第2話
ふぅと吐く息は白く、足元で踏みしめる感覚はさくりさくりと心地がいい。ネックウォーマーに深く顔をうずくめればふわふわの感覚と温かさ。俺の前を歩く愛犬、リュカもその尻尾を思い切り振って歩いていた。
今日は一月一日、手元のスマートフォンを確認すれば現在時刻7時14分。
見渡す限りの雪景色に、人はおろか生き物はおらず、あぜ道の向こうに広がる田んぼには足跡一つない。
この、郊外からは少し離れた田舎町が俺の住む生まれ故郷だ。駅の近くにある住宅地を抜ければ一面の田畑、そしてそれらを囲うように山がある。
うるさくもないし、交通の便もそれほど悪くない。小学校や中学校、高校までならあるし、スーパーやらちょっとした学生の遊び場も兼備。
そこそこいい土地だと思う。人口はどれほどか知らないが、地域の人を見ればどこどこのだれだれさんだーなんて会話は普通だ。人柄もいいし、そこそこ活気もある。
そんな街でもやはり元日となれば人々は皆、電車を一本乗り継いだ所にあるそこそこ有名な神社に初詣に行くか、それか家に引きこもる。間違っても一人で田畑しかないあぜ道を歩いて居たりはしないのだ。こんな日でさえも愛犬の散歩を欠かさない俺の偉大さが伝わるだろう。
鳥の声すらなく、ただたださくさくと足元で雪を踏みしめる音と、あとはリュカの楽しそうなハッハッという息の音。それだけだ。
「リュカー、寒いなー、どうだ今年初の雪の具合は」
名前を呼ばれたことに反応したのか少し立ち止まってリュカがこちらを向く。それでもすぐに興味を失くしたのか再び前を歩きだした。
「そーかそーか。今年の雪はまだべたべたしてないから歩きやすいなー」
Bluetoothのイヤホンを片耳につけて、お気に入りの音楽を無限ループ。俺の一人ごとを聞く人もおらず、リュカは楽しそうに歩いているし。もう家を出てから30分以上は経っているだろうが、まだ帰る気にはなれなかった。
一月一日といえばまだ高校生の俺にとっては冬休みのど真ん中。三年の夏に部活も引退したし、バイトもしていない。あと、進路は専門系の学校に進みたいと思っているのでもう内定取れてるし。
つまりは暇なわけで。宿題もない、することがない。ただ趣味はゲームに読書に、それから魚を飼ったり等沢山あるのが救いだが、如何せんそればっかでも気疲れしてしまうというものだ。
こうして愛犬の散歩も趣味のひとつといえど癒しの時間、それとこれとは別である。
なんとなく歩いて、たまに独りごとを話して。それからなんとなく昔この道じいちゃんと歩いたなぁなんて思いだしていると、不意に思いだした。
「そうだ、この辺確か社あったよな」
俺が小さい時に一度か二度くらい連れてきてもらったことがある、古い社。特別面白い逸話があったりとかそういうモノではなくて、ただ散歩の一環として連れてきてもらっただけだ。しかしまぁ今日はなんせ一月一日。初日の出も拝まず、初詣に出かけてもいないし、散歩以外で出かける予定もなし。
これは行ってみてもいいかもしれない。
確か、社はここから少し歩いた先にある山の入り口みたいなところにあったはずだ。その少しがどれくらいの物かはわからなかったが、曲が1回分終わるくらい歩ていると記憶とそう変わらない少し開けた道が見えてきた。
「ビンゴ!」
記憶に違いがなかったことにちょっと喜んで、リュカのリードを引っ張ってそっちに歩く。
山の入り口、とはいいつつも、山の奥へ続く道のすぐ横で、そこにある小さな社には雪が積もっていたが壊れている様子はなかった。俺の身長の半分くらいのサイズで、格子がたのガラス張りの扉の中には小さな地蔵が置かれている。
もう人の手入れはされていないようで、空っぽの盃が置かれているだけだった。俺はポケットの中をごそごそ漁ってみる。それからチャリチャリとちょっと少ない音がして音ゲー用の100円玉が数枚出てきた。
社扉を開けるという行為は悪いのかどうかは知らないが、なんとなく手前に引いてみると開いたので、その中の盃にその数百円を入れて再び扉を閉める。
パンパンと手を合わせて、礼をして。なんとなく悪いことをしているような、いいことをしているような気がした。
よし、と俺はそのままくるりを振り返って帰ろうかと隣のリュカに声をかけようとして
「…むい、‥‥さむい」
か細い声が聞こえてきて、体が凍った。
明らかに声の音源は背後からだった。無意識の内に頭が動き出す。
俺が来た時周りに人なんていなかった。それにBluetoothをしていたにせよ、片耳だし(音量もかなり下げている)この雪が積もった地面を無音で歩いてこれるとも思えない。そうであれば故意に音を消しているわけであり、そうなれば。いやしかし俺が足音を聴き逃しただけか?
