第12話【洞窟】

 部屋のドアを開ける。少女は肩にかけていたカバンをクローゼットの脇に置くと、着ている制服を脱ぎ、部屋着に着替えた。

 脱いだ制服を抱えて部屋を出ると、階段を降りて洗面所へと向かった。着替えを洗濯機に放るとリビングへ戻り、テレビの前のソファに腰掛けた。

(ふぅ⋯⋯今日は疲れた⋯⋯)

 その日、少女の通う学校では、体育祭があった。体を動かすのは嫌いではないが、部活などで日常的に激しい運動をしている訳では無かったため、その日一日の疲れがどっと出てしまった。

 少女は、くっと伸びをする。

「んーっ!」

 そのままゆっくりと倒れ込み、ギッ、と音を立てて横になった

(んー⋯⋯宿題⋯⋯やらなきゃ⋯⋯)

 少女は襲い来る睡魔に抗いきれず、視界が徐々にぼやけ始め、そのまま微睡みに呑まれていった。


ふっと目を開ける

(あれ、ここは?)

 目の前には、ゴツゴツとした岩が見える。一瞬思考が止まり、辺りをきょろきょろと見回す。

(あっ! 私、もしかしてあのまま寝ちゃった!?)

 少女はハッとして、少し慌てながら考えを巡らせた。

(あちゃー⋯⋯まだ夕方なのに寝ちゃった……。ご飯も食べなきゃだし、お風呂も入って宿題もやらなきゃ)

 ふと、別の考えもよぎった。

(で、でも、今ここで目を覚ましたら、ここに来た意味が無くなっちゃう)

「んー⋯⋯」

 唸り声をあげながら、洞窟の先、暗くなっていて見えない方向を見ながら考えた。

(でも、今ここで起きて、夜にまた寝たら同じ場所に行けるとは限らない──)

(――いや、それどころか、もう二度とここに来ることは出来ないかも)

 悩みに悩んだ末、少女は結論を出した。

(ちょっと⋯⋯ちょっとだけ調べよう)

 するとすぐに言い訳じみたことを考えた。少女自身も言い訳じみているとは思った。

(すぐ近くに何かあるかもしれないし。少し探して何も無かったら、すぐに目を覚まそう)

「⋯⋯よし」

 そう決めると少女は、先の見えない洞窟の奥へと歩みを進めて行った。


少女が一歩足を運ぶごとに辺りはどんどんと暗がりに包まれ、初めに居た場所から数メートルほど離れると、もう、文字通り一歩先も見えない暗闇だった。少女は、暗がりに少しづつ目を慣らしていき、よく目を凝らして辺りを見回す。

 すると、足に何かが当たった感触がし、カラン、という音が響き渡った。少女は身を屈めて、足元をよく観察する。

(ん、何か⋯⋯棒?)

 妙な形をしたその棒は、また別の棒とくっついていて、そのまま壁の方へと向かっていた。少女はその棒を目で追いながら、壁の方へと視線を上げていく。

 すると突然目の前に、ボロボロになった"骸骨"が現れた。

 少女は堪らず大声を上げた。そのまま後ろに倒れて尻餅を付いた。

(が、骸骨⋯⋯)

 全身をビリビリとした感覚が走り、少女は尻餅を付いたままで、二、三秒ほど固まってしまった。やがて強ばった筋肉がじんわりと弛んでいき、なんとか手をついて立ち上がった。その手でお尻についた埃をパンパンとはたいた。

(ビックリした⋯⋯)少女は思った。(この人は、なんでこんな所に居たんだろう?)

 一呼吸置いて落ち着くと、少女はその骸骨に顔を近づけて目を凝らした。体のほうを見てみると、その"人物"は、まるで映画に出てくる探検家のような格好をしていた。

(ここを、探索しに来たのかな?)

 さらにその"人物"をよく見てみると、手にライトのような物を持っている事に気が付いた。少女は試しに、それを拾ってスイッチを入れてみる。すると、パッと辺りが照らされる。

(よかった。いつのか分からないけど、まだ使えるみたい)

 少女はライトでその"人物"を照らし、他にも何か無いか探した。

(亡くなった人の荷物を漁るのはいやらしい感じがするけど⋯⋯)

「骸骨さん、ごめんなさい!」

 少女はその"人物"に恐る恐る近寄り、肩にかかっているカバンの中を覗いた。すると、散乱した小物や探検道具のに埋もれた、本の様なものを見つけた。ゆっくりと手を伸ばし、カバンの中からその本を取り出してみる。手に持っているライトでその本を照らしてみると、表紙の部分に【探検日誌】と描かれていた。

(探検日誌? この洞窟のこと、何か書かれてるかな)

