第2話 アールヴ

 死神の合図と共に充は一瞬だが、体の感覚がおかしくなったような気がした。

 目の前はイキナリ暗くなり身体中が麻痺して動けない。

 床は崩れたのに地面は下に落ちないで宙に浮いている。

 そんな何とも言えない感覚に包まれながら、強烈な眠気に襲われた充は次第に記憶を失っていく。


 「よーし!んじゃー、そろそろやるぞ~!」


 誰かの声が頭に響く…

 妙に響いてどうしようもない。

 例えるのであれば二日酔いの日に耳元で聞く大声のような感覚。

 取り敢えず、煩い!黙って欲しい!

 いつのまにやら充の頭の中では、そんなことでいっぱいになっていた。


 「ちょっと~。誰ですか……。もー、勘弁してください。こっちは……、あれ?」

 

 目を開けるまでは煩くてたまらなかった、あの声もいざ目を開けてみるとスッキリと言う全く不思議な感覚に充は若干戸惑いながらも、目の前にいる小さな耳の長い少年を見ていた。


 「あー、わりぃー。とは言っても、目を開けちまえば別になんてことはねーだろ?」

 「あー、はい、って……、その声と言葉遣いは……自称、死神様ですか?」

 「おい、お前なー、自称って……、後、死神に様つけるやつもあんまいねーな。ったく、目覚めてソッコーで突っ込みどころ満載の言葉かましてんじゃねーよ。まーいいや、こっちではアールヴで通せよ」

 「えっ…アールヴ様ですか?」

 「様はいらねぇよ。こっちの世界のこの姿で付けられると逆に困っちまうわ」

 「あー、はい。分かりました。ところで、ここが先ほど言われていた異世界ってやつですか?」

 「あー!そーなんだけどよ……。あれ?ああああああああああああ~。ミスっちまったぁああああ~」

 

 アールヴは、そう言うと悲しそうに涙を流しながら地面に四つん這いになってしまった。

 充も訳が分からないが、取り敢えず知らない世界に放り込まれて不安盛りだくさんのこの状況。

 恐らく彼が言う失敗も自分に降りかかってくるのだろうと思い、アールヴの方に機嫌を取ろうと近寄ってみる。

 

 「すいません。ミスって何をミスしたのですか?」

 「いや、なー。今回の賭けの内容なんだけど、お前はあっちの世界で26歳まで生きただろう?んで、こっちの世界でも26歳まで生きてお前はどっちの世界のカマキリになるか選ぶわけなんだけど……。それなら、こっちの世界での年齢を0歳まで戻す必要があるだろうが……」


 「あのー……。俺カマキリになるの納得してないですよ……」

 「いやー、どうせ俺がお前の人生を見ても有意義と思える分けねーから、ほぼカマキリ行きは決定だと思うんだよ」

 「まー取り敢えず。やってしまったことは、仕方がないと思いますので先ずは、このまま賭けを続けると言うことにしませんか?悲しんでも仕方がないと思いますので……」

 「ん~。そうだな!まー取り敢えず、気にしてもしょーがねーよな!うん!そうしよう!」


 先程までの態度は嘘だったのかと言わんばかりにアールヴが元気に立ち上がってきた。

 

 (うっわー、立ち直りが早すぎでしょ……コイツ……)


 「あぁ~ん?今、お前何か言ったかぁ~?」


 先ほどまで泣いていたと思っていたら、いつのまにか笑い、そして今は般若のような形相をしていた。

 その瞬間、目の前の耳の長い少年が死神だと言うことを思い出す。

 そう!目の前の少年は死神で人の心が読めるのだ。


 「いえ。何も思っていませんよ!と言いますか、先ほどから何かの音なのか声なのかが聞こえるので、そのせいなのではないでしょうか!」


 充は名一杯の敬礼を見せ、敵意がないことをアピールする。


 「そっかー、お前も何か聞こえるか?んじゃー、今回はそれに免じて深くは追求しないことにする。感謝するように!では、この世界の説明をそろそろ行おうかと思う!」

 「はい!って……、えっ、もしかして……ほんとに何か来てるんですか?」

 「それは、後々分かるのでこうご期待!では先ず、この世界は、俺個人としては結構なお気に入りの世界だ。その理由は退屈しないからだ!」

 「退屈ですか……?」

 「そうだ。色々な問題を抱えていて、毎日色々なところで問題が起きる。そしてその中でも最近問題になっているのが、モンスターだな!」


 親指を立てながら力強くアールヴは言うのだが、充には不安しかなかった。

 明らかに反応に困っている。

 

 「えっ……。モンスターって?具体的にというか、俺はどういう想像すればいいんでしょうか?」

 

 そう言いながら今まで、ゲームや映画、アニメなどで見かけたことがあるような化け物の類いを片っ端から想像していく。

 

