第13話【草原】

 少女は机に向かい、ノートに書き記された言葉を見つめて考え込んで居た。それは、洞窟に行ったときに見た石碑に書かれていた文字。


コノセカイハ 【ム】ト 【ユウ】カラ ナル

【ム】ハ アラタナ 【ム】 ヲ ウミダス

【ユウ】ハ アラタナ 【ユウ】ヲ ウミダス


 少女はさまざまな思考を巡らす。

(無と、有?)

 どこともなく一点を見つめながら思った。

(この世界は無と有で出来てて──)

(──無は無を生み出して、有は有を生み出す⋯⋯)

 少女は、頭がパンクしそうだった。かれこれ一時間ほど悩み続けていたが、先へ進めている気がしなかった。

 気分転換に、過去の記憶に少し思考を移してみる。

 長い長い旅のそもそもの始まりは、"森"で蜘蛛を相手に自分の夢を語ったことだった。色々と漠然とした願望が、そこで初めて言葉になり、夢へと変わった瞬間だった。そして夢が出来ると共に、雀という友達を失った。僅かな時間話しただけだったが、少女にとっては立派な友達だった。そこで初めて、"命"について深く考え始めるようになった。

 そんな事を考えているとき、ふと、気がついた。

(生き物、命⋯⋯)

 少女の頭になにか、ぴんと来るものがあった。

(生き物が子孫を残して命を紡いでいくのって、もしかして──)

 少女の口から、声が漏れる。

「有が⋯⋯有を生み出す⋯⋯?」


 再び同じ考えがグルグルと頭を回り出した頃、ふと時計が目に入る。

(あ、もうこんな時間)

 時刻は午前一時少し前。しかし、少女には一向に眠気がやってこなかった。

(はぁ、良くないのは分かってるけど)

 少女の手が、引き出しへと伸びる。睡眠薬のケースを取り出すと、コップに水を淹れ、薬を飲みこむ。

(薬の数、どんどん増えてるな……。今日、体重も少し落ちてたし)

 そのことは一旦考えないようにした。

(もう寝よう)

 少女はパジャマに着替え電気を消すと、布団の中へ潜り込んだ。しばらく目を閉じていると、薬が効いてきたのか眠気がやってくる。少女はそのまま、微睡みに任せて眠りについた。


 パチッと目を開ける。目の前には、少し起伏がある広大な草原が広がっていた。

(ここは、草原かな?)

 軽く辺りを見回してみる。

(あ、遠くの方に何か生き物がいるみたい)

 少女は話しかけてみようと、歩き出した。


 しばらく歩いていると、先程遠くから見えた動物の姿がはっきりと見えてくる。

(あれは、牛さんかな?)