 少女は、日誌をパラパラと捲ってみた。


【○月×日 ヘンリー・モルペウス】

 我が友人トールと共にこの世界の謎について調べ始めてから早数年、ついに我々は大きな手がかりを掴んだ。この星、いや、この世界は、巨大なドーム型をしている! さらに、そのドーム型の世界はそれぞれ他の世界と連結しており、適当な方角へ進み続けると、別の世界へと移動する! あくまでまだ複数の状況証拠から導き出した仮説に過ぎない。が、しかし、我々は説を立証すべく、世界の境界を渡った。すると我々の仮説通り、霧を抜けた先には、その直前とはまるで違う景色が広がっていた。私とトールはこの事象を発見してから、無限に存在するかもしれない世界を調べきるには手分けをする必要があるとの結論に至った。私は西側、トールは北側へ、それぞれ探索をすることにした。我々が再び合流出来る日は、来ないかもしれない。だが、我々は確実にこの世界の真実に近付いている。私とトールが再開する日が来るとするならば、それはきっと共に謎を解き明かした時であろう。


少女はそのページを読み、前にのしろが言っていたことを思い出した。

(ドーム型の世界、適当な方角へ進み続けると別の世界に移動する──)

(――これ、みんなのしろちゃんが言ってた事だ!)

 少女は足元の骸骨へと視線を落とす。

(も、もしかして、のしろちゃんの言ってた、旅の記録を持ってキャンプで倒れてた人って──)

「この人の⋯⋯」

(他に、何か書いてるかな)

 再び、ページを捲る。


【×月△日 ヘンリー・モルペウス】

・トールと二手に別れてから約一ヶ月。

私は今、とある洞窟に居る。ここはどうやら、"この洞窟のみが存在する世界"らしい。

これまでにも、"森林地帯のみが存在する世界"や、"深海空間のみが存在する世界"があったため、この事象自体に驚きはしない。しかし私の旅は、恐らくここで幕を閉じることになるだろう。この洞窟はかなり深く入り組んでおり、この世界に入って最初の位置から、かなりの距離を移動した。だが、洞窟を探検中に、大規模な落石が起こった。降ってきた岩石に来た道を塞がれてしまい、私は先へ進む以外の選択肢を閉ざされてしまった。そして、ここからが問題だ。私は間違いなく、この洞窟の全ての別れ道の先を行った。しかし、その全てが行き止まりだった。つまり、私がこの世界に来た"入口"のみが、他の世界との唯一の連結部だったのだ。その道が閉ざされた今、私に残された道は無い。──そのため、これは遺言である。この場所に、どこから、何者が通りがかるかは、私の予測の付くところでは無い。しかし、もし、もしも、何者かがこの日誌を手に取ったならば……この道の先にある石版に描かれた文字と、後述の言葉を、どんな手段を使ってでも、我が友人、トールに伝えて欲しい。結果として命を落としてしまったが、私は私で、この世界の謎に対する、大きな手がかりをつかんだ、と。


日誌は、そこで終わっていた。

(この世界の謎に対する、大きな手がかり⋯⋯)

 少女は、強大な謎へ挑み、儚くも散っていった二人の探検家の無念を思い、胸を痛めた。

(この先の石版⋯⋯)

 少女は暗闇に目を向ける。

(行ってみよう)


 ゴツゴツとした岩場をしばらく歩いていると、中央に大きな岩の立っている、少し開けた場所に出た。

(石版ってあれのことかな?)

 中央の岩にライトを当て、近づいてみる。すると、確かに文字が掘られているのを見つけた。

(あった! えっと...?)

 そこには、こう書かれていた。


コノセカイハ 【ム】 ト 【ユウ】 カラ ナル

【ム】ハ アラタナ 【ム】ヲ ウミダス

【ユウ】ハ アラタナ 【ユウ】 ヲ ウミダス


 少女は、石版の文字をじっと見つめる。石版に描かれた文字のわけは分からなかった。この時の少女には、分からなかった。


すると突然、目の前の石版が、ぼんやりと光を放った。その眩しさに、思わず目が眩む。そしてそれと同時に、今度は激しい目眩がした。

 今日もまた、朝が来たのだ。少女が目を開けると、そこにはテレビが見えた。

(あれ?)

 思わず、ガバッと起き上がる。

(そ、外が明るくなってきてる!)

 じわじわと焦りが襲ってくる。

(わ、私、朝まで寝ちゃった!)

 目の前のテーブルには、洞窟を模した、スノードームが一つ。

 少女は、両親のどちらかが掛けてくれたであろう毛布と机の上のスノードームを掴むと、慌てて自室へと走った。

 部屋のドアを開け、スノードームを自分のテーブルに置いたとき、机の上にあるカレンダーが目に入った。何秒くらいかカレンダーを見つめた。そして気づいた。昨日は体育祭のあった土曜日、今日は日曜日だった。

 少女はほっと気が抜け、机の上に乱雑に置いたスノードームを、きちんと並べ直す。

「みんなおはよう。朝から慌ただしくしちゃってごめんね。私、ちょっと勘違いしちゃってたみたい」

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