足元にいたリュカがリードを後ろに引っぱった。寒い寒いという声はだんだんと小さくなる。それに反してリュカのリードを引っ張る力は強くなるような気がして、俺はどうしようもないくらい怖くなった。
やがて寒いという声は聞こえなくなって、気づけば指先の感覚もなく、額を伝う汗が冷たくて我に返った。喉が嚥下して、覚悟を決めてバッと後ろを向く。
「…は?」
そこにあったのは。
20センチほど積もった雪の中に埋もれるようにして倒れている、白い物体。人間。来ている服も、髪も雪と同じ白。うつ伏せで転がされている。
ただ、露わになった素肌に、真っ黒な、なんだ、絵柄?薔薇の蔦みたいなもの首、
「したい……?」
声は、もうしない。動く気配もない。
リュカのリードが引っ張られ、するりと俺の手から離れた。自由になったリュカがそれ目掛けて走っていって、スンスンと匂いを嗅いだ。
ハッとなってリュカの名前を呼ぶが、リュカはお構い無しとばかりにそれに鼻を近づけ続けた。
……生きてるのだろうか。さっきまで話していたのはきっとこの人だろう。だって着てる服はノースリーブの真っ白なワンピース1枚。寒いも何もないだろう。他には何もつけてない。身長も小さく、きっと幼い子供。
ええい、ままよ。どうにでもなれ!
こうなれば、腹を括るしかない気がした。ゴクリと唾を飲み込んで子供に駆け寄る。だいたい知らない人が倒れてるのに動けないなんて情けなさすぎる。多少不気味でも。いやかなり不気味だが。
「……えっと、おい、大丈夫?」
雪の中に伏せるように倒れふしてる子供を揺すってみる。反応は無い。
肌に触れると、もう随分冷たいが、仄かに暖かい気もしないでもない。
むき出しの細い肩を掴んで、仰向けにさせる。
「おわ……」
思わず声が出た。そんな悪くない意味で。目を瞑っているが、その顔があまりにも端麗で。
まるで眠っているような顔で、歪んでるわけでもなくただただ健やか感じ。
しかしいくら身体を動かされても目覚めることはなさそうだった。
「えっと……、」
こういう時はどうすればいいのだろうか。リュカはずっとこの子供のそばをぐるぐるしているし。あっ、そうだ。寒いんだよな、上着を脱いで子供を包む。俺の愛用上着は雪の中でもすぐあったまる機能のいいヤツだ。きっと暖かい。
包んだままの姿勢で、子供を近くでみて、あ、心臓、と思いついた。上着の上から胸の音を聞いてみる。
「…………あ」
小さいけど、とくんとは聞こえた。
生きてる。
そうなれば、やばくないか。死んでてもヤバいけど。まずあっためるといいのだろうか。病院は元日空いてないはず。でも凍傷とかだったらすぐあっためるのはあんまり良くないと聞いたことがある。不味い。あああぁもう!!
「とにかく、いえ!かえる!!」
ぐるぐる色んな事を考えるが、纏まらない。だからとにかくなにか行動しよう。
リュカにそう宣言すればリュカも同意してくれてる気がした。
それからリュカのリードを引っ掴んで、子供も抱き上げて、辺りを見回すが落ちてるのはほかになし。
それだけ確認して、走り出す。ここから家はかなり遠い。全力で走って10分くらいあるはずで、しかも子供を揺らさないように走らないといけない。極め付けの雪道。
リュカのリードは腕に通して、何とか子供を片手で抱きしめてスマホを取り出す。
走りながらどうにか片手でLINEを開いて、ピン留めしてある名前をタップして、迷いなく電話。
9コール目で、繋がった。
「ハァッ、繋がった!ハァッ!おま、おまえ、どうせ、ハッ、ヒマ、だろ!!」
『え、キモ』
「うるせぇ!ハァッ、いま全力しっそうなんだよ!!」
『でなに?いま音ゲー中だったんだけど?殺すぞ?フルコン逃したわ』
「死にかけの幼女ひろった」
『今どこだ。今すぐ吐け。殺すぞ』
「ハァッ、ハァッ、うちあいてるから!ハァッ、風呂入れといてくんない?!?あととうしょ、凍傷についてしらべとけ!」
『はぁ!?……まぁ、了解』
トゥルンと音が鳴って、通話は切れる。人を抱きしめ庇いながら走るのは異常に体力を消費するって初めて知った。ついでに語彙力も低下するんだ。
適当にズボンのでかいポケットにスマホ突っ込んで、リュカがちゃんと隣にいるって確認して、子供両手で抱え直して。
中学校の体育の長距離なんて屁でもないくらいの持久走。
正直、地獄である。
現代転移物語 方 久太 @HNK
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