第14話【遺跡 その1】

 少女は、【生物の行く先】と書かれたノートを机の上に広げていた。

 開いているページには、以前夢の世界で草原に行った時に見つけた、少女の署名がされた紙切れが貼ってある。

 少女は机に頬杖を付きながら考えていた。

(私の、名前⋯⋯。私が書いた覚えはないし、私の知らない事も書いてある⋯⋯)少女は頭を捻る。(同姓同名の別人?んー、でも、この内容からするとなぁ⋯⋯)

 少女は唸ったまま頭を抱えて机に突っ伏した。時刻は二十三時頃。

 少女は火照った頭を少し鎮めようと、休憩を挟む事にした。

(あ、そういえば、この間の草原のスノードーム、まだちゃんと並べてなかったな)

 ノートを閉じると、机に並べられたスノードームに手を伸ばし、少しずつ位置を調節していった。すると──

「あれ?」

 少女の手が止まる。

「えっと⋯⋯いち、に、さん、し──」

「──や、やっぱり⋯⋯一個、多い?」

 並べられたスノードームをよく見てみると、一つ、見慣れないスノードームが置いてあるのに気づく。

(これ、なんだろ⋯⋯?)

 少女の手元には、遺跡らしき場所を模した、スノードームが一つ。

(なんか、ぼんやり光ってる⋯⋯?)

 少女がスノードームをよく覗き込むと、徐々に光は強くなっていった。

「うわっ、わっ!」

 するとやがて目が眩むほどに光を放ち、少女の体全体を包み込んで行った。


ハッと目を覚ます。気が付くと少女は、古びた石の床の上に寝ていた。

 ぼんやりとしながら、体を起こす。

(う、な、何だったんだろう⋯⋯今の)

 辺りをゆっくりと見回す。

(ここは、あのスノードームに写ってた、遺跡みたいなところなのかな⋯⋯?)

 少女は、考えを巡らせる。

(机の上に置いてあったって事は、前に来た事があったのかな⋯⋯。いや、で、でも、行ったことがある所はみんな覚えてるし⋯⋯。それにこんな景色、見た事ないし⋯⋯)

 すると突然、どこからともなく声が響いた。

「とうとう、辿りつかれたのですね」

「え?」

 少女は驚き、声のした方へ振り向いた。


  少女が振り向くと、長く続く階段の脇からひょっこりと、ふさふさとした"キツネ"が、姿を現した。

「ずっと、あなたをお待ちしていました」

 そういいながらキツネは、ゆっくりと少女の方へ歩み寄った。

 少女は呆気に取られながら、口を開いた。

「え、えと、こ、こんばんはキツネさん。あの、ここは、どこなの? そ、それに、辿り着いたとか、お待ちしてたとかって⋯⋯」

 キツネは少し考える素振りをする。

「そうですね、何から話しましょうか⋯⋯」

 しばらく俯くと、ゆっくりと少女の顔を見て言った。

「少し、歩きませんか?色々と、話したい事があります」


 少女はキツネから様々な話を聞きながら、どこへ向かうかも分からずに歩いていく。

「それじゃあ、キツネさんも前は旅人だったの?」

「ええ。もう随分と昔の話ですが」

 キツネが、少し儚げに話す。

「私もかつては貴方と同じく、世界や生命の謎に魅入られ、好奇心に任せるがまま、各地を旅して暮らしていました──」

「──ありとあらゆる世界を巡っては、少しずつ少しずつ小さな手がかりを見つける。ちょっとした事で胸が踊ったものです」

 ふと、少女が疑問を挟む。

「手がかり、って?」

 しばしの沈黙の後、キツネが言った。

「私の旅の目的は、この世界の謎を解き明かすことでした。具体的には、今のこの宇宙はどうやって生まれるのか、今のこの宇宙は何から生まれるか、です。初めのうちは、色々な仮説を考えたり、色々な人の話を聞いたりして、とても楽しかったです」

 そこで、キツネの顔がふっと暗くなる。

「でも⋯⋯ある日、雪山を探検していた時、行き倒れた探検家の手帳を見つけました」

「そ、それって⋯⋯!」

 驚いた表情の少女に、キツネは声色を変えることなく答えた。

「おや、貴方も知ってるのですね」

「う、うん。私が実際に見たわけじゃないけど、お友達から聞いた事があって」

「なら、話は早いですね」キツネは続けた。「そこに書かれていた内容は、私にとってとても大きなショックを受けるものでした。"今いる世界は沢山あるうちのひとつで、今いる世界からさらに複数の別世界に繋がっている"」

 少女は、のしろから聞いた話を思い出しながらキツネの話に聞き入っていた。

「私は動揺しました。そして、それ以上に恐怖しました。思いがけず大きく答えに近づいてしまった事、自分が踏み入ってはならない領域に踏み込もうとしていること、そして──」