 「んー。まー、色々と言いたいことはあるけど、そんな感じのやつで、そこまで外れはないぞ!」

 「あー……、はい。それで、具体的に俺は、そのモンスターには何をすればいいのでしょうか?」

 「うん!そう!ぶっ叩く!」


 そう言いながらアールヴは力強く両手で握りこぶしを作っていた。

 

 「いや、そうは言ってもですね。俺、モンスターと実際に戦った経験なんてないですよ」

 「あー、その辺は大丈夫。俺も考えてるよ!いきなりアホみたいに強いとこ連れていったら、お前の苦痛も一瞬で終わっちゃうからな。この辺は大丈夫、怪我ですむんじゃないかな。見回りとかもあるらしいし」

 「えっ……、怪我ですむっておかしいですよね?」

 「はぁ?何言っての?お前!おかしくねーだろ。だってよ、お前、あっちの世界で死のうとしてたんだろ?そっちの方がおかしいだろ」

 「いえ、って……、あー、確かにそれ言われると何にも言えなくなるんですけど……ちなみに戦うのであれば、何か武器的なものとかないのですか?」

 「おー、お前!もっとごねると思ったんだけど、意外にノリノリだね~。そう武器ね!後武器と一緒にお前の格好も何とかしてやるよ」


 今の充は自殺しようとしていた格好、普通のズボンとTシャツなのだが、その普通と言うのも今や前の世界の感覚に他ならない。

 恐らくは、前にいるアールヴとは着ているものに差違がありすぎる。

 

 「よーし!んじゃー。いくぞ~!!!ほーらぁーよっとぉ~」


 アールヴは右手を充の方に向けると、人差し指で彼の周囲をなぞるように大きな円を描いた。

 その瞬間、充の周りを緑色の光が埋め尽くしていく。

 光は充の周りで徐々に大きくなると、あっという間に消えふとみると充の服装が変わっていた。

 アールヴとは正確に形が同じとは言わないが、それでも大体似たような格好に思える。

 充は彼の不思議な力を目の辺りにして、周囲を見渡すと近くに何か棒のようなものが転がっていた。

 最初は木の枝か何かが転がっているだけなのだろうと気にもとめなかったのだが、その形状は偶然で出来る木の枝にしては非常に形が不自然だ。

 片方の先端部はヤスリで整えられているのか、非常に握りやすくなっていた。

 また逆に別の先端部の方は太くて重さを感じるような気がする。

 確かめれば確かめるほど、自然のものではない気がした。


 「あのー、ごめんなさい。この棒っぽい物は……?」

 「おう!さっき、お前、武器くれって言ってたよな!だからよ、武器も一緒に出してやったんだぜ!いやー、苦労した!かなりいい武器でよ!本当は、こんなサービス良くねーとは思うんだけどな。とりあえず、出してやらねー分けにはいかねーからよ」

 

 そう言うアールヴの顔がニヤついている。

 なんだその目は?と思いそうになるが、思ってしまうと新たな火種になる可能性もある。

 充はグッと心を飲み込む。


 「えっ……、そうなんですか?でもいい武器ってことは何か特別な使い方とか、大層な名前とかついてるんですか?」

 「使い方か?使い方は、両手でしっかり柄を握りしめ腹から思いっきり大きな声で『チェストー』って言ってみろ。後、そいつの武器の名前はネモ誰でもないって言うんだ」

 「なるほど、こうですか!」

 「あー、ちょっと待て!今この場で使うのは得策じゃねー。チェストには回数制限てのがあって、一日に三回しか使えない攻撃なんだ」

 「なるほど、ありがとうございます。そう言う説明聞くと、何だかこの単なる棍棒ネモもいい武器に思えてきました」

 「だろう?なー、俺もよ!なるべくなら良い人生ってのを見てーからよ。かと言って神の俺が、そう簡単に力を貸すって言うのはどうかなと……そう考えるとこんな感じで力を貸すしか、思い付かなくてな」

 「はい。なるほど、勉強になります。と言うことは、ですよ。ここにモンスターが来るから、単なる棍棒ネモを持って迎え撃てってことですね」

 「そうだよ!お前、飲み込みはえーなー。んじゃー、よー俺はこのまま消えるんだけど、最後に一つな。あそこの水色の小さな点が見えるか?あれが近づいてきて、今回お前が相手するモンスターになるからな。頑張れよ!俺も消えるとは言っても近くで見ているからな!」

 「はい。分かりました!頑張ります!」

 「おう!んじゃ!」

 

 アールヴは最後に、そう一言だけ言うとあっさりと消えていった。

 彼の言っていることが正しいと考えれば、恐らく充はこれから生まれて初めての戦闘と言うものを体験することになる。

 そう思うと、彼が消えていったことを気に止めている余裕などなかった。


 だが、一つだけどうしても頭が離れなかったことも同時にある。

 それは、何故アールヴは充に説明をしている間、終始ニヤついていたのか?

 と言うことだった……

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