 牛の元まで歩いていき、少女は声をかけた。

「こんばんは、牛さん。」

 牛が少し驚いたように返事をする。

「お、おお、こんばんは。ごめんな、気が付かなかったよ」

「あ、びっくりさせてごめんね。少しお邪魔だった?」

「ああ、いやいや、特に何をしてたって訳でもないんだが」

 牛が、自身の足元に視線を落とす。彼の足元の地面には何か削られたような跡があり、地面からは、四角い物体の角のようなものが見えていた。

 牛が言う。

「さっきこいつを見つけてな。気になってなんとか掘り出そうとしてたんだが、思ったよりも深くてな」

「そうなんだ」

 少女は少し弾んだ様子で言った。

「あ、ねえ、それじゃ、私も掘るの手伝っていい?」

「い、いいのか?何が埋まってるかも分からないぞ? もしかしたらガラクタかも⋯⋯」

「それでも全然構わないよ。私もこれが何か気になって仕方なくなってきちゃった」

 少女は楽しそうだった。

「お、お前、見かけによらず結構挑戦的なんだな⋯⋯」

 ふたりは、地面から飛び出している四角い"角"の周りを、削るように掘り進めていった。しばらく掘り進めていくと、その物体の全容が徐々に見えてきた。

「ふぅ。これは、なんだろう。箱?」

 土から飛び出しているその箱のようなものには取っ手が付いており、少女はそれを両手で掴むと力一杯引っ張りあげた。

「よいしょっ!」

 箱のようなものが地面から勢いよく抜ける。少女は体勢を崩して尻もちをついた。

「だ、大丈夫か?」

 少女はすぐさま立ち上がる。

「うん、大丈夫」少女が言う。「それにしてもこれ、やっぱり箱みたいだね」

 地面に埋まっていたそれは、どうやら薄汚れた木箱の様だった。

「それ、開けられるか?俺のこの手だと引っ掛かりが無いな」

 少女が箱に手をかけた。

「えっと、大分土で汚れてて見にくいけど、ここに留め具が付いてるね」

 少女は箱に手を伸ばすと、留め具をパチンと外した。少し緊張しながら、ゆっくり箱を開けた。中には、古ぼけた二つ折りの紙が入っていた。

「な、なんだ?それ?」

「紙、みたいだね」

 少女は恐る恐るその紙を手に取り、二つ折りの紙を開いた。それはメモ書きのようだった。そこにはこう書かれていた。


分かったこと その他仮説

・【無】は新しい【無】を生み出し、【有】は新しい【有】を生み出す

・【有】は【無】を目指して進む

・一つの宇宙で消えた【有】は、無の世界に飛ばされる?←仮説その一

・無の世界に飛ばされた【有】は、無の世界に唯一存在する有になる。生物における【有】は、おそらく魂や思念のこと。

その「有」の形(その生物の生前の思想や想いなど?)を元に宇宙が生まれる←仮説その二

・無の世界は永遠に存在する←仮説その三

【有】は【無】を目指して進むため、無の世界に飛ばされた時点で【無】に四方を囲まれ、追いかける為に周囲に広がっていく=宇宙が膨張していく?


「これ、なんだ?」

「うーん、見た感じ、誰かの書いたメモ⋯⋯みたいな?」

 重ねて少女には、思うことがあった。

(しかもこの内容⋯⋯)

 少女の脳裏に、ずっと考えていた石碑の言葉がよぎる。

(無とか、有とか、あの石碑と同じ──)

(──しかも、知らない内容も沢山書いてある)

 考えを巡らせる少女を横目に、牛が口を開いた。

「ん? それ、左下のところにも、何か書いてないか?」

 牛に言われて、少女はメモの左下に目を向ける。

 直後、少女は大きく目を見開いた。唖然とした。

「ど、どうした?」

 そこには誰あろう、少女自身の名前が記されていた。

「こ、これ」

「なんだ?」

「私の、名前⋯⋯」

 牛が驚いて声を上げる。

「じゃ、じゃあ、そのメモ、あんたが書いたのか?」

「わ、分からない。わ、私、こんなの書いた覚えないけど」

 少女は混乱していた。石碑に書かれていた謎の文字。その事について考えていた矢先見つけた、新たなヒント。そして、自身の署名がされた書いた覚えのないメモ。

 少女は冷静に事態を整理出来るほど、冷静ではいられなかった。しかし、少女の胸は一つの実感に埋め尽くされていった。自分は、思っていたよりもずっと、追い求めてきた謎の核心に迫っている。

 少女はしばしの沈黙を破り、牛に話しかける。

「ねえ、牛さん」

「ん、どうした?」

「このメモ、私にくれないかな」

「え? あ、いや、まあ全然構わないけど」

「本当?ありがとう牛さん!」

「お、おお。でも、その紙切れ、そんなに役に立つのか?」

 少女は再びメモに目を向けると、興奮冷めやらぬ様子で言った。

「うん! 凄く、凄く重要な手がかりだよ! 私がずっと探してたものが、もう、すぐそこにあるかも!」


部屋の窓から、朝日が射し込む。今日もまた、朝が来たのだ。少女は目を覚ます。

 枕元には、草原を模したスノードームが一つ。

 ベッドから起き上がるなり、睡眠薬の副作用のせいで、頭がガンガンと痛む。そんな不快な寝起きながらも、少女の顔は満足気だった。右手には、くしゃくしゃのメモが握られている。すぐさま机に向かい、【生物の行く先】と書かれたノートをパラパラと捲る。握ったメモを慎重に開くと、テープを取り出してノートに貼り付けた。

 少女は一息付いて椅子から立ち上がると、痛む頭を抑えながらも服を着替えた。

「皆おはよう。私、もうすぐ辿り着けそうな気がするよ。それじゃあ皆、行ってきます」

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