第5話FJクルーザーで焼肉へ

 宇宙船ミルキー号ではミルク神が天使サイラを呼び寄せていた。

 ミルク神が言う。

「地球では『金』が人間を支配するようになってから、随分と時間が経っているけど、今でも、彼らの一番大切なものは『金』なのか?」

 サイラは少し考えてから答える。

「・・・確かに、彼らは『金』の為に殆どの時間を使って毎日仕事をしています」

 ミルク神は地球を見下ろしたままで言う。

「仕事をするだけでなく『金』の為に盗み、騙し、裏切り、殺したりもしているようですね。『金』を神と崇めている人間も沢山いるようですが・・」

「ミルク様・・・全ての人間がそのようになっている訳では無いです。確かに『金』で手に入らない物は無いと思っている人間も多いですが」

「サイラ・・・あなたがメシアとして選んだ男が金を手にしてどうなるか。人間を変える事が出来るのか、楽しみですね。助言は最低限にする事を忘れないように」

「有難うございます。ミルク様がお創りになった生き物達ですから、きっと目を覚ます事が出来ると思います」



3月30日土曜日 AM8:00

 沢田とシロは砂浜を歩きながら考えた。

『来週の火曜日には9億を越える金が手に入る・・・小川ユキを食事に誘おう。何が好きだろう。焼肉かな。アルトラパンで迎えに行くのも格好が付かないな・・・車を買おう。中古で千葉のナンバーが付いているやつだったら名義変更が終わる前に乗れるかも知れないな・・・よし。まず車を買おう』


PM3:00

 沢田の家の駐車場には厳つい4輪駆動車のトヨタFJクルーザーがあった。車体はイエローで屋根が白。

 2016年型で3年前の車なのに、生産中止になった為なのか、新車時の値段と大して変わらない。走行28000キロで程度は抜群に見えた。 

 車検を2年取って、登録まで入れた総費用で320万円だ。アルトラパンを10万円で引き取ってくれたので支払いは310万円だった。


 4000ccのガソリンエンジンは軽自動車とは比べ物にならない程に頼もしく、大きな車体と相まって自分が強くなったかのように感じた。黒に塗られた無骨な鉄ホイールも沢田は気に入った。

 名義変更は翌週の金曜日に終了するが、無理を言って乗って帰って来た。

 沢田は車の前で腕組みをして考えた。

『これで小川ユキを迎えに行ける。今の若い子には高級セダンよりも、ワゴンや4駆が人気らしい・・・ワイルドな男に見てくれるだろうか』

 

「買ったの?」

 シロの声だ。玄関先に寝そべって沢田と車を見比べている。

「おう。カッコいいだろ。FJクルーザーって言うんだ」

「FJね・・・前のラパンも好きだったけどな。小さくて優しい感じだった」

「この車の方が早いし、強いんだ」

「飛べるんだから、車なんか要らないのに」

「まあ、そう言うな。肉は買えるから」

「だったらいいけど・・・」



 午後4時。沢田は図書館に向かった。小川ユキを誘わなくてはならない。

 前回借りた2冊、『真田幸村の陰謀』と『無痛分娩のすすめ』を忘れない。あくまでも図書館に来たついでに食事に誘ったという事にしたいのだ。


 図書館横の駐車場にFJを止める。バックモニターが付いていたので楽だった。


 小川ユキは返却された本のチェックをしていた。入門書やガイドブックは切り取られる被害に遭う事が多い。図書館のスタッフが見つけないと、次に貸し出した時にクレームが来る。

 ユキがチェックしていたのは園芸の本だった。入門書だ。ページをパラパラとめくる手が止まる。親指にページが飛んだ感覚が有った。数ページ戻ってみると、折られているだけだった。切り取られるよりはマシだが、本を傷つける人は許せなかった。自分の本では無いのだ。同じ本から沢山の人が知識を得て感動を覚える。感動を与えた分だけ、図書館の本には重みが増す。

