第11話【町外れ その2】

 互いに駆け寄り、身を寄せあった。少女が、驚きながら口を開く。

「ふ、二人とも、なんでこんな所に?」

「き、君こそ!そ、それに、その黒猫さんは?」

「あ、そ、そうだね!え、えっと、とりあえず順を追って話そっか」


 かれらは夕陽を前に歩きながら、それまでの事を話した。

 少女が質問した。

「それで、二人はあの後何があったの?うさぎさんの仲間は見つかった?」

二人は軽く目を交わすと、うさぎが話し始めた。

「うん、まずね、あの後、仲間を探して二人で何日も歩いてた時に、誰かが建てたキャンプと、倒れた人間を見つけたんだ。どうやらその人は探検家だったらしくて、その人が書いたらしい旅の記録を読んでみたら、面白い事が書いてあってさ」

「面白い事?」

「うん。その記録によるとね、この世界は、すっごく大きな半球型をしてて、適当な方角に進み続けると、別の世界に行けるんだって」

「別の、世界に⋯⋯」

「そう!つまりこの世界は、沢山あるうちの一つって事なんだよ!」そう言って輝かせた目を、すぐに少し逸らす。「その後、仲間達には会えたよ。でも僕、どうしてもその事を考えちゃってさ⋯⋯。それで僕たち話し合って、ふたりで安心して暮らせる世界を探す"旅"をしようって事にしたんだ」

 うさぎは再び少女に目を向ける。その目はまた輝いていた。

「だから今は僕達も、君と同じ"旅人"って訳だよ!」

「そうなんだ⋯⋯。って、いうか二人とも、私なんかよりずっと旅人だよ!」

 うさぎとクマのふたりは、それを聞いて少し嬉しそうに笑った。

 すると、今度は黒猫が言った。

「別の世界ねぇ。確かにそんなのがあったらいいかもしれないわね」

 少女が言った。

「あ、そういえば黒猫さん、そろそろ場所を移そうかと思ってるって言ってたよね? それなら、黒猫さんも別の世界を目指してみるのはどう?」

 黒猫は少し考えながらぼそぼそと言った。

「んー、そうねぇ。その線もアリだけど、次の住処の場所を決めずに移動するとなると、今の住処を棄てる事になるし……。なにより、妹達を常に外で生活させなきゃいけないっていうのが不安ね」

「うーん、そっかぁ」

「でも、この辺りの食べ物が無くなりそうなのも事実なのよね。それに、無闇に山に入ってうろうろするよりは、目的地を決めて移動し続けた方がずっと安全だわ」

 黒猫は、少し下を向いて考え込んだ。すると、そんな黒猫の様子を見て、うさぎとクマがなにやらこそこそと話し始めた。

 暫くして、うさぎが言った。

「ねえ、黒猫さん!それなら、僕達と一緒に行かない?」

 黒猫は、不意の提案に少し動揺する。

「あ、あなた達と?」

「うん、悩む理由が危険だからなら、移動する時の数は多い方がいいと思うし、こっちには"ひとよ"も居るしね!」

「お、おお!俺、守るぞ!」

"ひとよ"と聞きなれない名を、少女は聞き返した。

「ひとよ?」

「ああ、僕達の名前だよ。僕が"のしろ"で、こっちが"ひとよ"。旅をするんだったら名前が無いと不便だと思って、お互いに考えたんだ」

「へぇ、そうなんだ。ふたりともいい名前だね」

 のしろは、少し照れくさそうに笑った。それを誤魔化すように、黒猫に話を振った。

「あ、で、どうする? 黒猫さん」

 黒猫は、頭を捻って悩んだ。

「んー⋯⋯」

 のしろはそんな黒猫の様子を見て、少し軽はずみな提案だったかもと、若干慌てたように付け加えた。

「あ、へ、返事はすぐじゃなくてもいいよ!僕達、今日はもうこの辺りで休むつもりだから、明日にでも教えてくれたら⋯⋯」

 黒猫は少し逡巡ののちに答えた。

「そうね。一晩、考えてみるわ⋯⋯」

 少し、重たい空気が流れた気がした。時間にしてみればほんの一、二秒か、四者とも黙り込んでしまった。図らずもそんな空気を流してしまったと思い、最初に沈黙を破ったのは黒猫だった。

「はー、それにしても、初めて会った生き物をなんとなくで信用するなんて。相当貴方に影響受けたわね」

 黒猫は少女を横目に見て言った。

「わ、私?そ、そんなにすぐ信じてたかな⋯⋯」

 ひとよとのしろも、それに加えて言った。

「お、お前⋯⋯すぐ、相手を信じるぞ。俺と初めて会った時だって、俺の事、すぐ信じてた」

「確かに!初めて会った時のひとよは、とても信用出来る顔じゃなかったもんね」

「お、俺、そんなに酷かったか?」


 暫くいろいろな話をしていると、ふと、少女が一つの疑問を口にした。

「あ、そういえば、黒猫さん、あなたの名前はなんて言うの?」

「私はいち野良猫よ。名前なんて無いわ」

「そうなんだ」

「あー⋯⋯でも⋯⋯」黒猫は少し気恥しそうに言った。「前に居たとこの仲間内からは、"こま"って呼ばれてたわね」

「へぇ!そうなんだ!じゃあ、こまさんって呼んでいい?」

「ん、別にいいわよ」

 すると、ひとよが口を開く。

「こま⋯⋯こま⋯⋯。こま姉⋯⋯」

「こ、こま姉ってなによ?」

 のしろが続いた。

「こま姉だ!」

 少女も続いた。

「こま姉だね」

 のしろが言った。

「黒猫さん、こま姉って呼んでもいい?」

 こまは、呆れたように言った。

「⋯⋯好きに呼んでちょうだい」


 ふと、のしろが言った。

「あ、ていうか、君はなんて名前なの?」

 その目は少女に向けられていた。

「ん、私?」

「うん」

 少女は答える。少なくとも答えようとした。

「私は、あさ――」

 突然、目の前が光に包まれた。世界が揺れたような目眩がすると、少女はベッドの中で横になっていた。今日もまた、朝が来た。

 枕元には、町外れを模した、スノードームが一つ。

「う...」

 頭が、ガンガンと響く。痛む頭を抑えながら、ベッドから起き上がり、着替えを始めた。

「のしろちゃん、ひとよちゃん、こまさん、途中で目覚めちゃったけど、今日は皆に会えて本当に嬉しかったよ。それじゃあ皆――」

 少女は、町外れを模したスノードームを見つめた。その表情は、何かの思いを飲み込んだようだった。

「――行ってきます」

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