第11話銭形警部
2019年6月2日金曜日 AM7:00
沢田はシロに顔を舐められて目を覚ました。いつもは1階のリビングで寝させていたシロだが、ゆうべは怯えていたのか、2階の寝室で寝かせてくれと沢田に頼んできた。
リビングに降りた沢田の目には、100発近い銃弾に破壊された家具や壁が映った。
銃弾を数発受けていたが、辛うじて動いていた冷蔵庫から、シロの肉を取り出してテーブルに置いた。
コーヒーメーカーに手を伸ばすが、いつもの場所にそれは無かった。床に目を落とすと、壊れたコーヒーメーカーが転がっていた。
片付ける気も起きなかった。
沢田は水道水をグラスに一杯飲んで、シロと外に出た。
いつもの砂浜に出るとシロは走って行く。波打ち際にいる鳥を追いかけるのがシロの毎朝の日課だ。
沢田もシロと走り回って運動する。
家に帰ると、玄関前に一人の男が立っている。
スーツを着てコートを手に持っている日本人。40歳前後。
沢田が近づき声を掛ける。
「私に用ですか?」
「ハイ サワダサン・・・エイゴ イデスカ?」
日系人か。英語で答える。
「大丈夫ですよ。難しい言葉は解らないかも知れないが」
「有り難う。テイラーと言います」
「ミスター テイラーか。イギリス人?」
「よくわかりますね」
「テイラーって言ったら仕立て屋だからね。先祖はセビル・ロウだね」
日本のスーツを指す『背広』と言う言葉は、ロンドンのセビル・ロウ通りに仕立て屋が多かった事から来ている。
「イギリスでは、それを良く言われます。祖母は日本人でした」
「そうか、顔を見た時は日本人かと思ったよ・・・ところで何の用かな」
「私はスコットランドヤード(ロンドンの警視庁にあたる機関)から来ました。あるテロリストを追っています」
「何でここに?」
「日本の公安警察から、沢田さんが昨日の事件に関わってると聞きました」
「連中は、もしかするとアイルランド人?」
「その通りです。数年前に連中は、ロンドンのピカデリー・サーカスで爆破テロを起こしました。今は資金稼ぎに誘拐や強盗、何でもやります。今はハイドロエナジー、あなたの会社が狙われている。連中は何処かに雇われて動いているかも知れない」
隣の奥さんが出てきて沢田達を見ていた。ご主人が沢田のリフォームを手伝ってくれていた。
話しかけてくる。
「沢田さん。ゆうべの騒動は何ですか?パンパン言って、警察も来たみたいだけど」
「お騒がせしました。会社の馬鹿な若いのが騒いでしまって」
「だったらいいんだけど。この辺りは近所の人がいろいろ煩いからね。私達は何年住んでもよそ者だから」
「そうですね。気をつけます」
「それよりあなた。いま喋ってたの英語? カッコいいわね。私も教わりたいわ。この人は外人さんなの?」
沢田はお隣りさんを何とか誤魔化し、テイラーを促して家に入った。
荒れ果てたリビングのダイニングテーブルで向かい合う。
テイラーはテーブルの上にバックから取り出した数枚の写真を置いた。
何れも望遠レンズで遠くから撮られた写真だった。
「この男が連中のリーダーで通称『シャドウ』本名は不明です」
「IRA なのか?」
「IRA の過激派が分離して作った組織で『Saint』(聖者)なんてふざけた名前をつけています」
「そのシャドウの指図で今回の事件が起こったと?」
「間違いありません。本須賀の車の中で焼け焦げていた一人の男の歯形がスコットランドヤードのデータベースの物と一致しました。セイント(Saint)のメンバーでした」
シロが身体を脚に擦り付けてくる。
食事の催促だ。
沢田はラップに包まれた肉を持ってテイラーに言う。
「ちょっと失礼。うちのK9が腹ペコみたいなんで」
シロが、沢田に言う。
「そのままでいいよ。もう冷たくないでしょ。忙しそうだし」
常温になっていた肉をそのままシロは食べた。
沢田はテイラーに聞く。
「あんたは、そのシャドウって奴を追ってるのか。日本には1人で?」
「1人です。2年以上奴を追ってます。もう一歩で捕まえられそうな事も有ったのですが、恥ずかしながら奴の方が一枚上手でした」
「2年も追っかけてるのか。ルパンを追いかける銭形警部だな」
「ルパン三世、そのアニメは知ってます」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
沢田がドアを開けると二階堂が立っていた。挨拶もそこそこに二階堂が言う。
「イギリスから・・・」
「銭形警部だろ。来てるよ」
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