だ? 爆弾も海上で爆発した。あいつは何か特別な力を持っているのか?」

 ユキが、答える。

「持ってるわ。神様から貰った力」

「神様ね・・・お前には妹がいたな。妹も連れてくれば、ちゃんと話が出来るかな?」

「妹は関係無い! 沢田には神様がついてるの。私には分かる」

 

 ユキが失踪してから小川家の全員は警察の手によって保護されていた。ユキが預かっていたシロも一緒に保護された。


 

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