第13話シャドウ

 安倍総理はヘリコプターの中から秘書に命じ、日吉製作所会長で経団連会長の村西を総理官邸に呼び出した。


 環境保護を前面に、エネルギー政策を根本から変える事を告げた。相談ではない。

 

 次に総理に呼ばれていたのは東西電力社長の早川と中央電力の社長で小野だった。


 2015年に、2社は合同で火力発電会社『JARE』を立ち上げていた。

 新潟県から東京を経て三重県まで、26ヶ所の火力発電所を運営する世界最大規模の火力発電会社だ。


 火力発電所の燃料である石炭・原油・LNG(液化天然ガス) から、代替えになる水素を燃料に出来るように設計を変更し、従来の燃料の使用を全面的に中止していく。

 さらに新規の水素発電所を建設し、原発の稼働も停止し廃炉に持っていく事を国策として指示した。


 全ての水素発電所の敷地内には、他社が入る水素の分離プラントを併設させる事も忘れない。ハイドロエナジー社のプラントだ。


 水素のコストと設備への投資を考えて難色を示す二人に、LNG が産み出すのと同じ熱量の水素を、LNG の30%以下のコストで提供出来る予定だと告げる。敷地内の別プラントで作られる水素だ。


 矢部からは25%以下でも充分だと聞いていたが、政界と財界を丸め込むのにも金がいる。総理は5%のマージンを考えた。


 二人は唾を飲み込みながら頷いた。


 会談が終わると、二人は駆け出すように官邸から出て行った。



 茂原のハイドロエナジー事務所には、矢部の息子、雄二が加わっていた。司法書士事務所に勤めていた28歳の雄二が矢部に言う。

「大手と、この発明を使うとなると、発明の秘密が外部に漏れるのは時間の問題です。特許申請をしましょう」

 矢部と沢田は雄二の顔を見る。沢田が言う。

「これを秘密にして金儲けをするのは間違っているよ・・・公開すべきだ。音声ファイルを売れば、借金は楽に返せて必要な金は残せる」

 矢部が言う。

「これだけの発明なのだから、特許を取って、その使用料で金を貯めよう。取り敢えずは日本の電力会社に水素を売ろう。その資金が次の発明に役立つかも知れない」

 次の発明と言われては沢田は何も言えなかった。

 矢部の頭には宇宙に飛び出る自分の姿が有った。

 雄二が言う。

「国際特許を出願しましょう。PTCと言うものです。Patent Cooperation Treatyと言って、出願日を国際的に認めて貰えます。その後、各国での特許申請になります」

 沢田と矢部は雄二の顔を見て頷くだけだった。



6月3日月曜日 PM1:00

 東京、帝国ホテルの和食レストラン『なだ万』に白人のカップルが向かい合って座っている。

 男性は着痩せして見えたが、180センチに少し足りない身体には充分な筋肉が付いていた。短めに刈られた黒い髪の毛は自然に後ろに流され、着ている上等のダークスーツによって、日本に来ているビジネスマンという雰囲気だ。

 向かい側の女性も膝丈のタイトスカートのスーツで男性の相方には似合いだった。少しウェーブした金髪がスーツの肩に届いている。


 二人は懐石料理を食べている。飲んでいるのは緑茶だ。

 男が料理から顔を上げて言う。

「ロンドンの日本料理とは全く違うな」

「そうね。値段も違うけど。でも、日本の物価は何でも安いって聞いてたけど、あれは嘘ね。ホテルも食事も高い」

「高い所に泊まって高いレストランで食べてるんだ。中流の日本人は、ここでは食べないさ」

 二人の会話はアメリカ英語とは違ったクイーンズイングリッシュだった。

 男は通称『シャドウ』。女は『ビー(Bee)』蜂と呼ばれていた。


 シャドウは、テロ集団セイントの配下が殺害される前に、ハイドロエナジー社が、音声を使って水から水素の分離に成功した情報を得ていた。


 食事を終えた二人は、迎えに来たレンタカーのトヨタ・カムリで千葉県の茂原へと向かった。後部座席に座る。

前には日本人の男が二人乗っていた。

 音声データが他で使われる前に奪わなくてはならない。時間との勝負だった。

 奪った未公開のデータを全てクライアントに渡した時点で今回の仕事は終了となり、バハマに用意されたセイントの口座に10ミリオンドル(約10億円)が振り込まれる。

 但し、データが公開されてしまうと全てが無になってしまう。活動資金として受け取っていたのは20万ドルだけだが、他のクライアントよりは高額な活動資金を出してくれていた。


 そのクライアントは世界各国のエネルギー産業に目を光らせていた。


 ハイドロエナジー社の水素の売上げが、いきなり20倍を越えたのが目立ってしまったのだ。天然ガスの購入も今現在では打ち切っている。


 シャドウ達4人を乗せたカムリがハイドロエナジー社の前を通り過ぎた。

 道路側には機動隊の車輛が止められ、隊員がずらりと並んでいた。

 

 カムリの前に家庭用LP ガスを配達する小型トラックが走っていた。

 それを見た助手席の男が振り返り、シャドウにアイデアを話し始めた。




 


 




 


 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る