 ユキはそう思っていた。


 折れたページを元に戻して顔を上げると、お馴染みの沢田が歩いて来るのが見える。

 受付の前のガラス戸が開き、沢田が目の前に立ち2冊の本を差し出す。ユキは声を掛けた。

「こんにちは。きょうは夕方なんですね」

「あ、はい。今日はいろいろ忙しかったんで」

 暑くも無いのに沢田は汗をかいていた。ユキは何も言わずに返却された本を簡単にチェックして返却本のケースに入れた。

『無痛分娩』に触れられずに沢田はほっとした。

「あ、あの、小川ユキさん」

 沢田は自分を馬鹿としかる。フルネームで呼ぶ奴がいるか。

「はい」

 返事はしたが、ユキは肩を揺すって笑っている。

「もし、良かったら今晩、食事に行きませんか?」

 沢田はほっとした。言うべき事が言えた。

「今晩・・・ワタシですか?」

 ユキは戸惑っていた。まさか沢田に誘われるとは思っていなかった。危険は無さそうな人だが、人は見た目では分からない。

「焼肉でも食べに行こうかと思ってるんですが、一人で焼肉もカッコ悪いんで・・・もちろん支払いは僕がします」

 沢田はユキの顔を見つめて返答を待った。『やっぱりダメか』


 ユキは沢田の顔を見返した。シワの目立つ顔が真剣に自分を見ている。悪い人ではない。

「いいですよ。仕事、6時までなんですけど、一度家に帰りたいんで」

「良かったら、近くまで迎えに行きますけど」

「助かるな・・・求名(ぐみょう)駅の近くなんです。駅前の郵便局わかりますか?」

「分かります。そこに迎えに行けばいいですね。何時にしましょう」

「7時でいいですか?」

「大丈夫です。7時に求名駅前郵便局ですね。黄色の車で迎えに行きますから」

「はい、それじゃ7時に」

 沢田は図書館を出て車へと歩いた。

 雲の上を歩いているように身体が軽かった。

 

 国道126号線沿いの焼肉屋『よだれ牛』で沢田とユキは向かい合っていた。店の名前は変だが提供される肉は東京の高級焼き肉店と遜色無い物だった。

 沢田は値段を気にせずに一番いい肉を次々に注文し、ユキの為に焼いた。


 彼は饒舌だった。生い立ちから今の1人での生活状態までをユキに話した。ユキも自己紹介のように自分の事を話した。


 去年、2年間の結婚生活にピリオドを打って山武市求名の実家に戻り、図書館の臨時職員として採用されたこと。今現在26歳で子供は居ない。実家では両親と妹の4人で暮らしている。離婚した夫とは友人の結婚式で知り合い、結婚後は埼玉県の春日部市に住んでいた。夫の仕事は一言で言えば大工。コンクリートを流し込む型枠を作る『型枠職人』だった。

 離婚の原因は夫の浮気だった。


 沢田との年齢が離れているせいか、ユキは警戒せずに自分のことをスラスラと話した。

 ユキの父親は沢田と同じ歳で、今年還暦を迎えるのだった。

 ユキが言った。

「沢田さんって、私の父と同じ歳なのに話しやすい」

「俺は背負ってる物が無いからね。気持ちは若い時のままなんだと思う」

 沢田は自分のことを『俺』と言うようになっていた。


 焼き肉屋で2時間を過ごして、沢田はユキを送っていった。

 求名郵便局前で車を降りる時にユキが言った。

「又、誘って下さい。それから、私の事は『ユキ』って呼んで」

「ユキちゃん。俺は沢田純一。『ジュン』って呼んでくれると嬉しいな」

「『ちゃん』は要らない。『ユキ』でいいよ。ジュンさん」

 車のドアを閉めてユキは歩いて行った。

 沢田は両手を握りしめて拳を作って気合を入れた。『ヨシッ』


 彼にとっては上々の出来だった。車に関しては何も言われなかったが、悪い印象は持たれなかったと思っていた。


 沢田が家に帰ると、シロが身体の臭いを嗅いできた。シロにも肉を与えて言う。

「いい娘だよ、ユキちゃん」

 肉に集中しているシロには聞こえない。

 沢田はスマホを手にして、ユキにLINEのメッセージを送る。電話番号も教えて貰っていた。

「今日は楽しかった。ユキと食べると、いつもの焼肉も特別に旨く感じる」

 見栄を張った。焼肉屋であんなに高い肉を注文したのは初めてだった。

 すぐにメッセージが返って来た。

「私も楽しかったです。ごちそうさまでした。次はジュンさんと、本の話も、もっとしたいです」

「俺はいつでも大丈夫なんで、都合のいい時に連絡して」

 肉を食べ終わって、じゃれついて来るシロが邪魔だった。

「わかりました。今日は本当にありがとう❤」

 ハートのマークを見て沢田は胸を躍らせた。


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