「──楽しかった旅の終わりが、突然見えてしまった事に」

「え⋯⋯?」

「私は気付きました。自分の旅の目的が旅そのものであった事、求めていたのは答えではなく、答えに至る過程であったことに」

「⋯⋯キツネさんは、それでどうしたの?」

「とても迷いましたが、世界の謎を解き明かしたい思いもまた本物でした。ここで答えから逃げてしまったら、これまでに得てきたあらゆるものが無駄になってしまう」

 キツネは少し前を向いてその続きを言った。その横顔はどこか満足そうだった。

「だから、続けました」

「そっか⋯⋯」

 少女が口を開く。

「その、キツネさんは、辿り着けたの?」

 キツネは少女の方へ顔を向けると、一呼吸置いて答えた。

「はい」

 キツネは突然ピタッと足を止め、再び顔を正面に向き直して言った。

「ちょうど着きました」

 そう言うと、目の前にかかっていた濃い霧がふわふわと晴れていく。

 すると少女の目の前に、長い登り階段が続く、巨大な"遺跡"が現れた。

「さあ、付いてきて下さい」

「う、うん」


しばらく階段を登り続けていくと、ようやく頂上が見えてきた。

 少女は息も絶え絶えに歩く。

「ふー、もう少しですよ、頑張って」

「う、うん」

 少女はなんとかキツネについて行き、やっとの思いで頂上へ登り着いた。

「はぁ、はぁ⋯⋯つ、着いた?」

 キツネは少し笑いながら言った。

「ええ、ここが頂上です。貴方は見かけによらず中々タフですね」

 するとキツネは、何やら祭壇らしき場所まで歩いていった。

「さっき、私がこの世界の謎に辿り着いたというところまでお話ししましたね」

「う、うん」

「答えは、ほんの単純なものでした。 」

「えっ、た、単純?」

「はい」

 キツネは、さながら事件の真相を語る探偵のように、ゆっくりとした語りで話した。

「宇宙が出来る前に、"無"があったんです」

「⋯⋯無?」

「そう。そして──」

「──その無の中に、フッと生まれた"有"が、宇宙そのものだったんです」

 あまりに唐突で抽象的な話に、少女は表情も動かせなかった。

「えっと⋯⋯どういう事?」

「この世にはいくつか、絶対不変の摂理というものがあります」キツネは淡々と続けた。「有は次の有を生み出して、無は次の無を生み出すこと、有は無を目指して進むこと、無の世界は永久に存在する事」

「そ、それって⋯⋯」

「おや、その事も知っていましたか」

「う、うん。一応」

 キツネが目を瞑る。

「これらの摂理をまとめて、いくつかの仮説や事実を統合した結果、こうなりました。今ある宇宙の中に生み出された有が、何かのきっかけで無の世界に現れる。有は無を目指して進みますから、四方くまなく無に囲まれた状態だと全方位に広がっていく事になります。」

 そこまでいうと瞑っていた目を開き、少女の目を見てゆっくりと言った。

「これこそが、宇宙の膨張です」

 キツネは真剣な顔を少し崩すと、今度は軽い声色で言った。

「まあ、例えるなら、無の世界という画板があって、そこへ既に存在している宇宙が自分の中の色を分けてあげると、その色が広がっていくという事です」キツネはさっきよりも軽い調子で続ける。「全ての始祖が何になるのかは、私も分かりません。ただ、今ある宇宙に関しては、これが全てです」

 少女は頭を抱えながら必死に考えていた。少女の頭の中で、"無"と"有"という言葉がぐるぐると回っていた。

「少しややこしいですね。でも、きっと近いうちに、その意味がはっきりと分かる時が来るはずです」

「う、ご、ごめんねキツネさん。いっぱい考えたけど、ごちゃごちゃになっちゃって」

 すると突然、キツネがピッと鋭いをした。

「でも!」

少女は驚いて固まる。キツネは一呼吸置くと、真剣な意志が溢れんばかりに話し始めた。

「重要なのは、ここからです」

「え⋯⋯?」

 キツネは少女に背を向けると、そのまま話を続けた。

「先程もお話ししたように、私はかつて、様々な世界を旅してきました──」

「──そして、宇宙の誕生まで辿り着いた」

 少女が小さく頷く。

「しかし問題だったのは、私が手帳を発見した雪山の世界や、この遺跡の世界が、宇宙"以外"の力によって作られたという事です」

「宇宙⋯⋯以外の?」

「そう、そしてさらに問題なのは──」

「──この遺跡や私の行った雪山、さらにおそらく貴方がこれまで旅してきた全ての世界」

 キツネは、少女の目を真っ直ぐと見つめて言った。

「それらの世界、宇宙を作ったのは──」

「──"貴方自身"だという事です」

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